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第2章 『手繰り寄せた終焉』
第6話 『滾る瞳は温かく』
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「なあ兄貴……本当にコイツが……?」
「ああそうだ……でも、僕も今、その疑念が早くも無くなりそうなところだよ……」
彼らの目の前には、蹲り、震え、怯え、耳をヘッドホンで塞ぐ少女が収監されている檻があった。
「身体は細いし、女だし……男相手に勝てるほど強そうには見えねえな……歳は……まだ十代か……? ってことは凶器がよっぽど……兄貴、その資料見せろ」
「いいけど……お前の望む答えはきっと書いてないぞ」
そうして、白髪の男が手に持っていた資料を、赤髪の男に手渡す。
赤髪の男がその資料の内容に驚愕する傍らで、白髪の男は少女を見てため息を吐いた。
「凶器は現場に無かった……いくら捜索してもね。なのにも関わらず、被害者がルーブ・オルテンシア本人だと判明するのに丸一日を要するほど、遺体は酷い状態だった。僕がルーブ自身の事件を追っていなかったら、今頃身元不明死体だっただろうね」
「お、おい!……どういうことだ! お前はどうやってコイツを殺したんだ!?」
殴るように問いかける赤髪の男の問いは、少女に届かなかった。正確には、届いていない振りをしていたのだ。その現実を受け止めるのが、苦しかったから。
「僕らの声は届いていないらしい。多分、耳に付けているあの装飾品が原因だ。聴覚遮断の効果でも付いているんだろうね」
「チッ……兄貴、ここ開けろ! 話が聞けねえんじゃ事情聴取なんて無理だ。俺があの装飾品を外す」
無言で了承しつつも、白髪の男は鍵を開けながら、「一応、被害者を惨殺した凶悪殺人犯だぞ」と忠告を入れたが、赤髪の男は「知るか!」とすぐに一蹴した。
檻の扉が開いてすぐに、赤髪の男は少女のヘッドホンを無理やり外し、蹲る少女の腕を容赦無くどけた。
少女の表情が、その時初めて彼らに明かされた。
「驚いたな…………自分のしたことに反省してくれている……ということだといいけど」
「……何で泣いてんだよ……お前……」
赤髪の男が呆れるように檻を出ると、白髪の男は鍵を閉めた。
既に着席していた白髪の男の隣に、赤髪の男も足を組んで座り、少女の様子を伺う。
「それじゃあ、幾つか質問をさせてもらうけど、いいかな?」
少女は無言だった。無言でただ涙を流すばかりだった。
少女の事情など知るはずもない2人は顔を見合わせると、赤髪の男がすぐに声を荒らげた。
「おい! 聞かれたことに答えねえと、一発死刑もありえんだぞ! 嫌ならなんか答えろ!」
少女は嫌がらなかった。むしろ死を望んだ。
しかし、少女の内に潜むそれを阻む者が、今回の事件を引き起こし、少女の心を苦しめている。
そんな様子の少女を見た白髪の男は「……似ているな……彼と……」と一言。
「大丈夫だ、フレイム。僕に任せてくれ。まず、君の名前を教えてもらってもいいかな? 国民の個人情報は全て国が管理しているはずなのに、君の情報はいくら探しても見つからなくてね?」
「……は? 兄貴、それ、マジか? じゃあお前……何もんだよ……? この装飾品も……見たことねえし……」
少女は怯えるばかりで、一向に彼らと向き合おうとしなかった。
誰かを見ることが、誰かと声を交わすことが、誰かと関わることの全てを、少女は恐れ、遠ざけた。
「おっと、女性に先に名前を聞くのは紳士の振る舞いじゃなかったね。僕はシン=グラリタス王国の『十の聖剣』勲二等、『氷刃』のグレイス。こっちは弟のフレイムだ」
「『十の聖剣』勲十等、『焔刃』のフレイム……って、本当に聞いてんのかコイツ……」
頭を掻きながら貧乏揺すりをするフレイムと、横目で微笑みそれを宥めるグレイスの姿は、まさしく兄弟だった。
次は少女の番だ、と言わんばかりに、2人はそれぞれ違う目つきで少女を見つめる。
「……………………」
当然、答えを返すことはなく、黙り込むばかり。
少女の態度に痺れを切らしたか否か、片方が立ち上がった。
「……悪いが、僕はこの後にも任務があるんだ。それに、こういうのはお前の方が得意だろ? フレイム」
「は、はぁ!? おい、コイツを俺に任せるのかよ? なあ嘘だろ!?」
グレイスは答えを聞かないまま、自分の座っていた椅子に檻の鍵を置いてその場を去った。
すぐに追いかけようと立ち上がったフレイムだったが、視界に悲観的な少女を残して去ることを許せず、渋々もう一度資料に目を通しながら着席した。
こうなることで、頭を搔くフレイムを宥める相手はいなくなってしまうが、彼の本来の性分を抑制する相手も同時に消える。
グレイスはそれを知ってその行動に至っていたのだ。
「お、おい……さっきは一発死刑とか言ったけどよ……本当はんなことにはならねえんだ。今回の事件の被害者は、明確なのを数えただけでも十以上は殺した凶悪殺人鬼で、コイツの死刑はどの道決まってた。だから、お前自身はどっちかっつーと……先にコイツの刑を執行しただけみたいなもんで……そこまで罪は重くねえんだよ……まあ、現場は…………すげぇけど……」
渡されていた資料に念写された事件現場を見て、フレイムは言葉を濁した。
顔、そして胴の上半分が欠損した肉体と、断たれた四肢、手足共に数本バラバラになった指がバラバラに散乱している。惨いという言葉さえ優しい程の事件現場が資料に写っていた。
「…………死にたい……」
少女がフレイムの話を聞いて重大に感じたのは、「罪は重くない」の部分だった。
残虐に人を殺してしまった自分は死ぬ必要がある。
夢だと思っていた前世さえも人を殺し、生き返ってしまった自分は死ぬ必要がある。
殺す気もないのに人を殺してしまう自分は死ぬ必要がある。
にも関わらず、自分の「罪は重くない」など、許されて良い筈がない。その心が無意識にその言葉を紡がせていた。
「……ようやく喋ったかと思えばそれかよ…………ったく、面倒なヤツ任せやがって……」
それから、何やらガタガタと物音がした。
丸くなった身体に頭をもう一度埋めた少女には、それしか情報が入ってこなかった。
何が起きていたかに気づいたのは、少女の身体が突然上に吸い込まれるように持ち上がった瞬間だった。
「──いいか! 人と会話する時は目見て話せ!」
衝撃を受けたのも束の間、少女の瞳は溜まった涙を振り切られ、夕焼けのような赫灼とした瞳を映した。
「お前、殺したくて殺したわけじゃねえんだろ! じゃねえと、そんな惨めな顔できるわけねぇ。お前が善人なのか悪人なのか、それを決めるのは『十の聖剣』の俺の仕事だ! お前が自分のこと悪人だって勝手に決めつけて、勝手に死のうとするのは許さねえ!」
その瞳は、正常だったルーブのそれとは大きく違って、はっきりと自分を見ていた。
ルーブの瞳は優しさを映しながらも、どこか目的に一心だった節を感じさせていた。
──しかし、目の前の彼の瞳は、そうではなかった。紛れもなく、少女自身と向き合おうとしていたのだ。
「分かったらさっさと名前くらい答えろ! いつまでもそんな調子で、簡単に死ねるなんて思ってんじゃねえぞ!」
それは懐かしい瞳だった。
誰であろうと少女を認識する瞳は、常に狂っていた。
虐待、殺害、怨恨、強姦──全員が、少女自身を見なかった。
こんな瞳を向けられたのは、いつ頃以来だろうか……
「…………瑞香……です……」
涙もいつの間にか収まり、きょとんとした顔で少女は答えた。
それが伝播するように、フレイムの顔もまた呆気に取られたような表情になったが、「…………変な名前だな」と直後に微笑んだ。
──そしてまた伝播し、扉の向こうのグレイスも微笑んでいた。
「ああそうだ……でも、僕も今、その疑念が早くも無くなりそうなところだよ……」
彼らの目の前には、蹲り、震え、怯え、耳をヘッドホンで塞ぐ少女が収監されている檻があった。
「身体は細いし、女だし……男相手に勝てるほど強そうには見えねえな……歳は……まだ十代か……? ってことは凶器がよっぽど……兄貴、その資料見せろ」
「いいけど……お前の望む答えはきっと書いてないぞ」
そうして、白髪の男が手に持っていた資料を、赤髪の男に手渡す。
赤髪の男がその資料の内容に驚愕する傍らで、白髪の男は少女を見てため息を吐いた。
「凶器は現場に無かった……いくら捜索してもね。なのにも関わらず、被害者がルーブ・オルテンシア本人だと判明するのに丸一日を要するほど、遺体は酷い状態だった。僕がルーブ自身の事件を追っていなかったら、今頃身元不明死体だっただろうね」
「お、おい!……どういうことだ! お前はどうやってコイツを殺したんだ!?」
殴るように問いかける赤髪の男の問いは、少女に届かなかった。正確には、届いていない振りをしていたのだ。その現実を受け止めるのが、苦しかったから。
「僕らの声は届いていないらしい。多分、耳に付けているあの装飾品が原因だ。聴覚遮断の効果でも付いているんだろうね」
「チッ……兄貴、ここ開けろ! 話が聞けねえんじゃ事情聴取なんて無理だ。俺があの装飾品を外す」
無言で了承しつつも、白髪の男は鍵を開けながら、「一応、被害者を惨殺した凶悪殺人犯だぞ」と忠告を入れたが、赤髪の男は「知るか!」とすぐに一蹴した。
檻の扉が開いてすぐに、赤髪の男は少女のヘッドホンを無理やり外し、蹲る少女の腕を容赦無くどけた。
少女の表情が、その時初めて彼らに明かされた。
「驚いたな…………自分のしたことに反省してくれている……ということだといいけど」
「……何で泣いてんだよ……お前……」
赤髪の男が呆れるように檻を出ると、白髪の男は鍵を閉めた。
既に着席していた白髪の男の隣に、赤髪の男も足を組んで座り、少女の様子を伺う。
「それじゃあ、幾つか質問をさせてもらうけど、いいかな?」
少女は無言だった。無言でただ涙を流すばかりだった。
少女の事情など知るはずもない2人は顔を見合わせると、赤髪の男がすぐに声を荒らげた。
「おい! 聞かれたことに答えねえと、一発死刑もありえんだぞ! 嫌ならなんか答えろ!」
少女は嫌がらなかった。むしろ死を望んだ。
しかし、少女の内に潜むそれを阻む者が、今回の事件を引き起こし、少女の心を苦しめている。
そんな様子の少女を見た白髪の男は「……似ているな……彼と……」と一言。
「大丈夫だ、フレイム。僕に任せてくれ。まず、君の名前を教えてもらってもいいかな? 国民の個人情報は全て国が管理しているはずなのに、君の情報はいくら探しても見つからなくてね?」
「……は? 兄貴、それ、マジか? じゃあお前……何もんだよ……? この装飾品も……見たことねえし……」
少女は怯えるばかりで、一向に彼らと向き合おうとしなかった。
誰かを見ることが、誰かと声を交わすことが、誰かと関わることの全てを、少女は恐れ、遠ざけた。
「おっと、女性に先に名前を聞くのは紳士の振る舞いじゃなかったね。僕はシン=グラリタス王国の『十の聖剣』勲二等、『氷刃』のグレイス。こっちは弟のフレイムだ」
「『十の聖剣』勲十等、『焔刃』のフレイム……って、本当に聞いてんのかコイツ……」
頭を掻きながら貧乏揺すりをするフレイムと、横目で微笑みそれを宥めるグレイスの姿は、まさしく兄弟だった。
次は少女の番だ、と言わんばかりに、2人はそれぞれ違う目つきで少女を見つめる。
「……………………」
当然、答えを返すことはなく、黙り込むばかり。
少女の態度に痺れを切らしたか否か、片方が立ち上がった。
「……悪いが、僕はこの後にも任務があるんだ。それに、こういうのはお前の方が得意だろ? フレイム」
「は、はぁ!? おい、コイツを俺に任せるのかよ? なあ嘘だろ!?」
グレイスは答えを聞かないまま、自分の座っていた椅子に檻の鍵を置いてその場を去った。
すぐに追いかけようと立ち上がったフレイムだったが、視界に悲観的な少女を残して去ることを許せず、渋々もう一度資料に目を通しながら着席した。
こうなることで、頭を搔くフレイムを宥める相手はいなくなってしまうが、彼の本来の性分を抑制する相手も同時に消える。
グレイスはそれを知ってその行動に至っていたのだ。
「お、おい……さっきは一発死刑とか言ったけどよ……本当はんなことにはならねえんだ。今回の事件の被害者は、明確なのを数えただけでも十以上は殺した凶悪殺人鬼で、コイツの死刑はどの道決まってた。だから、お前自身はどっちかっつーと……先にコイツの刑を執行しただけみたいなもんで……そこまで罪は重くねえんだよ……まあ、現場は…………すげぇけど……」
渡されていた資料に念写された事件現場を見て、フレイムは言葉を濁した。
顔、そして胴の上半分が欠損した肉体と、断たれた四肢、手足共に数本バラバラになった指がバラバラに散乱している。惨いという言葉さえ優しい程の事件現場が資料に写っていた。
「…………死にたい……」
少女がフレイムの話を聞いて重大に感じたのは、「罪は重くない」の部分だった。
残虐に人を殺してしまった自分は死ぬ必要がある。
夢だと思っていた前世さえも人を殺し、生き返ってしまった自分は死ぬ必要がある。
殺す気もないのに人を殺してしまう自分は死ぬ必要がある。
にも関わらず、自分の「罪は重くない」など、許されて良い筈がない。その心が無意識にその言葉を紡がせていた。
「……ようやく喋ったかと思えばそれかよ…………ったく、面倒なヤツ任せやがって……」
それから、何やらガタガタと物音がした。
丸くなった身体に頭をもう一度埋めた少女には、それしか情報が入ってこなかった。
何が起きていたかに気づいたのは、少女の身体が突然上に吸い込まれるように持ち上がった瞬間だった。
「──いいか! 人と会話する時は目見て話せ!」
衝撃を受けたのも束の間、少女の瞳は溜まった涙を振り切られ、夕焼けのような赫灼とした瞳を映した。
「お前、殺したくて殺したわけじゃねえんだろ! じゃねえと、そんな惨めな顔できるわけねぇ。お前が善人なのか悪人なのか、それを決めるのは『十の聖剣』の俺の仕事だ! お前が自分のこと悪人だって勝手に決めつけて、勝手に死のうとするのは許さねえ!」
その瞳は、正常だったルーブのそれとは大きく違って、はっきりと自分を見ていた。
ルーブの瞳は優しさを映しながらも、どこか目的に一心だった節を感じさせていた。
──しかし、目の前の彼の瞳は、そうではなかった。紛れもなく、少女自身と向き合おうとしていたのだ。
「分かったらさっさと名前くらい答えろ! いつまでもそんな調子で、簡単に死ねるなんて思ってんじゃねえぞ!」
それは懐かしい瞳だった。
誰であろうと少女を認識する瞳は、常に狂っていた。
虐待、殺害、怨恨、強姦──全員が、少女自身を見なかった。
こんな瞳を向けられたのは、いつ頃以来だろうか……
「…………瑞香……です……」
涙もいつの間にか収まり、きょとんとした顔で少女は答えた。
それが伝播するように、フレイムの顔もまた呆気に取られたような表情になったが、「…………変な名前だな」と直後に微笑んだ。
──そしてまた伝播し、扉の向こうのグレイスも微笑んでいた。
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