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第54話 朝
しおりを挟む誰かに呼ばれたような気がして、ユーリ・シュトライザーは目を開けた。
寝床から起きあがって、まだ暗い室内を手探りで窓辺に寄る。
木窓を開けると、空はうっすらと明るくなりつつあるが、紫の中にはまだうっすらと星が見えた。
冷たい空気が吹き込んできて、ユーリはぶるっと震えた。
もう少し眠ろうか。まだ起きるには早い。父と母が起きるのもまだずっと先だ。今日は父について得意先を回るのだ。寝ぼけ眼をしている訳にはいかない。
寝床に戻ろうとしかけて、しかし、再び誰かに呼ばれたような気がして、ユーリは振り返った。
「……だれ?」
家の外に、人の気配を感じるような気がする。
十歳を過ぎた頃からだろうか、ユーリはやけに直感が働くようになったような気がしていた。
ユーリは足音を忍ばせて戸口に近寄った。音を立てないように扉を開けると、冷たい風がひゅっと吹き込んできた。
朝ぼらけの明るさを背に、一人の男が佇んでいた。
見たことのない男だった。年の頃は二十歳ぐらいだろうか。一目見て、レコス王国の人間ではないとわかった。
その男は宙に浮いていた。魔法使いなのだ、とユーリは悟った。
――なんで、魔法使いがこの国に?
国民の大半が魔力を持たないレコス王国に、魔法使いが何の用なのか。ユーリは冷たい空気の中に佇む男の姿に眉をひそめた。男の黒い目がすうっと細められた。
その男は、ユーリをみつめて、口の端を持ち上げて愉快そうに笑った。
「お前か」
冷え冷えした声で、男が言った。
ユーリはゾクッと背筋が冷たくなった。声もなくみつめていると、男はふわりとさらに高く浮かび上がった。
「待っていろ」
男がユーリを見下ろして言う。
「すぐに迎えにくる」
そう言うと、ユーリの目の前で、男の姿が掻き消えた。
起き出してきた父に「どうした?」と声を掛けられるまで、ユーリは男が消えた空をみつめて立ち尽くしていた。
その日、
レコス王国とヴィンドソーン王国以外の、大陸の国家が、たった一日で、壊滅した。
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