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第2章 『手繰り寄せた終焉』
第13話 『刹那の嵐』
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──彼女に決して危害は加えない。約束する。
それは事実だ。
きっと、危害を加えられるのは……僕の方だから。
勲二等の僕が、標的の暗殺に失敗し、殉職したとなれば、少なくとも別の策を講じるまでの時間ができる。
ルージスとウーブラスには根回ししておいたから、恐らくもっと効果が得られるはずだ。
それに、もし仮にも暗殺に成功できれば……いや、無理そうだな。瀕死の帰還も……望み薄か……
シルヴァが名付けた……黒蜘蛛? だったか……殺るなら、ひと思いに頼むよ……?
これでも一応……死ぬのは、慣れてないんだ──
静寂の中、振り下ろされる一筋の鋼。
少女の背中を切りつける直前、予期しない衝撃が訪れた。
──それはまるで、嵐のように。
グレイスを襲ったのは、少女の黒蜘蛛ではなかった。
室内にも関わらず吹き荒れる強風に、構えていた剣が部屋の隅へと吹き飛ばされる。
次々に家具が破損し、油断すれば身体の自由が利かなくなる状況下で、グレイスは自然と少女を庇っていた。
「……グレイスさん……!?……これは……一体……」
僕は……何をしているんだ……?
曲がりなりにも彼女を殺そうと考えた人間が、どうして今身を案じている……!?
自分が死ぬ覚悟も……彼女を殺す覚悟も……全部自分自身に吐いていた嘘だったのか……?
──僕は一体、何がしたい……!?
強風の勢いに乗り、様々な家具がグレイスの肉体を襲うが、少女には、一切の危害も加えられなかった。
轟音を伴って吹き荒れる暴風の中、グレイスは叫んだ。
「──この風を止めろ! テンペスト!」
すると要求通りに風が止み、グレイスは少女から静かに離れ、立ち上がった。
見る影もない部屋の入口を見ると、右手を翳しながら佇むテンペストの姿があった。
「裏切りか、グレイス。まさかその女が『転生者』であることを知らないわけじゃないだろう?」
「……ああ、その通り。彼女は『転生者』だ。だが、僕がこうして彼女を護っていなければ、今頃君の命は無かっただろう」
「……どういう意味だ?」
「彼女の居場所まで突き止めたんだから、それくらいは知っているのかと思っていたが……思っていたより君には計画性が無いんだね?」
グレイスの皮肉を鼻で笑うと、テンペストは左手に持っていた紙を広げて突き出した。
それは、少女についての事件資料だった。
「そこでお前の弟と出会った。招集でのお前の様子がどうもおかしいものだから、正直者に聞いたところすぐに情報を吐いた。『転生者』を知らないか? とな」
「……僕の判断ミスだった……ってことか」
「これは、その女が起こした事件らしいな……? 何とも惨い死体だが、国が抱える最強の騎士と、ただの犯罪者を同じ目線で見られていては堪らん」
「……それで、結局どうするつもりだい……?」
テンペストは振り返り、落ち着き払った背をグレイスに向けた。
「俺は無計画ではない。今回は言わば視察だ。……まあ、お前の裏切りを知ったのは予期しなかったことだが。それに、これ以上ここにいると、面倒な奴も来る」
「……君を敵に回したくはなかったんだけどな……?」
「……今からでもその女の謀殺に協力するというのなら、勲等を弟と連ねるだけに留めることも可能かもしれんな」
瞬間、またもや吹き荒れた刹那的な嵐に、グレイスと少女は身を構えた。
言葉通り、テンペストは嵐のように姿を消し、代わりにやって来たのはこの部屋の主である。
「……あいつ……! 人の部屋荒らすだけ荒らして帰りやがって……!! 次会った時殺してやる……!!」
鬼の形相と呼ぶに相応しいシルヴァだったが、少女を見るとすぐに表情を変え、こちらもまた嵐のように素早く近づいてきたのだった。
「大丈夫!? 怪我してない!? あの黄緑バカに何された!?」
「……あ、あの……えっと……」
「……激しいな。彼女に対して君はいつもこんな感じなのか? シルヴァ」
「あれ、アンタ怪我してんじゃん。だいじょぶ? アンタならだいじょぶよね」
わざととしか思えない程の対応の違いだが、シルヴァは素でこうである。
そんな態度に呆れることを忘れたグレイスは、少女とシルヴァのやり取りを見ながら、静かに部屋を去ろうとしていた。
少女に夢中だったシルヴァは当然気がつく筈もなかったが、少女自身はそれを見逃さなかった。
「あ、あの……!……グレイスさん……助けて、いただいて……ありがとうございました……!」
その単純な感謝の言葉は、グレイスに深く刺さった。
事情を大して知らないシルヴァにも、少女が自ら発した言葉の重みはよく理解していたようで、横槍を入れるような真似はしなかった。
「──僕は…………感謝されていい人間じゃない」
それだけ言い置き、扉を失った部屋を去るグレイス。
裏切ったのが国だけで済んだとはいえ、後ろめたさを抱えたまま2人と目を合わせることは困難だった。
「無愛想ねぇ……せっかくのミズカちゃんの感謝をあんなに勿体なく聞くなんて……」
部屋の隅に放置された剣を拾い上げ、シルヴァは無表情で呟いた。
それは事実だ。
きっと、危害を加えられるのは……僕の方だから。
勲二等の僕が、標的の暗殺に失敗し、殉職したとなれば、少なくとも別の策を講じるまでの時間ができる。
ルージスとウーブラスには根回ししておいたから、恐らくもっと効果が得られるはずだ。
それに、もし仮にも暗殺に成功できれば……いや、無理そうだな。瀕死の帰還も……望み薄か……
シルヴァが名付けた……黒蜘蛛? だったか……殺るなら、ひと思いに頼むよ……?
これでも一応……死ぬのは、慣れてないんだ──
静寂の中、振り下ろされる一筋の鋼。
少女の背中を切りつける直前、予期しない衝撃が訪れた。
──それはまるで、嵐のように。
グレイスを襲ったのは、少女の黒蜘蛛ではなかった。
室内にも関わらず吹き荒れる強風に、構えていた剣が部屋の隅へと吹き飛ばされる。
次々に家具が破損し、油断すれば身体の自由が利かなくなる状況下で、グレイスは自然と少女を庇っていた。
「……グレイスさん……!?……これは……一体……」
僕は……何をしているんだ……?
曲がりなりにも彼女を殺そうと考えた人間が、どうして今身を案じている……!?
自分が死ぬ覚悟も……彼女を殺す覚悟も……全部自分自身に吐いていた嘘だったのか……?
──僕は一体、何がしたい……!?
強風の勢いに乗り、様々な家具がグレイスの肉体を襲うが、少女には、一切の危害も加えられなかった。
轟音を伴って吹き荒れる暴風の中、グレイスは叫んだ。
「──この風を止めろ! テンペスト!」
すると要求通りに風が止み、グレイスは少女から静かに離れ、立ち上がった。
見る影もない部屋の入口を見ると、右手を翳しながら佇むテンペストの姿があった。
「裏切りか、グレイス。まさかその女が『転生者』であることを知らないわけじゃないだろう?」
「……ああ、その通り。彼女は『転生者』だ。だが、僕がこうして彼女を護っていなければ、今頃君の命は無かっただろう」
「……どういう意味だ?」
「彼女の居場所まで突き止めたんだから、それくらいは知っているのかと思っていたが……思っていたより君には計画性が無いんだね?」
グレイスの皮肉を鼻で笑うと、テンペストは左手に持っていた紙を広げて突き出した。
それは、少女についての事件資料だった。
「そこでお前の弟と出会った。招集でのお前の様子がどうもおかしいものだから、正直者に聞いたところすぐに情報を吐いた。『転生者』を知らないか? とな」
「……僕の判断ミスだった……ってことか」
「これは、その女が起こした事件らしいな……? 何とも惨い死体だが、国が抱える最強の騎士と、ただの犯罪者を同じ目線で見られていては堪らん」
「……それで、結局どうするつもりだい……?」
テンペストは振り返り、落ち着き払った背をグレイスに向けた。
「俺は無計画ではない。今回は言わば視察だ。……まあ、お前の裏切りを知ったのは予期しなかったことだが。それに、これ以上ここにいると、面倒な奴も来る」
「……君を敵に回したくはなかったんだけどな……?」
「……今からでもその女の謀殺に協力するというのなら、勲等を弟と連ねるだけに留めることも可能かもしれんな」
瞬間、またもや吹き荒れた刹那的な嵐に、グレイスと少女は身を構えた。
言葉通り、テンペストは嵐のように姿を消し、代わりにやって来たのはこの部屋の主である。
「……あいつ……! 人の部屋荒らすだけ荒らして帰りやがって……!! 次会った時殺してやる……!!」
鬼の形相と呼ぶに相応しいシルヴァだったが、少女を見るとすぐに表情を変え、こちらもまた嵐のように素早く近づいてきたのだった。
「大丈夫!? 怪我してない!? あの黄緑バカに何された!?」
「……あ、あの……えっと……」
「……激しいな。彼女に対して君はいつもこんな感じなのか? シルヴァ」
「あれ、アンタ怪我してんじゃん。だいじょぶ? アンタならだいじょぶよね」
わざととしか思えない程の対応の違いだが、シルヴァは素でこうである。
そんな態度に呆れることを忘れたグレイスは、少女とシルヴァのやり取りを見ながら、静かに部屋を去ろうとしていた。
少女に夢中だったシルヴァは当然気がつく筈もなかったが、少女自身はそれを見逃さなかった。
「あ、あの……!……グレイスさん……助けて、いただいて……ありがとうございました……!」
その単純な感謝の言葉は、グレイスに深く刺さった。
事情を大して知らないシルヴァにも、少女が自ら発した言葉の重みはよく理解していたようで、横槍を入れるような真似はしなかった。
「──僕は…………感謝されていい人間じゃない」
それだけ言い置き、扉を失った部屋を去るグレイス。
裏切ったのが国だけで済んだとはいえ、後ろめたさを抱えたまま2人と目を合わせることは困難だった。
「無愛想ねぇ……せっかくのミズカちゃんの感謝をあんなに勿体なく聞くなんて……」
部屋の隅に放置された剣を拾い上げ、シルヴァは無表情で呟いた。
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