11 / 31
第2章 『手繰り寄せた終焉』
第10話 『正鵠を射る相談』
しおりを挟む
「──へぇ~、大変だったんだねぇ~」
黒い眼帯を右目に装着し、湯上りタオルで頭を拭くシルヴァは、少女の経緯への感想をその一言で済ませた。
大変という言葉ではとても役不足な少女の前科だが、シルヴァにとってはその程度の認識なのである。
「別に、『十の聖剣』のアタシらだって、罪人とはいえ何人かは殺ってきたわけだしねぇ……てか、そんな話はいいや。ほんでほんで~? その黒い変なのの正体は分かってるのかにゃ?」
シルヴァらしい変な口調になりながら、彼女は少女の向かいの席へと座った。
右手にはマグカップ。中身のオレンジ色の液体が発する匂い的に、恐らく紅茶の系統である。
「……いえ……何も……」
「そーかい、そーかい。正体不明のぼでーがーど様ね。ロマンチックなんだか不気味なんだか…………多分後者か……」
慎重にカップを口に運び、静かに飲むシルヴァの様子は、初対面の時や風呂の時とは打って変わって、やたらと落ち着いていた。
暫時の沈黙の後に、シルヴァが一言「くろくも……」と呟いた。唐突な一言だったので、少女も「……え?」と反射で返した。
「黒蜘蛛でどう? その黒い変なのの名前。付けてないんでしょ? いちいち黒いやつ~とか蜘蛛みたいなやつ~とか言うの面倒だから、名前付けちゃえば?」
ネーミングセンスは平凡だったが、呼称することができないのは不便だったので、少女も二つ返事で了承することにした。
「じゃあ、その黒蜘蛛を発現したのはいつ? まさか生まれ持ってたわけじゃないでしょ~? アタシらだって、適正のある属性を発現させるのにめちゃくちゃ苦労するんだから、ミズカちゃんもなんかそういうの、やったんじゃないのぉ?」
そう、これは発現したのだ。『異世界転生』の副作用として──自分の死のタイミングを管理するためかのように、植え付けられたのだ。
「……私……『転生者』……なんです……!」
今までの話を受け入れてくれたシルヴァなら、この事実も難なく受け止めてくれるに違いない。その確信があった。
──だからこそ、少し切なかった。
シルヴァの義眼ではない左目が見開かれ、右手の空のマグカップをテーブルの上に落としてまで驚愕されたことが。
「……転……生者……? ミズカちゃん……それ……本当なの……?」
傾いたマグカップを放ったらかしにして、シルヴァは少女に詰め寄る。
少女が静かに頷くと、次第に彼女は先程までの冷静な表情を取り戻していった。
「……そっ……か…………ううん、何でもないよ? あんまりに珍しいもんだからさぁ? 興奮しちゃってつい~……ね?」
そう言って、シルヴァはマグカップを台所まで持っていくために立ち上がった。
少女に背を向けながら、シルヴァは一方的な会話を持ちかけた。
「……大体分かった。ありがと、話してくれて。本当はもっと色んなお話したいけど……用事思い出しちゃった。今日は一緒に寝れないのかぁ……悲しみぃ……」
言葉の節々に、本来のシルヴァらしくない真剣さを感じた。
慣れた手つきでサーコートに着替える瞬間も、扉を開く瞬間も、少女に微笑みかけて部屋を出ていく瞬間も、それら全てのシルヴァの刹那に違和感を覚えた。
心理学者でもない少女には、そんな彼女をただ見送ることしかできなかった。
* * * * * * * * * * * * *
「……この剣、離してくれない? 危ないじゃん」
部屋を出たシルヴァの首元には、尖った鋼の先端が向けられていた。
既に消灯時間を迎えていた城の廊下は闇に包まれており、剣を向けている存在を目視するのも困難を要した。
「そういえば……アンタだったっけ? あの子の保護者にアタシを推薦したの」
「流石にバレてるか……相変わらず鋭いね?」
剣を鞘に収め、距離を詰めてきたのはグレイスだった。
「暗闇じゃアンタのその真っ白な髪がよく映えるっての。そんで、どうするの? アンタがあの子の暗殺を故意に行っていなかった、って報告すれば、アンタは即刻処分だけど?」
「そうさせないために、僕が直接赴いたんじゃないか。それに、たった今、お互い様になっただろ? もっと穏便にいこう。君があの子を置いてこの部屋を後にしたってことは、君も同じなんだろうからさ?」
「あの子は……アタシを抱き締めてくれたの。ものすっごいソフトだったけどね。でも、アタシがあの子を殺さない理由にはそれだけで十分」
「義眼を忘れるくらいには、まだ動揺してるらしいけど?」
それを聞いたシルヴァは、咄嗟に右目を抑える。
グレイスは微笑みながら続けた。
「まあ、かく言う僕もまだ迷ってはいるんだけどね。君の意志がほぼ固まってたようで何よりだ」
「……フレイムには言ったの? 招集には応じてなかったけど?」
「応じなかったんじゃない。あいつだけ呼ばれなかったんだ。……だから、今回あいつは関係ない。あの子の行く末は今、僕らだけに託されている」
「……前々から思っちゃいたけど、アンタもだーいぶ酷いお兄ちゃんよねぇ?」
グレイスは「なんとでも言え」と言わんばかりに鼻で笑い、すぐにまた真剣な表情を作った。
それに応じ、シルヴァも彼を見つめる。
「最善を尽くすつもりではある。しかしだが、一応聞いておくよ、シルヴァ。君の覚悟を──」
──君は、第二次聖剣戦争を起こす気はあるか?
黒い眼帯を右目に装着し、湯上りタオルで頭を拭くシルヴァは、少女の経緯への感想をその一言で済ませた。
大変という言葉ではとても役不足な少女の前科だが、シルヴァにとってはその程度の認識なのである。
「別に、『十の聖剣』のアタシらだって、罪人とはいえ何人かは殺ってきたわけだしねぇ……てか、そんな話はいいや。ほんでほんで~? その黒い変なのの正体は分かってるのかにゃ?」
シルヴァらしい変な口調になりながら、彼女は少女の向かいの席へと座った。
右手にはマグカップ。中身のオレンジ色の液体が発する匂い的に、恐らく紅茶の系統である。
「……いえ……何も……」
「そーかい、そーかい。正体不明のぼでーがーど様ね。ロマンチックなんだか不気味なんだか…………多分後者か……」
慎重にカップを口に運び、静かに飲むシルヴァの様子は、初対面の時や風呂の時とは打って変わって、やたらと落ち着いていた。
暫時の沈黙の後に、シルヴァが一言「くろくも……」と呟いた。唐突な一言だったので、少女も「……え?」と反射で返した。
「黒蜘蛛でどう? その黒い変なのの名前。付けてないんでしょ? いちいち黒いやつ~とか蜘蛛みたいなやつ~とか言うの面倒だから、名前付けちゃえば?」
ネーミングセンスは平凡だったが、呼称することができないのは不便だったので、少女も二つ返事で了承することにした。
「じゃあ、その黒蜘蛛を発現したのはいつ? まさか生まれ持ってたわけじゃないでしょ~? アタシらだって、適正のある属性を発現させるのにめちゃくちゃ苦労するんだから、ミズカちゃんもなんかそういうの、やったんじゃないのぉ?」
そう、これは発現したのだ。『異世界転生』の副作用として──自分の死のタイミングを管理するためかのように、植え付けられたのだ。
「……私……『転生者』……なんです……!」
今までの話を受け入れてくれたシルヴァなら、この事実も難なく受け止めてくれるに違いない。その確信があった。
──だからこそ、少し切なかった。
シルヴァの義眼ではない左目が見開かれ、右手の空のマグカップをテーブルの上に落としてまで驚愕されたことが。
「……転……生者……? ミズカちゃん……それ……本当なの……?」
傾いたマグカップを放ったらかしにして、シルヴァは少女に詰め寄る。
少女が静かに頷くと、次第に彼女は先程までの冷静な表情を取り戻していった。
「……そっ……か…………ううん、何でもないよ? あんまりに珍しいもんだからさぁ? 興奮しちゃってつい~……ね?」
そう言って、シルヴァはマグカップを台所まで持っていくために立ち上がった。
少女に背を向けながら、シルヴァは一方的な会話を持ちかけた。
「……大体分かった。ありがと、話してくれて。本当はもっと色んなお話したいけど……用事思い出しちゃった。今日は一緒に寝れないのかぁ……悲しみぃ……」
言葉の節々に、本来のシルヴァらしくない真剣さを感じた。
慣れた手つきでサーコートに着替える瞬間も、扉を開く瞬間も、少女に微笑みかけて部屋を出ていく瞬間も、それら全てのシルヴァの刹那に違和感を覚えた。
心理学者でもない少女には、そんな彼女をただ見送ることしかできなかった。
* * * * * * * * * * * * *
「……この剣、離してくれない? 危ないじゃん」
部屋を出たシルヴァの首元には、尖った鋼の先端が向けられていた。
既に消灯時間を迎えていた城の廊下は闇に包まれており、剣を向けている存在を目視するのも困難を要した。
「そういえば……アンタだったっけ? あの子の保護者にアタシを推薦したの」
「流石にバレてるか……相変わらず鋭いね?」
剣を鞘に収め、距離を詰めてきたのはグレイスだった。
「暗闇じゃアンタのその真っ白な髪がよく映えるっての。そんで、どうするの? アンタがあの子の暗殺を故意に行っていなかった、って報告すれば、アンタは即刻処分だけど?」
「そうさせないために、僕が直接赴いたんじゃないか。それに、たった今、お互い様になっただろ? もっと穏便にいこう。君があの子を置いてこの部屋を後にしたってことは、君も同じなんだろうからさ?」
「あの子は……アタシを抱き締めてくれたの。ものすっごいソフトだったけどね。でも、アタシがあの子を殺さない理由にはそれだけで十分」
「義眼を忘れるくらいには、まだ動揺してるらしいけど?」
それを聞いたシルヴァは、咄嗟に右目を抑える。
グレイスは微笑みながら続けた。
「まあ、かく言う僕もまだ迷ってはいるんだけどね。君の意志がほぼ固まってたようで何よりだ」
「……フレイムには言ったの? 招集には応じてなかったけど?」
「応じなかったんじゃない。あいつだけ呼ばれなかったんだ。……だから、今回あいつは関係ない。あの子の行く末は今、僕らだけに託されている」
「……前々から思っちゃいたけど、アンタもだーいぶ酷いお兄ちゃんよねぇ?」
グレイスは「なんとでも言え」と言わんばかりに鼻で笑い、すぐにまた真剣な表情を作った。
それに応じ、シルヴァも彼を見つめる。
「最善を尽くすつもりではある。しかしだが、一応聞いておくよ、シルヴァ。君の覚悟を──」
──君は、第二次聖剣戦争を起こす気はあるか?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる