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第1回活動報告:横領犯を捕まえろ

張り込み(その1)

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(6)張り込み

俺とルイーズは、第13穀物倉庫の実地棚卸に立会った。基本的には貯蔵庫にメーターが付いているので、そのメーターに表示されている数量と在庫表の数量を照合している。月末だけ、貯蔵庫に上って中身に異常がないかを目視して確認しているようだ。

この倉庫の貯蔵庫はとても大きい。詳しくは分からないが、高さ30メートルはあるだろう。俺だったら、足がすくんで上まで登れそうにない。夜になったら足元も見えないから、もっと危ないだろう。

月末の棚卸は17時に終了した。その後、施設長のミゲルに明日の朝9時に訪問すると伝えて、俺たちは第13穀物倉庫のゲートを出た。
ゲートから少し離れたカフェの前で、ルイーズが手配してくれた警察官5人と合流した。
俺は、警察官に状況を伝える。

「・・・というわけで、状況証拠だけだと弱いから、小麦の横流しが行われている現場を押さえる必要があります。帳簿書類を改ざんする可能性もあるから1人は管理部を見張ってもらって、あと4名で手分けして倉庫内の貯蔵庫を見張ってほしい。」と俺は警察官に指示した。
警察官は状況を理解したようだ。各自配置についていった。

俺も第13穀物倉庫から少し離れた場所で、小麦の貯蔵庫の周辺を観察している。夜になったら昼間の暑さは和らいできて、心地よい。
暗くなると目視できなくなるから、警察官から借りた暗視スコープ(暗闇を見るための双眼鏡)で観察している。暗視スコープは実に男心をくすぐるアイテムだと思う。
まるでスパイになった気分だ。

初めは楽しかったが、1時間くらいすると暗視スコープで遊ぶのも飽きてきた。
それから1時間後、すなわち、張り込みをしてから2時間が経過したころ、警察官の1人から怪しい男達がいると連絡があった。
小麦の貯蔵庫で何かをしているようだ。俺は暗視スコープで犯人らしき人物の動きを観察する。高いところにライト無しで登っている。怖くないのだろうか?

貯蔵庫の下はアスファルトだから落ちたら確実に死ぬ。もし警察官が、犯人が貯蔵庫の上にいるときに声を掛けたら、焦って落ちるかもしれない。
誤って落ちるシーンは見たくないから、俺は警察官に「貯蔵庫の下に降りてから捕獲してほしい」と伝えた。

内部者の犯行の場合、倉庫内で捕まえても言い逃れできるから、倉庫の外に出たところを捕獲しようと警察官に伝えた。
倉庫の中で犯人を捕まえても、『明日のために在庫を移動させていた。』と言われてしまう。
スーパーの万引き犯が『一時的にカバンに入れていただけで、レジで買おうと思っていた。』と言うのと同じ理屈だ。

その後、警察官から犯人を捕獲したと連絡があったため、俺は現地に走って向かった。

走って向かっていると、どこからかルイーズが現れた。
「先に帰ったんじゃないの?」と俺が聞いたら、「逮捕の瞬間を目撃できるのは、面白そうだから。」とルイーズは言った。
実は探偵ごっこを気に入っているんじゃないのか?

俺とルイーズが到着すると、警察官に自動小銃を向けられた5人の男女が袋を持って立っていた。全員手を頭の後ろに組まされ、壁に向かって立たされている。

施設長のミゲル、管理部課長のスミスとあと3人。名前を聞いたら、3人は購買部のガブリエル、ロイ、ポールだった。
状況から推測するに、ミゲル、スミスと購買部の3人が犯人のようだ。とりあえず、真偽のほどを確認しないといけないので、俺はスミスに話しかけた。

「さっき休憩室で小麦の在庫に気になる点があると言いましたが、あの時は半分くらいあなたを犯人と疑っていました。もし犯人だった場合、何かを隠蔽するのは棚卸の後から翌朝まで間のはずなので、警察官に応援を要請して見張っていたのです。」と俺は言った。

「そうですか。まんまと罠に引っ掛かってしまいましたか。」とスミスは言った。

「まず、運び出した袋を確認させてください。」と俺は言って、袋の中を開けたら意外なものが出てきた。

「なにこれ?土?砂?」俺は思わず声を上げた。

「そうです。いわゆる、土嚢(どのう)と言われるものです。」とスミスは言う。

「えーと。どういうことですか?」

「説明が難しいのですが・・・、小麦の貯蔵庫に入っていた土嚢を運び出していました。実は、小麦の貯蔵庫の中には大量の土嚢が入っていたので、毎月少しずつ運び出しているのです。」とスミスは言った。

てっきり小麦を運び出していると思っていたのに、土嚢を貯蔵庫から運び出しただけと主張している。これだと罪にならない。

小麦を盗んでいたわけではないのだろうか?
それとも、土嚢はカモフラージュで、既に盗んだ小麦がどこかに隠してあるのか?

冷静に考えよう。
土嚢を運び出すのだったら、勤務時間中にやればいい。わざわざ夜中に土嚢を運び出す必要はない。何か後ろめたいことがあるから、夜中に貯蔵庫に忍び込んでいるはずだ。
何かあるはずだ。でも、その何かが俺には分からない・・・・。

どうしたものかと俺は頭をフル回転させていると、妙な間が生まれた。
警察官の5人、犯人の5人、ルイーズ、合計11人の視線が黙り込む俺を見ている。

でも、俺は『沈黙は金なり』ということわざを知っている。
何かの推理小説で、探偵が黙っていると犯人が勝手に話し出す、という場面があった。
もし5人が犯人だったら、5人のうちの誰かが、何かを話し出すだろう。
考えても犯人の手口が分からないので、俺は『沈黙は金なり』を継続することにした。

<続く>
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