Re:LIFE 〜永久の惨劇を彩って〜

如月笛風

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第2章 『手繰り寄せた終焉』

第22話 『森は静かに、安らかに』

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 城の門に佇む『地刃』のテラス。
 その目的は、のグレイスを捕らえるためである。

「……そこを通してくれ。テラス」

「申し訳ないが、それは無理な願いだ。さっきテンペストが君たちを告発した。君が国に背いたことが事実かどうか分かるまで、ここを通すことはできない」

「行動が早いな……予想外だったよ。凡そ、僕とシルヴァが敵だと聞いたのかな?」

「いいや?……もう1人足りない──」

 先刻、テンペストは名の『十の聖剣クロス=グラディウス』を背信者として告発した。
 グレイスとシルヴァ、そして──

「フレイム……彼も共謀しているという話だったよ?」

 稲妻が自分の身を直接穿つような、そんな衝撃が走った。
 そして、その稲妻がグレイスの心に何よりも熱く燃える業火を生んだ。
 テンペストがフレイムを巻き込んだ。その理由は知り得ない。
 しかし、今はその事実だけで十分──

「……テンペスト……それがお前のか──!」

* * * * * * * * * * * * *

 度々鳴り響く金属音。様々な植物の急成長と、それを蝕む紫色の液体とが齎す家屋の崩壊。
 その激しい攻防戦を、弱った少女は黙って眺めることしかできなかった。

「──無駄だと分からないの? 今の貴方じゃ私に勝てない──とは違うってこと。」

「別にぃ? アタシの目的はアンタに勝つことじゃないし。この子の解毒をさせることだから」

「……話にならない」

 呆れるヴェノムはより攻撃を激化させる。
 対抗してシルヴァも畝る大木を幾度となく生やし、その上を移動するが、次々と毒により朽ちていく。
 しかし、その行動によりシルヴァのとある考えが確証となった。

「……こりゃ、確かに無駄だね~。ヴェノム、アタシのこと狙ってないでしょ?」

 その発言は図星であり、事実としてシルヴァが大木の生成をやめると、ヴェノムも動きを止めた。
 剣先を向けつつも、ヴェノムはシルヴァに応じた。

「無駄な殺人は嫌。……特に貴方は……ね」

「そう、嬉しいことね。じゃあどうしたらあの子を助けてくれるか、教えてくれない? 私も無駄は好きじゃないから」

「残念だけど、助けられない。それに、暗殺の対象に向けた解毒薬なんて、いちいち用意すると思う?」

「…………そっか……」

 そう言って俯くシルヴァは、暫時考えた後に、持っていた剣を手放した。

「……アンタも強くなったわね~。降参こーさ~ん」

「貴方と私の属性の相性が悪いだけ。……やっと分かってくれたのね」

 安堵するヴェノムはシルヴァの剣を拾い上げ、持ち主に返した。
 シルヴァは剣を受け取ると、少女の元へと歩み寄る。
 少女の目の前で、シルヴァは片膝を着いた。

「……シルヴァ……さん……」

「……ごめんね~、ミズカちゃん。まで一緒に居てあげられなくて……」

 別れの言葉を言うように、シルヴァは微笑みながら謝った。
 その表情が意味するに、シルヴァはていた。

 悲しいだの、悔しいだの、そんな気持ちは不思議と湧かなかった。
 ただ、少し切なかった。
 ただ、少し寂しかった。
 自分を信じてくれていた人のこんな表情を見るのが、少し辛かった。

 の涙が、廃屋のひび割れた床に注がれた。

「……どうして……泣いて…………?」

 左眼のみから流れる、シルヴァの涙。
 少女の問いに答えることはなく、シルヴァは立ち上がった。

「──ねえ、ヴェノム。もしかしなくてもこの毒って、アタシがアンタにあげたやつでしょ?」

「……どうして分かったの? 確かに私の毒じゃ強すぎるから、貴方が植物から抽出したとか言ってたやつを使ったけど──」

 ヴェノムがシルヴァのその確認の意図に気づいた頃には、既にシルヴァは行動に出ていた。
 シルヴァの背後に咲いた数十輪の毒花。
 シルヴァはその内の一輪を即座に摘み取っていた。

「──駄目っ!」

 動きを止める氷も、瞬時に辿り着く風も持ち合わせていないヴェノムに、シルヴァを止めることは不可能だった。
 自身の腕を切りつけ、摘んだ花を強く握る。
 じわじわと流れ出る液体が、傷口へと到達したのを見て、少女とヴェノムは唖然とした。

「……毒を扱う危険性を、アンタがそんなに無下にするわけない。暗殺の対象に向けてじゃない解毒薬なら、持ってるんでしょ? ほら、頂戴? じゃないとアタシ、死んじゃうよ?」

 その言葉の裏に潜む意味など気にせず、ヴェノムは一目散に走った。騎士団服の内から、もう一本の注射器を取り出して。

「……ふふっ……ありがと」

 眼前まで訪れたヴェノムは、突如として3本の大木に襲われた。2本はヴェノムの手足を封じ、残りの1本は細い先端が的確に注射器に巻きついた。
 当然ヴェノムは抵抗し、大木を蝕もうと毒を放つが、まるで効き目が無い。

「……それ、生やすのにすっごい時間かかるんだよ? アンタの毒が強すぎるせいで……ね? ミズカちゃん……ちょっとチクッとするけど、我慢してね~?」

 痛かった。
 すごく痛かった
 痛くて痛くて堪らなかった。
 拷問を受けているかのような──いや、拷問の方がマシな程である。
 注射針など何本刺されてもいい。だからせめて、その顔をやめてほしかった。
 満足したその顔を、優しさに溢れたその顔を──

「──お願い!! この木を退かせて! 今からならまだ間に合うかもしれない! だから! 早く!!」

 悲痛に叫ぶヴェノムの姿がいたたまらずさせる。
 しかしシルヴァは振り向こうとなどしない。

「……ねえ……お願い……だから……!」

 大声が次第に涙声へと遷移していく。
 何もかも痛かった。はち切れそうに募る想いばかりが、自分の心を埋めつくしていた。

「……ヴェノムも……ごめんね? アタシが浮気性だったなんて、アタシも知らなくてさ……?」

 シルヴァの声は震えていた。
 恐らく今、少女の何倍も強い毒が彼女の身体を襲っているに違いない。

「この子の無事が保証されるまで……アンタを解放するわけにはいかない。アタシが事切れるまで……そこにいてもらうから」

「その子だってもう殺さない! だからお願い……諦めないでよ……!」

 必死なヴェノムの様子から、彼女たちの間にある強い絆がどれ程のものか察しがつく。
 何が悲しくて感化されているのか、もはや少女自身にも分からなかった。

「私は……もう何人も死ぬのを見てきたの…………何人も何人も……私の毒で苦しみながら死ぬのを見てきた……だから……もう……やめて…………」

 ヴェノムが零す涙は、全て大木が畝り受け止めた。

「ねえ……ミズカちゃん。こっち来てくれる?」

 回復しつつある身体で、少女はシルヴァの元へにじり寄る。
 シルヴァが言いたいことも、今や理解できる。
 何も言わず、少女はシルヴァを抱き締めた。

「…………ありがと。最期に……お願い……」


 ──幸せになって
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