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第75話 決闘
しおりを挟む王宮の広い敷地の中には騎士団の訓練場がある。その訓練場より西に200メートルほど離れた場所に丸い舞台が設えられている。決闘場である。
貴族の神聖な権利である決闘を行うのはこの円形の舞台の上であり、ここで決まった勝敗には何人たりとも異を唱えることは許されない。
かつては年に十数回は使われていたというその舞台は、しかし今では忘れられて寂れていた。決闘など、最後に行われたのは恐らく今から三十年以上前のことだ。
その舞台の周りに多くの貴族達が集まり、ざわざわと騒いでいた。
彼らの目が集まる舞台の中心には、二人の若者。
王太子ガルヴィード・ヴィンドソーンとギーゼル伯嫡男ロシュア・ビークベルの姿があった。
「……本気でやるのか?」
この場に立ってなお、ガルヴィードは目の前の相手に問いかけずにはいられなかった。
既に二人の手には抜き身の剣が握られており、洒落や冗談では済まされない状況になっていることはわかっている。それでもまさか、ロシュアと決闘など出来るわけがないとガルヴィードは考えていた。
相手はルティアの兄だ。万が一にも傷一つ付ける訳にはいかない。
既に十二分に彼女を傷つけているのだし、ロシュアが決闘を申し入れてきたのはそのことで怒りを抑えられなかったからであろうことはわかっている。自分がすべて悪いのだ。悪いのは自分だ、だからこそ、ガルヴィードはこの上ロシュアに傷を負わせてルティアを悲しませることは出来ない。
だが、ロシュアはガルヴィードの言葉はもちろん、側近達の説得も高位貴族からの非難も上司である宰相や国王からの懇願も聞き入れることはなかった。
彼は本気で決闘を行うつもりなのだ。
通常の決闘であれば申し入れられても断ることが出来る。
だが、ヴィンドソーン王国では決闘を申し入れられた側に「明らかに非がある」場合は決闘を断ることが出来ないという掟がある。
今回の場合、明らかにガルヴィードに非がある。故に、決闘を受けざるを得ない。断れば、「自分には非がない」と主張していることになるからだ。
だから、ガルヴィードの側からは断れない。なんとしてでも、ロシュアに剣を納めてもらわねばならない。
何故なら、勝負にならないからだ。
ロシュアはルティアの兄だけあって小柄だ。年はガルヴィードより一つ上だが、頭一つ分くらいは小さい。武芸に秀でているという話も聞いたことがない。非常に優秀で、仕事中毒の宰相から「我が唯一の癒し」と言われるぐらいに穏やかな性格である彼と、騎士の家系に生まれていれば騎士団長になっていただろうと言われるガルヴィードでは、力の差がありすぎる。
周りの貴族達もそれはわかっているので、誰もがロシュアを心配して見守っていた。
何を言っても表情を変えないロシュアに、説得が無理なことを悟ってガルヴィードは溜め息を吐いた。かくなる上は、開始と同時に彼の剣を弾き飛ばすしかない。
決闘はどちらかの死、或いは闘う意思の喪失のみで決着が付く。相手を死なせないためには闘う手段を奪うしかない。
ガルヴィードも覚悟を決めて構えを取った。
舞台に上がったフリックが心配そうに二人をみつめた。開始の号令は可能な限り両者にとって公平な立場の者によるとされる、ガルヴィードの側近でありロシュアの上司である宰相の息子のフリックが貧乏くじを引いたようだ。
「3」
フリックが仕方なさげに声をあげた。貴族達の喧噪が収まり、誰もが息を飲んだ。
「2」
フリックの声が響く。し、ん、と、静寂が張りつめる。
「……1っ!」
一瞬だった。
強く踏み込んだガルヴィードが一気に間合いを詰め、ロシュアの握る剣を剣で払い上げた。
人々が目にしたのは、青空に飛ばされた剣がぎらりと銀色に光る輝きだった。
終わった。
誰もがそう思い、ほっと息を吐いた。
ガルヴィードも、剣を弾いた感触にほっと胸を撫でおろした。
誰もが等しく安堵したその中で、ロシュア・ビークベルは剣を握っていた方とは逆の手を握り締め、ガルヴィードの腹に叩き込んだ。
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