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そいつ、クソ野郎ね・・・(アリスの話)

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 家に戻ると母が朝ごはんの支度をしていた。外から帰ってきた私とケヴィンに気付いた母は「あら、アリス。外で喋っていたようだけど、誰だったの?」と私たちに話しかけた。
 私は「おはよう、お母さん。昨日送ってもらったカール王子よ」と返す。

「あーそうだったの。昨日の王子ね」
 母はあいかわらず信じていない。

「それでね、カール王子からワイバーンから村を救ったお礼をもらったの」
 私はそう言って母に金貨の袋を渡した。

「何がでるかなー 何がでるかなー」

 歌いながら袋を開けた母は固まった。
 人は想像を遥かに超えた事象を目の当たりにすると言葉を失うようだ。「うぅぅぅ・・」とか「あぁぁぁ・・」とか言っている。しばらくすると、母は自我を取り戻した。

「アリス・・・王子って本当だったの?」
「ええ、王子って言ったでしょ」
「だって、普通はその辺に王子が歩いていないでしょ?」
「その辺を歩いてる王子だっているわよ」
「ああ、そうなのね。王子はその辺を歩いているのね・・・」

―― ダメだ。混乱している・・・

 混乱する母に「お金のことは誰にも言ったらダメだよ!」と強く言った。母が理解したか分からないから、戻ってきたらもう一度念押しすることにする。

「午後からお城に行くことになったの。私、支度をしなくちゃ」
 私はそう言って部屋に戻った。

***


 午後になるとカール王子が家にやってきた。迎えの者を寄越すという発想はないようだ。
 家の外から大声が聞こえる。

「アリスー、用意できたー?」

―― もう少し声のボリュームを下げて・・・

 私は庶民。家は大きくない。だから、カール王子の大声は隣近所に丸聞こえ。
 それに、従者が家の前で整列しているから目立っている。
「うちの家に王宮の人たちが来ていたことが近所で噂になっている」と母から聞いた。
 良い噂も悪い噂も両方だ。

 私は近所の人の眼を気にしながらも、そそくさと家を出て城へ向かった。馬車ではなく徒歩だ。
 カール王子と私が歩いている後ろをいろんな動物がついてくる。カール王子は動物がついてくるのを嬉しそうにしている。馬車で来なかったのはこれが理由だろう。

 しばらく進むとカール王子が「こっちが近道なんだ」と言って、茂みの中に入っていった。私もしかたないから後をついていく。少年の夏休みの冒険みたいだ。

 茂みの中を進んでいくと従者のアランが「王子、お気をつけ下さい!」と言って、周りを警戒し始めた。武器を持った従者に緊張が走る。

“ザザザザザー”

 茂みからゴブリンが出てきた。従者は「なんでこんなところに?」と驚いている。
 一団の前にやってきたゴブリンは真っ直ぐ私を見ている。

―― あっ、私か・・・

 気付いた私は「おいで!」とゴブリンに言った。
 ゆっくりと私の方へ歩いてくるゴブリン。
 私の前にくると膝をついて言った。

「オレ アナタニ アウタメニ キタ」

「え? あなた、人間の言葉を話せるの?」
「スコシナラ アナタノコトハ リード カラ キイタ」

「リード? リードって誰?」
「キノウ タスケタ ワイバーン」

「あら。あの子、リードって言うのね。ところで、あなたの名前は?」
「オレノ ナマエ ホルト」

「ホルトっていうのね。私はアリスよ。よろしくね。それで、要件は?」
「イマ ヒガシノモリ デ オーク ト ニンゲン ガ セントウ シテイル」

「東の森でオークと人間が?」

 私がカール王子を見ると頷いている。オークと人間の戦闘は事実のようだ。

「原因は何なの?」
「ニンゲンガ モリヲ ヤイタ。 オーク オコッタ」
「人間が森を焼いたの? なんて酷いことを・・・」

 そう私が言ったのを聞いたカール王子が事情を話し始めた。

「ハース王国の貴族にキャンベル伯爵ってのがいるんだ。キャンベル伯爵家の領地を広げるために東の森を開拓しようとしたらしい。森を焼いたのは農地を確保するためだ。東の森は動物や他の種族の住処になっているのは知っているよね?」
「はい、もちろん」
「自分たちの住処を奪われると思った種族が、森を焼く人間を攻撃した。東の森を代表して攻撃したのはオークだ。攻撃力が高いからね」
「それで、戦闘に?」
「そのようだね。ハース王国としては無駄な争いはしたくない。他種族との友好的な関係を望んでいる。でも、キャンベル伯爵の件で、オークと戦闘状態になって困っている」

 ハース王国としては、キャンベル伯爵が原因でオークと戦闘状態になってしまった状況をなんとかしたい。そのために私に手伝ってほしい、ということだろう。
 カール王子の説明を聞いて、私が今からハース城に訪問する理由を理解した。

「ニンゲン、 オークノ コドモヲ サラッタ。 オークハ コドモヲ トリカエスタメ ニンゲンノシロ セメル」

「オークの子供を人質に? そいつ、クソ野郎ね・・・」
「オレ アナタニ オークノ コドモ トリカエス テツダッテホシイ」
「戦闘を回避するためには、オークの子供を返すしかないのね」

―― また、面倒なことに巻き込まれた・・・

 私はカール王子を白い目で見ている。
 カール王子は気まずそうに私を見ている。

 戦闘行為によって兵士が相手の捕虜となることもあるだろう。でも、子供を人質にするのはやり過ぎだ。

 私はカール王子に「オークの子供がいる場所を知っていますか?」と尋ねた。
 カール王子は相変わらず気まずそうに私を見ている。

「どうしたのですか? 何かご存じですか?」と私はカール王子に言った。

「実は・・・」
「実は?」
「オークの子供は城にいるんだ」
「え? ハース城に?」
「そうだ。昨日、僕が城に戻る少し前にキャンベル伯爵家の従者が連れてきた。オークは力が強いから城の牢屋を使わせてほしいと言って。連れてこられたのがオークの子供だとは知らなかったんだけど・・・」
「直ぐに案内してください! それとも、あんなクソ野郎の肩を持つんですか?」
「分かったよ。今から行くつもりだったんだ」
「行くつもりだった?」
「オークの子供が牢屋で暴れているから、アリスに落ち着けてもらおうと思ったんだ」
「そういうことですか。ところでオークの子供は解放してもらえるのですよね?」
「うぅ・・・。僕が事情を知ったのがさっきだ。だから、即答できないのが申し訳ない。城に戻ったら国王に説明するよ」
「じゃあ、早く城に急ぎましょう!」

 ゴブリンのホルトをハース城に連れていくわけにはいかないから「オークの子供は助け出すから、あなたはここで待っていて」と伝えて私とカール王子は城へ急いだ。
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