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おいーー! なにしとんねん!
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「おいーー! なにしとんねん!」
早朝の我が家に妻の罵声が響く。妻は私に対して怒っているようだ。
私は少し考えて、妻の怒りの原因に思い当たった。
――昨日、動画アップロードしてないわ……
妻は自称ユーチューバーだ。書道の動画をYouTubeに上げている。正確にいうと、妻が書いた書道動画を私が編集してYouTubeに上げている。
昨日、他のことをしていて妻の動画をYouTubeにアップロードするのを忘れていた。
私は冷静になって、別の可能性を考えてみる。
――他の件で怒っていないかもしれない……
女性は感情的な記憶を覚えているそうだ。つまり、1年前や10年前と似たような感情を経験すると、その記憶が昨日のことのようによみがえってくる。だから、“私のちょっと前”と“妻のちょっと前”は一致しない。
分かり難いので、我が家の例を使って説明しよう。
あれは約20年前のこと。妻と自転車でヒルズの映画館に行った。あの辺りは坂道が多い。その時、私はマウンテンバイク、妻はママチャリだった。もちろん、電動アシスト付き自転車が発売される前のママチャリだ。
坂道をスイスイ上がっていくマウンテンバイクの私。それを恨めしい顔で見ながら立ちこぎするママチャリの妻。
あの時の立ちこぎが屈辱的だったらしく、観光地でレンタサイクルを借りようとすると、昨日のことのように妻は怒る。私は今でも年に数回、この自転車の件で妻に怒られている。
20年前のことだから、そろそろ忘れてほしい……
話が逸れたが、私が言いたいのは、昨日のYouTubeのことで妻が怒っていない可能性が十分にあることだ。
もし、妻が別件で怒っていたとしたら、怒られる回数が1回から2回に増える……
そうすると……YouTubeの話を私からするのはやぶ蛇だ。
余計なことは言わない方がいいから、私は妻に笑顔で尋ねる。
「朝から大声出して、どうしたん?」
「なんで怒ってるか、分かってるやろ?」
――ほぅ、そうきましたか……
妻は私に気付かせようとしているようだ。が、私からYouTubeの話をしてはいけない。
妻の怒りのポイントがYouTubeではないかもしれないから。
「ちょっと分らんなー。ヒントは?」
「ゆ!」
「優勝? 阪神ファンは『アレ』って言わなあかんらしいでー」
「ちがうわー。YouTubeじゃ!」
「再生回数が伸び悩んでいる?」
「ちがう! 昨日アップするの忘れたやろー!」
妻の怒りは別件ではなかったようだ。
「ごめんごめん。今日2個アップしとくわ。それでいいやん?」
「継続は力なり! こういうのは毎日動画配信することに意味があるんや!」
みなさんは分かっていると思うが、一応言っておく。私はユーチューバーではない。
妻の動画をYouTubeに配信するアシスタント、黒子、ボランティアの人。そんな感じだ。
――それ、仕事やん……
と心で思うものの、喧嘩になるから止めておく。
うちの妻は他人のことに興味はない。が、自分のことには興味がある。
動画配信は仕事ではない。仕事じゃないけど、字を書くまでが妻の仕事(役目)。後工程は私の仕事(役目)。後工程を任せるのであれば、いろいろ口出ししないでほしい。
妻の当事者意識はYouTubeに限った話ではない。小説もそうだ。
あれは去年の年末だったと思う。妻は「小説家になろうと思うんやけど、どう思う?」と言い出した。
「恋愛小説がいいわー。ヒットしたら小説家やなー」
「へー、書いてみたら?」
「恋愛小説って何が流行ってるん?」
「そんなん知らんわ。『なろう』見てみたらいいんちゃう?」
「なろうって何?」
「『小説家になろう』ってサイトがあるらしいで。流行りのアニメはそのサイトでヒットしたんやって」
「そうなんやー」
ちなみに、今のはネット情報で詳しいことは知らない。そもそも、妻も私もラノベを読んだことがない。
昔読んだ『ぼくらの七日間戦争』はラノベかな? それくらいの認識しかなかった。
なんとなく小説家を目指す妻は、サイトを調べて流行りの恋愛小説を研究し始めた。妻はこういうリサーチは大好きだ。そして、翌日。
「流行りは異世界恋愛らしいなー。悪役令嬢とか公爵令嬢を主人公にして書いとけばいいんやなー」
「へー、公爵令嬢かー」
「あんたも何か書いたら? 本とかコラムとか書いてるんやし、小説も書いたらいいやん」
「えぇ? 小説を書くん?」
こうして私は、妻の小説家になろうに巻き込まれた。
それから妻は異世界恋愛を書き始めた。
ここまで読んでいる皆さんは、この話のオチが予想できるだろう。
――なぜ私が書いている小説に公爵令嬢が出てくるのか?
妻が途中まで書いたのを「もう飽きたーー! あと書いといてーーー!」と私に丸投げするからだ。
妻は異世界恋愛をワードファイルで5~10ページくらい書くと飽きる。私は妻の後を引き継ぎ、50~100ページに加筆修正した後、サイトに掲載する。
――後工程は私の仕事(役目)……
もちろん、小説の内容は私がほとんど書き換えているから物語の原型はない。でも、妻には小説家としての当事者(原作者)意識があるらしく、ちょいちょいダメだししてくる。
「なんや、このババ―は? 言動がオバハンやないかー」
「こいつエロババ―やな。公爵令嬢はこんなエロいことしーひんわ!」
「こいつ、がめついなー。ざまぁするんじゃなくて、逆にざまぁされんでー!」
「コンセプトはかぐや様! なんで自分から告っとんねん!」
女性的な視点で意見を頂けるのは有難いことです。ただ、言い方……
そういうわけで、私はたまに恋愛小説を書いています。
<続く>
早朝の我が家に妻の罵声が響く。妻は私に対して怒っているようだ。
私は少し考えて、妻の怒りの原因に思い当たった。
――昨日、動画アップロードしてないわ……
妻は自称ユーチューバーだ。書道の動画をYouTubeに上げている。正確にいうと、妻が書いた書道動画を私が編集してYouTubeに上げている。
昨日、他のことをしていて妻の動画をYouTubeにアップロードするのを忘れていた。
私は冷静になって、別の可能性を考えてみる。
――他の件で怒っていないかもしれない……
女性は感情的な記憶を覚えているそうだ。つまり、1年前や10年前と似たような感情を経験すると、その記憶が昨日のことのようによみがえってくる。だから、“私のちょっと前”と“妻のちょっと前”は一致しない。
分かり難いので、我が家の例を使って説明しよう。
あれは約20年前のこと。妻と自転車でヒルズの映画館に行った。あの辺りは坂道が多い。その時、私はマウンテンバイク、妻はママチャリだった。もちろん、電動アシスト付き自転車が発売される前のママチャリだ。
坂道をスイスイ上がっていくマウンテンバイクの私。それを恨めしい顔で見ながら立ちこぎするママチャリの妻。
あの時の立ちこぎが屈辱的だったらしく、観光地でレンタサイクルを借りようとすると、昨日のことのように妻は怒る。私は今でも年に数回、この自転車の件で妻に怒られている。
20年前のことだから、そろそろ忘れてほしい……
話が逸れたが、私が言いたいのは、昨日のYouTubeのことで妻が怒っていない可能性が十分にあることだ。
もし、妻が別件で怒っていたとしたら、怒られる回数が1回から2回に増える……
そうすると……YouTubeの話を私からするのはやぶ蛇だ。
余計なことは言わない方がいいから、私は妻に笑顔で尋ねる。
「朝から大声出して、どうしたん?」
「なんで怒ってるか、分かってるやろ?」
――ほぅ、そうきましたか……
妻は私に気付かせようとしているようだ。が、私からYouTubeの話をしてはいけない。
妻の怒りのポイントがYouTubeではないかもしれないから。
「ちょっと分らんなー。ヒントは?」
「ゆ!」
「優勝? 阪神ファンは『アレ』って言わなあかんらしいでー」
「ちがうわー。YouTubeじゃ!」
「再生回数が伸び悩んでいる?」
「ちがう! 昨日アップするの忘れたやろー!」
妻の怒りは別件ではなかったようだ。
「ごめんごめん。今日2個アップしとくわ。それでいいやん?」
「継続は力なり! こういうのは毎日動画配信することに意味があるんや!」
みなさんは分かっていると思うが、一応言っておく。私はユーチューバーではない。
妻の動画をYouTubeに配信するアシスタント、黒子、ボランティアの人。そんな感じだ。
――それ、仕事やん……
と心で思うものの、喧嘩になるから止めておく。
うちの妻は他人のことに興味はない。が、自分のことには興味がある。
動画配信は仕事ではない。仕事じゃないけど、字を書くまでが妻の仕事(役目)。後工程は私の仕事(役目)。後工程を任せるのであれば、いろいろ口出ししないでほしい。
妻の当事者意識はYouTubeに限った話ではない。小説もそうだ。
あれは去年の年末だったと思う。妻は「小説家になろうと思うんやけど、どう思う?」と言い出した。
「恋愛小説がいいわー。ヒットしたら小説家やなー」
「へー、書いてみたら?」
「恋愛小説って何が流行ってるん?」
「そんなん知らんわ。『なろう』見てみたらいいんちゃう?」
「なろうって何?」
「『小説家になろう』ってサイトがあるらしいで。流行りのアニメはそのサイトでヒットしたんやって」
「そうなんやー」
ちなみに、今のはネット情報で詳しいことは知らない。そもそも、妻も私もラノベを読んだことがない。
昔読んだ『ぼくらの七日間戦争』はラノベかな? それくらいの認識しかなかった。
なんとなく小説家を目指す妻は、サイトを調べて流行りの恋愛小説を研究し始めた。妻はこういうリサーチは大好きだ。そして、翌日。
「流行りは異世界恋愛らしいなー。悪役令嬢とか公爵令嬢を主人公にして書いとけばいいんやなー」
「へー、公爵令嬢かー」
「あんたも何か書いたら? 本とかコラムとか書いてるんやし、小説も書いたらいいやん」
「えぇ? 小説を書くん?」
こうして私は、妻の小説家になろうに巻き込まれた。
それから妻は異世界恋愛を書き始めた。
ここまで読んでいる皆さんは、この話のオチが予想できるだろう。
――なぜ私が書いている小説に公爵令嬢が出てくるのか?
妻が途中まで書いたのを「もう飽きたーー! あと書いといてーーー!」と私に丸投げするからだ。
妻は異世界恋愛をワードファイルで5~10ページくらい書くと飽きる。私は妻の後を引き継ぎ、50~100ページに加筆修正した後、サイトに掲載する。
――後工程は私の仕事(役目)……
もちろん、小説の内容は私がほとんど書き換えているから物語の原型はない。でも、妻には小説家としての当事者(原作者)意識があるらしく、ちょいちょいダメだししてくる。
「なんや、このババ―は? 言動がオバハンやないかー」
「こいつエロババ―やな。公爵令嬢はこんなエロいことしーひんわ!」
「こいつ、がめついなー。ざまぁするんじゃなくて、逆にざまぁされんでー!」
「コンセプトはかぐや様! なんで自分から告っとんねん!」
女性的な視点で意見を頂けるのは有難いことです。ただ、言い方……
そういうわけで、私はたまに恋愛小説を書いています。
<続く>
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