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第2章 『手繰り寄せた終焉』

第10話 『正鵠を射る相談』

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「──へぇ~、大変だったんだねぇ~」

 黒い眼帯を右目に装着し、湯上りタオルで頭を拭くシルヴァは、少女の経緯への感想をその一言で済ませた。
 大変という言葉ではとても役不足な少女の前科だが、シルヴァにとってはその程度の認識なのである。

「別に、『十の聖剣クロス=グラディウス』のアタシらだって、罪人とはいえ何人かは殺ってきたわけだしねぇ……てか、そんな話はいいや。ほんでほんで~? その黒い変なのの正体は分かってるのかにゃ?」

 シルヴァらしい変な口調になりながら、彼女は少女の向かいの席へと座った。
 右手にはマグカップ。中身のオレンジ色の液体が発する匂い的に、恐らく紅茶の系統である。

「……いえ……何も……」

「そーかい、そーかい。正体不明のぼでーがーど様ね。ロマンチックなんだか不気味なんだか…………多分後者か……」

 カップを口に運び、静かに飲むシルヴァの様子は、初対面の時や風呂の時とは打って変わって、やたらと落ち着いていた。
 暫時の沈黙の後に、シルヴァが一言「……」と呟いた。唐突な一言だったので、少女も「……え?」と反射で返した。

黒蜘蛛くろくもでどう? その黒い変なのの名前。付けてないんでしょ? いちいち黒いやつ~とか蜘蛛みたいなやつ~とか言うの面倒だから、名前付けちゃえば?」

 ネーミングセンスは平凡だったが、呼称することができないのは不便だったので、少女も二つ返事で了承することにした。

「じゃあ、その黒蜘蛛を発現したのはいつ? まさか生まれ持ってたわけじゃないでしょ~? アタシらだって、適正のある属性を発現させるのにめちゃくちゃ苦労するんだから、ミズカちゃんもなんかそういうの、やったんじゃないのぉ?」

 そう、これは発現したのだ。『異世界転生』の副作用として──自分の死のタイミングを管理するためかのように、植え付けられたのだ。

「……私……『転生者』……なんです……!」

 今までの話を受け入れてくれたシルヴァなら、この事実も難なく受け止めてくれるに違いない。その確信があった。

 ──だからこそ、少し切なかった。
 シルヴァの義眼ではない左目が見開かれ、右手の空のマグカップをテーブルの上に落としてまで驚愕されたことが。

「……転……生者……? ミズカちゃん……それ……本当なの……?」

 傾いたマグカップを放ったらかしにして、シルヴァは少女に詰め寄る。
 少女が静かに頷くと、次第に彼女は先程までの冷静な表情を取り戻していった。

「……そっ……か…………ううん、何でもないよ? あんまりに珍しいもんだからさぁ? 興奮しちゃってつい~……ね?」

 そう言って、シルヴァはマグカップを台所まで持っていくために立ち上がった。
 少女に背を向けながら、シルヴァは一方的な会話を持ちかけた。

「……大体分かった。ありがと、話してくれて。本当はもっと色んなお話したいけど……用事思い出しちゃった。今日は一緒に寝れないのかぁ……悲しみぃ……」

 言葉の節々に、本来のシルヴァらしくない真剣さを感じた。
 慣れた手つきでサーコートに着替える瞬間も、扉を開く瞬間も、少女に微笑みかけて部屋を出ていく瞬間も、それら全てのシルヴァの刹那にを覚えた。
 心理学者でもない少女には、そんな彼女をただ見送ることしかできなかった。

* * * * * * * * * * * * *

「……この剣、離してくれない? 危ないじゃん」

 部屋を出たシルヴァの首元には、尖った鋼の先端が向けられていた。
 既に消灯時間を迎えていた城の廊下は闇に包まれており、剣を向けている存在を目視するのも困難を要した。

「そういえば……アンタだったっけ? あの子の保護者にアタシを推薦したの」

「流石にバレてるか……相変わらず鋭いね?」

 剣を鞘に収め、距離を詰めてきたのはグレイスだった。

「暗闇じゃアンタのその真っ白な髪がよく映えるっての。そんで、どうするの? アンタがあの子のを故意に行っていなかった、って報告すれば、アンタは即刻処分だけど?」

「そうさせないために、僕が直接赴いたんじゃないか。それに、たった今、お互い様になっただろ? もっと穏便にいこう。君があの子を置いてこの部屋を後にしたってことは、君も同じなんだろうからさ?」

「あの子は……アタシを抱き締めてくれたの。ものすっごいソフトだったけどね。でも、アタシがあの子を殺さない理由にはそれだけで十分」

「義眼を忘れるくらいには、まだ動揺してるらしいけど?」

 それを聞いたシルヴァは、咄嗟に右目を抑える。
 グレイスは微笑みながら続けた。

「まあ、かく言う僕もまだ迷ってはいるんだけどね。君の意志がほぼ固まってたようで何よりだ」

「……フレイムには言ったの? 招集には応じてなかったけど?」

「応じなかったんじゃない。あいつだけ呼ばれなかったんだ。……だから、今回あいつは関係ない。あの子の行く末は今、僕らだけに託されている」

「……前々から思っちゃいたけど、アンタもだーいぶ酷いお兄ちゃんよねぇ?」

 グレイスは「なんとでも言え」と言わんばかりに鼻で笑い、すぐにまた真剣な表情を作った。
 それに応じ、シルヴァも彼を見つめる。

「最善を尽くすつもりではある。しかしだが、一応聞いておくよ、シルヴァ。君の覚悟を──」


 ──君は、第二次聖剣グラディウス戦争を起こす気はあるか?
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