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君は魔王なのかい? (ケイトの話)

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「ケイト、おはよー。今日も綺麗だねー」
「ありがとう」

 私が森を歩いているとポールとちょくちょく会うようになった。大体は私が朝に森を散歩している時だ。一人で歩いている時もあったし、他の魔物と一緒の時もあった。
 いや、この表現は正確ではない。私の周りにはたくさんの動物たちがいたから、ポールは私が一人で歩いているとは認識していないはずだ。

 それにしても、ポールにはよく会う。

―― 私に会いにきているのだろうか?

 私に会うためにポールはいつもこの辺りをウロウロしている。その可能性はありそうだ。ありそうだけど、純粋に森に用事があってこの辺りをよく歩いているだけかもしれない。
 ポールに「私に会いにきたの?」と聞いたとして、もし間違っていたら自意識過剰なイタイ女だと思われてしまう。

 それにしても、ポールはいつも「今日も綺麗だね」と私に言ってくるのだが、会う女性全員に言っているのだろうか? もし、ポールが女性全員に「綺麗だね」と言っているとしたら、真に受けるわけにはいかない。

 つまり、私はこの2点を聞くか聞かないかで迷っている。

・ポールは私に会いに来ているのか?
・ポールは誰にでも「綺麗だね」と言っているのか?


 ポールと森で出会った時は、お互いにちょっとした話をした。私はポールのことをいろいろ聞いた。コードウェル王国の領主の息子らしい。次男なので家を継ぐ必要はないから、植物の研究、装飾品の加工などをしながら自由に暮らしているらしい。

 ある時、ポールが私に尋ねた。

「ケイトは魔王なのかい?」

―― 魔王か・・・

 私はその呼び方を好きではない。
 そもそも、魔王は人間が勝手に呼んでいる名称だ。

 魔物、魔王、魔道具、魔界、魔族・・・
 “魔”が付いていると、悪いことをしていなくても悪者のように錯覚させる。人間が自分たちと姿かたちが異なるものを排除するための理論だ。

「人間は私のことをそう呼ぶわね。私はその言い方は好きじゃないけど」
「ごめん。気を悪くしたのなら謝るよ」
「いえ、いいのよ。魔物の王だから、魔王。間違いではない」
「魔王が気に入らないんだったら、別の呼び方にしたら?」
「別の呼び方?」
「そう。ケイトが自分のことをAと名乗ったら、人間たちもAと呼ぶんじゃないかな?」

 ポールが変な理論を展開し始めたのだが、冷静に考えると確かに一理ある。魔王以外の呼び方があったら、人間もその呼び方で私を呼ぶだろう。

「例えば?」
「ケイトだからリップ〇ンスターは?」
「それはダメ! 化粧品メーカーに怒られる・・・」
「そうかな?」

 ポールはリップ〇ンスターを却下されたことに納得していないようだ。

「他には?」私は別の候補をポールに質問する。

「そうだ! ケイトは『Alice in Wonderland』を知ってる?」
「知ってるよ。不思議の国のアリスだね」
「魔物の国は、人間からすれば不思議の国だ。だから、この国を『ワンダーランド』と呼ぼう」
「ワンダーランド? バカっぽくない?」
「そんなことないよ。ケイトはワンダーランドで王として暮らしている。だから、これからは『不思議の国のケイト』と名乗ったらどうかな?」

―― コイツ、バカなのか?

 私は当然ながら断る。

「却下します!」
「なんで? いいと思ったんだけどなー」

 なおも食い下がるポール。
 なぜそこに拘るのか分からない私。

―― 断る理由が必要なのか?

 私は『不思議の国の〇〇』を却下するために理由を説明する。

「もし私の名前がアリスだったら、『不思議の国のアリス』と名乗ることを考えなくはない。でも、私の名前はケイト。だから、ちょっとね・・・」

「じゃあ、アリスに改名して『不思議の国のアリス』と名乗ったら?」
「却下です!」

 私が強く言ったのが堪えたのか、ポールは落ち込んでいる。

「冗談だよ。僕が言いたかったのは、人間に恐れられている魔王が、こんなに若くて綺麗な人だと思わなかったんだ。だから、もう少し可愛らしい呼び方の方が似合うかと思って・・・」

「ありがとう。綺麗と言ってくれるのは嬉しいのだけど・・・、ポールは女性であれば誰にでも綺麗って言ってるんでしょ?」

 私は気になっていたことを、ポールについでに確認する。

「そんなことないよ。僕は綺麗だと思った女性にしか綺麗と言わない」
「じゃあ、綺麗じゃない女性には何て言うのよ?」
「実に興味深い顔立ちですね・・・、とか?」

「あっそ。それに、私はそんなに若くはない。ポールが私の年齢を聞いたらビックリするわね」
「ビックリするって何歳? ちなみに、僕は22歳だよ」

―― しまった。年齢のことは・・・

 人間じゃないから私の寿命は長い。人間の感覚とは違うけど、実年齢を言うのは躊躇われる。
 ポールが聞いたら引くかもしれないから、年齢は言わずにのらりくらりとかわすことにする。

「うーん、私の方が上かな・・・」
「だろうね。それで何歳?」
「だから、ポールより年上」
「何歳くらい年上?」

―― まずい、食いついてきた・・・

 のらりくらりと躱そうとしたのがまずかった。
 こうなったら、あれだ。逆ギレしよう。逆ギレしたらこれ以上聞いてこない。

「しつこいわね! 女性に歳を聞くのは失礼よ!」
「自分で話を振っておいて、そんなこと言うんだ・・・」
「ポールよりも年上。この話はこれで終了! それでいい?」
「分かったよ・・・」

 ポールはしょんぼりしている。ちょっと言い過ぎた気もするけど、年齢の話を終わらせるためにはしかたない。

「それにしても、ケイトの見た目は人間とほとんど変わらないよね。どこか違うところがあるの?」

「人間と違うところ? そうねー。あっ、角があるわ。見える?」

 私はそう言って、自分の頭の上を指さした。

「あ、本当だ! 小さくてカワイイ角だね!」
「角がカワイイ? まあ、ありがとう」
「どういたしまして! 不思議の国は謎が多いなー」
 ポールは呑気に言った。

―― コイツ、しつこい・・・

 不思議の国を人間の世界で流行らせないよね? 私の不安はそれだけだ。
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