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第65話 締め切った部屋の中で
しおりを挟む喜びいっぱいで出て行ったお嬢様が明らかに泣き腫らした顔で帰ってきたため、ビークベル家の使用人達は仰天した。
城から付き添ってきた国王陛下の使いは神妙な表情で頭を下げ、当主との面会を求めた。
王太子がご息女に対し不愉快な想いをさせた。国王陛下は速やかに事実確認し、然るべき対応をとる所存である。今日のところは怒りを抑え、ご息女に寄り添って欲しい。必ず謝罪の場を設ける故。
使者から告げられた言葉に、ルティアの父ドーリアは大いに動揺した。表現が「不愉快な想い」で留まっているということは、取り返しのつかない行為までは至らなかったということだろう。それでも「まさか」という想いがある。
ルティアの意思を無視して欲望を押しつけるようなことを、あの王太子がするだろうか。あの、ルティアがこの世の何よりも大事だと常日頃から態度で現す王太子が。
だが、涙の跡をくっきり付けて帰ってきたルティアが一言も喋らずに自室にこもってしまったのを見ると、本当のことなのだと信じざるを得なかった。
そうすると、腹の底からカーッと怒りが沸き上がってくる。
元々結婚させるつもりであったし、あの夢を見てからは結婚しろ子どもを作れと要求してきた自分達周囲の人間には責める権利はないのかもしれない。それでも、王太子は娘の尊厳を傷つけるようなことは絶対にしないと信じていたのだ。
ルティアの母キャサリンも話を聞いて狼狽え、帰宅したロシュアも顔色を失った。
その日一日、ルティアは部屋から出てこなかった。
***
部屋に入って床に跪くなり殴られた。
それは予想していたから驚きはしなかったが、殴るのは父だと思っていた。父より先に拳を握り締めたのが母だったのは少し意外だった。
大人しく殴られたガルヴィードを見下ろして、王妃は強い怒りをやり過ごそうというように荒い息を吐いて肩を揺らした。
ガルヴィードの背後に控える三人は、王妃の滅多にない憤怒の表情に度肝を抜かれた。常に静かに微笑みを浮かべる王妃の姿しか見たことがなかったからだ。
王妃は握った拳をぶるぶる震わせていたが、しばらくしてその場にしゃがみ込んだ。そして、息子をまっすぐ睨んで言った。
「私を殴りなさい」
思わず俯けていた顔を上げて母を見た。
「性急に「子どもを作れ」と騒ぎ、勢いづいた者達が「英雄誕生」のためにそなた達の心を蔑ろにした結果です。いずれ王太子妃となる身を守るのは王妃たる私の責務。ルティア嬢の心の痛みを思えば、私は百度打たれても足りませぬ」
王妃は言葉尻を震わせた。
「ガルヴィードよ」
王が重々しく発した。王妃が横に避け、王の視線がまっすぐにガルヴィードを捉える。
「何故そのような愚かな真似をしたのだ」
ガルヴィードは答えなかった。無言で歯を食い縛る息子を見て、王は深い溜め息を吐いた。
「互いに想い合い、周囲からも認められて、力に任せる必要などどこにもないではないか。何故お前がルティア嬢を傷つけたのか、わしにはわからぬ」
だろうな、とガルヴィードは思った。誰にもわかるはずがない。ガルヴィードの焦燥も恐怖も、誰にも理解出来ないだろう。
「ビークベル家から話を聞き処分を決めるまで、お前は謹慎とする。自室から出ることは許さぬ」
ガルヴィードは頭を下げて国王の前を辞した。側近達は詳しい報告のために残ったので、一人で自室に戻る。
頭の中に蘇るのは、ルティアの泣き顔ばかりだ。どれだけ恐ろしい想いをさせたかわかっている。自分の愚かさに嫌気がさす。
だけど、止まれなかった。自分が、「もう一人の自分」に体を奪われてしまったら、ルティアと子どもを作るのが「自分ではない自分」だったら。
そう考えたら、頭が沸騰したように熱くなって訳がわからなくなった。激情が理性を凌駕した。
——あんな夢、みなければよかったのに。
あんな夢さえみなければ、ガルヴィードとルティアは今もくだらない勝負を繰り返しては笑い合っていたはずなのだ。
——あんな夢さえ、みなければ。
ガルヴィードは閉め切った部屋の中で、頭を抱えてうずくまった。
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