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七話
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富樫薫と風祭遊輔の腐れ縁のはじまりは、遊輔が贔屓にしていた新宿二丁目のバーに、バーテンダーとして薫が雇われた日まで遡る。
第一印象はすかしたイケメン。
清潔感あふれる風貌に柔和な微笑みとお仕着せのベストが調和し、モデルのように均整とれたスタイルが際立っていた。
この物腰柔らかな好青年が遊輔に睡眠薬入りカクテルを飲ませ、酔い潰れたのを幸いと縛り上げ、営業終了後のバーに監禁すると誰が予想し得ただろうか。
『ずっとあなたの記事を集めて、追いかけて、見てたんです。むかし書いた事件現場に通って、黙祷を捧げて、どんどんダメになって、でもやっぱり足を運んで、何かをじっと願うあなたを。電車の網棚に置き忘れられたリアルを駅のクズ籠に突っこんで、ずんずん歩いていく背中を』
富樫薫は風祭遊輔が書いた記事で救われた、数少ない人間の一人だった。
彼は遊輔の記名記事を残らずスクラップしてると言い、床に転がる遊輔の鼻先に跪き、危険な提案を持ちかけた。
今でも覚えている。
きっと一生忘れられない。
薫は綺麗な顔立ちをしていた。
中でも印象的なのは長く優雅な睫毛に縁取られた茶色の瞳で、淡い照明の下、色素の薄い虹彩がぎらぎら輝いていた。
この目どこかで見たことあるな、と遊輔は思った。
答えはすぐにでた。
遊輔を見詰める茶色の瞳には、カルト宗教の信者によく似た狂おしい情熱が宿っていたのだ。
『フェイクニュースの常習犯だろうと関係ない。あなたに譲れない真実があるならどんな手を使っても証拠を掴んできます。使ってください』
コイツはヤバいと直感した。絶対イッちまってると確信した。なのにさしのべられた手をとってしまったのは、あの頃の遊輔もまたどん底でもがいていたから。
記者を目指した理由は単純。
遊輔は人一倍潔癖な正義感の持ち主で、世の中に罷り通る理不尽の数々が許せなかったのだ。
あらゆるハラスメントやいじめ、汚職に裏切り。
世間に蔓延る不正を暴いて世の中を変えたい、自分が書いた記事で変えていきたいと二十代の頃はがむしゃらに頑張れていたものの、連日連夜張り込んで漸く掴んだ権力者の犯罪を上からの圧力で握り潰され、新人アイドルが飲酒喫煙朝帰りしただの野球選手がファンと不倫しただの、くだらないゴシップを書かされ続けるうちに減り燃え尽きた。
報われなかった。
自暴自棄になった。
酒に逃げた。
女に逃げた。
どんどん駄目になっていった。
自分でも駄目だとわかっていたが、もっと駄目になってくのを止められなかった。
たとえば自殺に追いやられたブラック企業の社員。
たとえば名門大の学生に暴行された女子大生。
遊輔は当事者やその家族一人一人と会い、直接話を聞き、「絶対記事にしてくださいね」と頼まれた。
結論から述べれば、約束は果たせなかった。
『特ダネもってこい。華のあるヤツな』
それが編集長の口癖だった。
新卒の若く可愛い女の子ならいざ知らず、SNSもしてないくたびれた中年男が本社ビルの屋上から飛んだ所で面白味がないとして過労死の記事はボツにされ、大学生グループの集団暴行の記事は、主犯の父親の与党議員が裏で手を回したせいで掲載が見送られた。
結果として週刊誌の巻頭を飾ったのは、大物芸能人同士の不倫の記事だった。
他にもある。
まだまだある。
たとえば幼児を虐待死させた未婚の母親の事。十代後半で父親がわからない子を産んだ彼女は、誰にも頼れず追い詰められた末、子供のアレルギーが原因のノイローゼを患った。
世間は彼女を鬼畜だのクソだの叩いた。
大前提として虐待の事実は正当化できないし擁護もできない。その一方重度の小麦粉アレルギーの子供の為に米粉クッキーを買いだめし、息子の一歳の誕生日には、アレルギーの子用のスマッシュケーキを近所のケーキ屋に注文していた。
自宅から押収された母子手帳には、イラスト入りの成長記録が詳細に綴られていた。
『たんじょうびおめでとひーくん 体重増えたね がんばったね 来年はママが手作りするね』
来年は来なかった。
デスクは遊輔が抜粋した母子手帳の記述に難色を示し、母親が高校時代にパパ活していた男や、中1の頃から性的虐待を加えていた養父へのインタビューに差し替えるように指示した。
『あのな風祭、読者は虐待親の胸糞な所業と壮絶な過去を知りたがってんだ。興ざめなお涙頂戴エピソードはいらねェよ』
『産婦人科で聞いてきたんです、定期健診にゃ毎回来てたって……細かい字でびっしり書いてたんすよ、アレルギーのことも』
『母子手帳に初めてハイハイした日や歩いた日の事書いてたからなんだってんだ。それで虐待の事実がチャラになんのか、子殺しが許されんのか?いいか、読者は思いくそ犯人をぶっ叩きてェんだよ。実のガキ嬲り殺した母親がどんだけクソだったか知りたくて雑誌買うのに、育児と生活苦のストレスで泣く泣く手を上げちまったんですよとかヌルい雑音は余計だろ』
『これだって事実ですよ』
パワハラ自殺したサラリーマンの遺族に謝りに行った。妻は泣いていた。小学生の息子は誰も信じない目をしていた。レイプ被害の実態を話してくれた女子大生に謝りに行った。最初に取材に応じてくれた子は摂食障害が悪化し、精神病院に入ってしまった。子供が虐待死したアパートに行った。有名メーカーのビスケットがおいてあった。死んだ子は米粉でこしらえた、一口サイズの動物クッキーが好きだった。小麦粉アレルギーで食べられない物があったのだ。
遊輔が書いた記事が世に出ていたら、事件現場のアパートには米粉クッキーが手向けられていたかもしれない。
二日酔いで痛む頭を抱え、締め切りが翌日に迫った穴埋め記事を捻りだしながら、こんなのが俺のやりたかった事かよと自嘲した。ふとスマホを見ればTwitterのトレンドに「墨田区虐待死」「パパ活女」「養父」「性的虐待」が上がり、あの母親が叩かれていた。匿名掲示板では死んだ子の父親が養父じゃないかと憶測が飛び交っていた。時々会って金をもらっていたのが証拠だと、名無しの連中が書き込んでいる。
母子手帳の件はスルーされた。遊輔を含めた一部のマスコミ関係者しか知らないのだから当たり前だ。
故意に真実を歪めたんじゃねえ、取捨選択しただけ。きっとクズはクズのままでいてくれた方が都合が良いのだ。実はクズじゃない所もありましたなんて後出しされても死んだ子は生き返らねェし、中途半端に同情なんてしちまったら気持ちよく叩けなくなるじゃねえか。
遊輔は悟った。
世間が求めてるのはもっともらしさであって、真実じゃねえ。
以上のような紆余曲折を経、富樫薫と風祭遊輔はバディ結成に至り、暴露系ニュースチャンネル『バンダースナッチ』を開設した。
第一印象はすかしたイケメン。
清潔感あふれる風貌に柔和な微笑みとお仕着せのベストが調和し、モデルのように均整とれたスタイルが際立っていた。
この物腰柔らかな好青年が遊輔に睡眠薬入りカクテルを飲ませ、酔い潰れたのを幸いと縛り上げ、営業終了後のバーに監禁すると誰が予想し得ただろうか。
『ずっとあなたの記事を集めて、追いかけて、見てたんです。むかし書いた事件現場に通って、黙祷を捧げて、どんどんダメになって、でもやっぱり足を運んで、何かをじっと願うあなたを。電車の網棚に置き忘れられたリアルを駅のクズ籠に突っこんで、ずんずん歩いていく背中を』
富樫薫は風祭遊輔が書いた記事で救われた、数少ない人間の一人だった。
彼は遊輔の記名記事を残らずスクラップしてると言い、床に転がる遊輔の鼻先に跪き、危険な提案を持ちかけた。
今でも覚えている。
きっと一生忘れられない。
薫は綺麗な顔立ちをしていた。
中でも印象的なのは長く優雅な睫毛に縁取られた茶色の瞳で、淡い照明の下、色素の薄い虹彩がぎらぎら輝いていた。
この目どこかで見たことあるな、と遊輔は思った。
答えはすぐにでた。
遊輔を見詰める茶色の瞳には、カルト宗教の信者によく似た狂おしい情熱が宿っていたのだ。
『フェイクニュースの常習犯だろうと関係ない。あなたに譲れない真実があるならどんな手を使っても証拠を掴んできます。使ってください』
コイツはヤバいと直感した。絶対イッちまってると確信した。なのにさしのべられた手をとってしまったのは、あの頃の遊輔もまたどん底でもがいていたから。
記者を目指した理由は単純。
遊輔は人一倍潔癖な正義感の持ち主で、世の中に罷り通る理不尽の数々が許せなかったのだ。
あらゆるハラスメントやいじめ、汚職に裏切り。
世間に蔓延る不正を暴いて世の中を変えたい、自分が書いた記事で変えていきたいと二十代の頃はがむしゃらに頑張れていたものの、連日連夜張り込んで漸く掴んだ権力者の犯罪を上からの圧力で握り潰され、新人アイドルが飲酒喫煙朝帰りしただの野球選手がファンと不倫しただの、くだらないゴシップを書かされ続けるうちに減り燃え尽きた。
報われなかった。
自暴自棄になった。
酒に逃げた。
女に逃げた。
どんどん駄目になっていった。
自分でも駄目だとわかっていたが、もっと駄目になってくのを止められなかった。
たとえば自殺に追いやられたブラック企業の社員。
たとえば名門大の学生に暴行された女子大生。
遊輔は当事者やその家族一人一人と会い、直接話を聞き、「絶対記事にしてくださいね」と頼まれた。
結論から述べれば、約束は果たせなかった。
『特ダネもってこい。華のあるヤツな』
それが編集長の口癖だった。
新卒の若く可愛い女の子ならいざ知らず、SNSもしてないくたびれた中年男が本社ビルの屋上から飛んだ所で面白味がないとして過労死の記事はボツにされ、大学生グループの集団暴行の記事は、主犯の父親の与党議員が裏で手を回したせいで掲載が見送られた。
結果として週刊誌の巻頭を飾ったのは、大物芸能人同士の不倫の記事だった。
他にもある。
まだまだある。
たとえば幼児を虐待死させた未婚の母親の事。十代後半で父親がわからない子を産んだ彼女は、誰にも頼れず追い詰められた末、子供のアレルギーが原因のノイローゼを患った。
世間は彼女を鬼畜だのクソだの叩いた。
大前提として虐待の事実は正当化できないし擁護もできない。その一方重度の小麦粉アレルギーの子供の為に米粉クッキーを買いだめし、息子の一歳の誕生日には、アレルギーの子用のスマッシュケーキを近所のケーキ屋に注文していた。
自宅から押収された母子手帳には、イラスト入りの成長記録が詳細に綴られていた。
『たんじょうびおめでとひーくん 体重増えたね がんばったね 来年はママが手作りするね』
来年は来なかった。
デスクは遊輔が抜粋した母子手帳の記述に難色を示し、母親が高校時代にパパ活していた男や、中1の頃から性的虐待を加えていた養父へのインタビューに差し替えるように指示した。
『あのな風祭、読者は虐待親の胸糞な所業と壮絶な過去を知りたがってんだ。興ざめなお涙頂戴エピソードはいらねェよ』
『産婦人科で聞いてきたんです、定期健診にゃ毎回来てたって……細かい字でびっしり書いてたんすよ、アレルギーのことも』
『母子手帳に初めてハイハイした日や歩いた日の事書いてたからなんだってんだ。それで虐待の事実がチャラになんのか、子殺しが許されんのか?いいか、読者は思いくそ犯人をぶっ叩きてェんだよ。実のガキ嬲り殺した母親がどんだけクソだったか知りたくて雑誌買うのに、育児と生活苦のストレスで泣く泣く手を上げちまったんですよとかヌルい雑音は余計だろ』
『これだって事実ですよ』
パワハラ自殺したサラリーマンの遺族に謝りに行った。妻は泣いていた。小学生の息子は誰も信じない目をしていた。レイプ被害の実態を話してくれた女子大生に謝りに行った。最初に取材に応じてくれた子は摂食障害が悪化し、精神病院に入ってしまった。子供が虐待死したアパートに行った。有名メーカーのビスケットがおいてあった。死んだ子は米粉でこしらえた、一口サイズの動物クッキーが好きだった。小麦粉アレルギーで食べられない物があったのだ。
遊輔が書いた記事が世に出ていたら、事件現場のアパートには米粉クッキーが手向けられていたかもしれない。
二日酔いで痛む頭を抱え、締め切りが翌日に迫った穴埋め記事を捻りだしながら、こんなのが俺のやりたかった事かよと自嘲した。ふとスマホを見ればTwitterのトレンドに「墨田区虐待死」「パパ活女」「養父」「性的虐待」が上がり、あの母親が叩かれていた。匿名掲示板では死んだ子の父親が養父じゃないかと憶測が飛び交っていた。時々会って金をもらっていたのが証拠だと、名無しの連中が書き込んでいる。
母子手帳の件はスルーされた。遊輔を含めた一部のマスコミ関係者しか知らないのだから当たり前だ。
故意に真実を歪めたんじゃねえ、取捨選択しただけ。きっとクズはクズのままでいてくれた方が都合が良いのだ。実はクズじゃない所もありましたなんて後出しされても死んだ子は生き返らねェし、中途半端に同情なんてしちまったら気持ちよく叩けなくなるじゃねえか。
遊輔は悟った。
世間が求めてるのはもっともらしさであって、真実じゃねえ。
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