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第4回活動報告:不正融資を取り締まれ

銀行はシロかクロか(その3)

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(7) 銀行はシロかクロか <続き>


会議室が静まり返った中、空気を読まないミゲルがぼそっと言った。

「不正や犯罪として調査しても、あまり意味がないように聞こえます。そうであれば、この案件を使って、儲ける方向で考えたらどうでしょうか?」

「個人投資家の被害を抑えつつ、儲かることをする。来期予算の達成には必要です。」ガブリエルは力説している。ディーンに感情移入し過ぎて、本来の目的を見失っているようだ。

「もう、そっちの方向でいいじゃない。詐欺罪の件は、調査結果をまとめて警察に動いてもらえばいいと思う。」とルイーズも調査に飽きてきたようだ。

「他の人はどう思う?」と俺はメンバーに聞いた。

「これ以上調査しても進展がないように思います。来期予算もありますし。」とスミスも言った。普段真面目な人間が言うと、俺もそういうものかと思ってしまう。

他のメンバーを見ても、不正融資の調査よりも、『不動産会社にカモにされる可哀想な個人投資家を助けてあげたい』という変な正義感に傾いているようだ。

「何度も言うようだけど、これは内部調査部の業務範囲外だからね。でも、みんながそう言うなら、個人投資家を助ける手段も考えようか。」と俺はメンバーの正義感に従うことにした。

「ありがとうございます。」とガブリエル。

「じゃあ、こういうのはどうかな?」と言って、俺は思いついた案を説明した。内容はこうだ。

Lシリーズの平均販売単価は2,000万JD。キャップレート(物件利回り)は5%と言っていたので、年間の純収益は100万JD(=2,000万JD×5%)だ。

周辺の不動産相場を調べたところ、キャップレートは6%が相場水準のようだから、市場での売買価格は1,666万JD(=100万JD÷6%。表示単位未満を切捨て)だ。
レンソイス不動産は相場よりも高く、Lシリーズを2,000万JDで販売している。
まあ、よくあることだ。それほど珍しいことではない。

ディーンの話では、Lファイナンスが譲渡担保を実行して、競売に入札したレンソイス不動産が担保物件を取得したと言っていた。これは、低廉譲渡と言われないために、競売にしているのだと思う。
レンソイス不動産は、競売において、販売価格の50%(1,000万JD)で入札して個人投資家の不動産を取得している。キャップレートに換算すれば10%(=100万JD÷1,000万JD)だ。

すなわち、レンソイス不動産は、Lシリーズを相場よりも高く個人投資家に販売して、相場よりもはるかに安く競落(けいらく:競売で落とすこと。)して利益を上げている。ジャービス王国では、競売が盛んではないからできる技だ。

レンソイス不動産を邪魔しながら、個人投資家を少しでも助けるためには、競売に俺たちも参加するのがいいと俺は考えた。

具体的には、競売でLシリーズをキャップレート約7%、1,400万JDで入札する。競落した不動産をキャップレート約6%、1,600万JDで市場売却する。という内容だ。

俺たちが競売に参加すれば、レンソイス不動産にキャップレート10%で不動産を売却せずに済む。借入金残高に充当した後の個人投資家への返金額も増えるだろう。

俺たちの入札に併せて、レンソイス不動産も入札額を増やすのであれば、個人投資家にとって悪い話ではないだろう、と俺は考えた。

俺が説明を終えると、ガブリエルが発言した。

「個人投資家は、救われるわけではないのですね。」

「もちろん、100%無かったことにはできないし、100%損失を出さないようにもできない。書類偽造以外は合法だし、総論すると個人投資家は不動産投資に失敗しただけだからね。」

「レンソイス不動産に買われるよりもマシということですね。」

「そうだね。一般的な不動産取引には、多かれ少なかれこのような要素は含まれている。だって、不動産会社は安く仕入れた物件を、投資家に高く売るのが仕事だからだ。」

「私は、競売に参加するだけで充分だと思います。個人投資家の損失を、少しでも小さくしてあげられるのですから。」とスミスが言った。

他のメンバーも頷いているから、本件ではこれくらいが限界だと理解したのだろう。

「じゃあ、競売に参加するために準備しよう。その代わり、並行して、あと10人ヒアリングする。結果を内務省に報告して、警察に調べてもらわないといけないから。」

こうして俺たちは、競売の準備に取り掛かった。

内部調査部の業務とは全く関係ないのだが、もう何も言うまい。
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