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第2章 『手繰り寄せた終焉』
第18話 『融けない氷』
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とある小さな村に、剣の才を持つ兄弟が生まれた。
両者共に美しい白髪を持つ容姿端麗な美少年でありながら、お互いにそれぞれ違う個性があった。
それでも、2人が見据えた目標は同じだった。
国が抱える最も優れた10人の騎士『十の聖剣』を目指して、常日頃から訓練と称して怪我をしてくる、そんな2人だった。
兄の方はより優秀で、『十の聖剣』には必須とされる属性をすぐに発現させた。
標的を凍てつかせ、強固な薄氷で身を守る。兄は魔法の扱いにも長けていた。
そして、幼少にしてその実力は、村の酒場で暴れた酒癖の悪い中年騎士を、単独で抑えてしまう程までに至っていた。
弟はそんな兄が誇らしく思っていた。
共に高め合ってきた戦友として、同じ境遇を生きてきた兄弟として、自分が兄と共に育ってきたことを、何より嬉しく思っていた。
──その時までは。
「おーい! 早く訓練行くぞ~!」
「ま、まってよ~、兄さん!」
食事を終えた2人は、微笑む両親に手を振ってすぐに家を出た。
訓練の際にいつも訪れている近くの高原では、1本の大樹が細かな傷を抱えていたり、草が所々禿げていたり、彼らの2年間を想起させる跡ばかりが目立っていた。
いつものように向かい合い、互いに子供サイズの木剣を構える。
兄は慣れたフォームで片手に持ち、弟は両手で力強く握った。
戦闘開始の合図など、既に彼らの間には必要なかった。
一見互角のように見える試合。しかしよく見れば、兄は素早く弟を翻弄し、弟はそれに必死に食らいつくばかりだった。
その猛攻を木剣で受け流しながら、目は必ず兄を捉えて好機を待つ。
──そして、ほんの僅かに攻撃のペースが落ちた瞬間を、弟は逃がすことなく突いた。
弟の木の刃が兄の頬を掠ると、猛攻は止み、試合も同時に終了。負けたにも関わらず兄は笑い、弟に背を向けた。
「やっぱりお前も強いなぁ~! でも、まだ互角だけどな~?」
もう1戦交えるために兄は再度剣を構えたが、弟はそうすることなく、顔を曇らせていた。
理由は至極単純である。
「兄さん……本気出してない、よね? さっきの僕の攻撃、魔法で防ごうとしてやめたの、分かってるよ?」
弟は先の試合で、咄嗟に兄が翳しかけた手を見逃していなかった。
弟にとって、あの試合は負けも同然だった。
図星を突かれた兄は渋々弟に真意を語った。
「……いやだって……魔法は危ないだろ? お前に怪我させたら怒られるの僕だし、それにお前はまだ魔法使えないだろ? フコーヘーってやつだよ」
兄は弟を案じていた。決してその言葉に悪意など無かった。
それでも弟は顔を曇らせたままだった。
「……僕は兄さんと同じくらい強くなって……兄さんよりも強くなりたいんだ……! なのに兄さんが本気を出してくれなきゃ、いつまでも強くなんかなれない!」
魔法を使われれば、自分は必ず負けると言われたようだった。
本気を出せば、自分は怪我を負ってしまう程軟弱だと言われたようだった。
だから、弟は兄に懇願したのだ。そうではないと証明するために。
「……よし、分かった! その代わり、怪我しても知らないからな~!」
そんな弟に、兄は笑顔で応えた。
本当に仲睦まじい兄弟だった。
王都におつかいを任された日も、訓練で痣を抱えて帰った日も、彼らは互いに笑い合った。
──しかしその日、そんな彼らの固い絆に、亀裂が生じた。
兄を酷く叱責する両親の声が、2階の部屋にいる弟にまで届いていた。
安静にしろ、という指示に従って何とか就寝を試みようとしたが、その声が聞こえてきてからは瞬くことさえ辛い。
兄の声だけは生憎届かず、兄がどんな説明をしているのかは、両親の叱責から推測するしかなかった。
その結果、弟に非があるという内容が一切聞こえてこなかったのだから、居ても立ってもいられなかった。
どうせ今兄の元へ行ったところで、油を注ぐに過ぎない。そんなことは分かっていた。
でもどうして? 知らなかったのだからしょうがなかったじゃないか。
──あれ程までに氷を上手く扱える兄を持つ自分が、氷属性に耐性が無いことなど。
氷の礫が少し掠っただけで、忽ち身体が冷えていった。日当たりの良い平野で、朦朧とする意識の中、凍え死ぬ覚悟をした。
慌てて兄が連れて帰り、暖炉で一命を取り留めることはできた。
体の調子は既に安定している。それでもまだ、あの時の感覚を思い出すと、手足が凍えるように震える。
意識がはっきりしてからは安心した。同時に自分に失望した。
──自分では兄のようになれない。
叱責が止むと、誰かが部屋の扉をノックした。
扉を開くと、らしくない顔を浮かべる兄が立っていた。
瞬間、兄は頭を深く下げた。
「……全部……全部僕のせいだ。ごめん」
「──違う……! 僕が兄さんに……あんなこと頼んだからだ……! 兄さんは悪いことなんて……何も……」
頭を上げた兄だったが、弟の必死な顔を見ることなく、去り際に一言告げた。
「──もうお前と一緒に訓練はできない」
引き留める余裕も無く、弟は愕然とした。
そしてすぐに、戦友と師を同時に失ったことに気づいた。
その後に両親と掛け合いもしたが、当然徒労に終わった。
どうしてこうなってしまったのか。
その答えを何度も頭の中で考えた。
巡らせた思考は数百通りあれど、出る答えは全て同じ。
──自分が弱いから。
両者共に美しい白髪を持つ容姿端麗な美少年でありながら、お互いにそれぞれ違う個性があった。
それでも、2人が見据えた目標は同じだった。
国が抱える最も優れた10人の騎士『十の聖剣』を目指して、常日頃から訓練と称して怪我をしてくる、そんな2人だった。
兄の方はより優秀で、『十の聖剣』には必須とされる属性をすぐに発現させた。
標的を凍てつかせ、強固な薄氷で身を守る。兄は魔法の扱いにも長けていた。
そして、幼少にしてその実力は、村の酒場で暴れた酒癖の悪い中年騎士を、単独で抑えてしまう程までに至っていた。
弟はそんな兄が誇らしく思っていた。
共に高め合ってきた戦友として、同じ境遇を生きてきた兄弟として、自分が兄と共に育ってきたことを、何より嬉しく思っていた。
──その時までは。
「おーい! 早く訓練行くぞ~!」
「ま、まってよ~、兄さん!」
食事を終えた2人は、微笑む両親に手を振ってすぐに家を出た。
訓練の際にいつも訪れている近くの高原では、1本の大樹が細かな傷を抱えていたり、草が所々禿げていたり、彼らの2年間を想起させる跡ばかりが目立っていた。
いつものように向かい合い、互いに子供サイズの木剣を構える。
兄は慣れたフォームで片手に持ち、弟は両手で力強く握った。
戦闘開始の合図など、既に彼らの間には必要なかった。
一見互角のように見える試合。しかしよく見れば、兄は素早く弟を翻弄し、弟はそれに必死に食らいつくばかりだった。
その猛攻を木剣で受け流しながら、目は必ず兄を捉えて好機を待つ。
──そして、ほんの僅かに攻撃のペースが落ちた瞬間を、弟は逃がすことなく突いた。
弟の木の刃が兄の頬を掠ると、猛攻は止み、試合も同時に終了。負けたにも関わらず兄は笑い、弟に背を向けた。
「やっぱりお前も強いなぁ~! でも、まだ互角だけどな~?」
もう1戦交えるために兄は再度剣を構えたが、弟はそうすることなく、顔を曇らせていた。
理由は至極単純である。
「兄さん……本気出してない、よね? さっきの僕の攻撃、魔法で防ごうとしてやめたの、分かってるよ?」
弟は先の試合で、咄嗟に兄が翳しかけた手を見逃していなかった。
弟にとって、あの試合は負けも同然だった。
図星を突かれた兄は渋々弟に真意を語った。
「……いやだって……魔法は危ないだろ? お前に怪我させたら怒られるの僕だし、それにお前はまだ魔法使えないだろ? フコーヘーってやつだよ」
兄は弟を案じていた。決してその言葉に悪意など無かった。
それでも弟は顔を曇らせたままだった。
「……僕は兄さんと同じくらい強くなって……兄さんよりも強くなりたいんだ……! なのに兄さんが本気を出してくれなきゃ、いつまでも強くなんかなれない!」
魔法を使われれば、自分は必ず負けると言われたようだった。
本気を出せば、自分は怪我を負ってしまう程軟弱だと言われたようだった。
だから、弟は兄に懇願したのだ。そうではないと証明するために。
「……よし、分かった! その代わり、怪我しても知らないからな~!」
そんな弟に、兄は笑顔で応えた。
本当に仲睦まじい兄弟だった。
王都におつかいを任された日も、訓練で痣を抱えて帰った日も、彼らは互いに笑い合った。
──しかしその日、そんな彼らの固い絆に、亀裂が生じた。
兄を酷く叱責する両親の声が、2階の部屋にいる弟にまで届いていた。
安静にしろ、という指示に従って何とか就寝を試みようとしたが、その声が聞こえてきてからは瞬くことさえ辛い。
兄の声だけは生憎届かず、兄がどんな説明をしているのかは、両親の叱責から推測するしかなかった。
その結果、弟に非があるという内容が一切聞こえてこなかったのだから、居ても立ってもいられなかった。
どうせ今兄の元へ行ったところで、油を注ぐに過ぎない。そんなことは分かっていた。
でもどうして? 知らなかったのだからしょうがなかったじゃないか。
──あれ程までに氷を上手く扱える兄を持つ自分が、氷属性に耐性が無いことなど。
氷の礫が少し掠っただけで、忽ち身体が冷えていった。日当たりの良い平野で、朦朧とする意識の中、凍え死ぬ覚悟をした。
慌てて兄が連れて帰り、暖炉で一命を取り留めることはできた。
体の調子は既に安定している。それでもまだ、あの時の感覚を思い出すと、手足が凍えるように震える。
意識がはっきりしてからは安心した。同時に自分に失望した。
──自分では兄のようになれない。
叱責が止むと、誰かが部屋の扉をノックした。
扉を開くと、らしくない顔を浮かべる兄が立っていた。
瞬間、兄は頭を深く下げた。
「……全部……全部僕のせいだ。ごめん」
「──違う……! 僕が兄さんに……あんなこと頼んだからだ……! 兄さんは悪いことなんて……何も……」
頭を上げた兄だったが、弟の必死な顔を見ることなく、去り際に一言告げた。
「──もうお前と一緒に訓練はできない」
引き留める余裕も無く、弟は愕然とした。
そしてすぐに、戦友と師を同時に失ったことに気づいた。
その後に両親と掛け合いもしたが、当然徒労に終わった。
どうしてこうなってしまったのか。
その答えを何度も頭の中で考えた。
巡らせた思考は数百通りあれど、出る答えは全て同じ。
──自分が弱いから。
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