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第一章「戦力外の男」

第八話 「武器屋」

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 朝、いつものような食事をしてからベルナールは部屋を出る。そして北ギルドの裏手に軒を連ねている武器屋へと向かった。

 早朝からクエストに向かう冒険者たちの為に、すでに何軒かが店を開いている。

 ベルナールは馴染みの武器屋へと入った。

「久しぶりだな。聞いたぞ?」

 店主の老人は冷やかすような顔で言う。

 ベルナールはまた・・この話かと。少々うんざりぎみだ。元勇者なのだから有名税と思ってあきらめるしかない。

「まあね、まさか親父さんより先に仕事を引退するハメになるとはね」
「ふふっ、おまえさんだけじゃない。儂も仲間も全員が元冒険者になっちまったよ」

 この老人もかつては冒険者だった。このような商売を引退後に始める者も多い。

 たとえ現役を引退したとしても冒険者としての肩書きは残っていた。

 大勢たいせいには影響のない話なのだが、仲間も含めて全員がただの人になってしまったのだ。

「若い連中を使って仕事をしていた奴らは、少々困った立場になるかもしれんのう……」
「なるほどな――」

 ベテラン冒険者の中には高難易度のクエストを受けて作戦を立案し、適した人材を集めてクエストをこなし報酬を分配するような仕事をしている者もいた。

 そんなベテランも元冒険者となってしまったのだ。こんな場合なら多少は仕事に影響があるかとも思う。

 または、街をまたいでの仕事など、他の街での大仕事を請け負う人脈がある場合などだ。

 昔の仲間が他の街で有名パーティーを仕切っていたり、どこかの組織で出世していたりなど、ベテラン冒険者の人脈はあなどれない。

 冒険者としての資格を使っての、ギルドを通さないネットワーク。

 それ故にギルドにとっても目障りと思わなくない場面も、多々起こったりもしていた。

 そんな者たちも今やベルナールと同じただの人だ。

 北ギルド出張所にはいないが、街の中心部にあるギルド中央所にはそんなベテランがいるのだ。

 ベルナールは同年代の冒険者の顔を思い出す。その男はかつて、ライバルとも言えるような存在だった。

 案外その対策のための、今回の措置だと勝手に納得する。

「大手のパーティーは困っているか……」
「気が付いたか? ギルドとしてはあまり冒険者が力を持っては困るのだろうて」
「俺は巻き添えかよ……」

 バスティも同じような話をしていた。


「今日はなんだ?」
「ああ、これだよ。修理したいんだ」

 ベルナールは背中から弓と矢筒を下ろす。

「子供用か? あの弟子が使うのか……」
「ああ、修理用の部品が欲しい。一人が弓使いアーチャーの才能があるんだ。もう一人は剣士フェンサーだな」
「剣も必要か?」
「いや、それはもうちょっと先の話だ」

 剣は本人たちに実際に振らせて選ばせるべきだろう。しばらくは今の短剣で十分だ。

 女の冒険者たちはこぞって自身の美しさをアピールする為に、衣装に凝ったりもするが、それも二人にはまだ早いなと思う。

 魔力で多少は守られるので、強敵を相手にしないかぎり装甲や鎧も必要ないだろう。

 ベルナールは修理部品を受け取り、代金を支払った。たいした金額ではない。


 部屋に戻って早速作業を始める。

 切れていたげんと、弓幹ゆがらに巻かれた革の滑り止めを外して本体の汚れなどを丁寧に拭う。

 専用の油を使って磨くと、美しい木の光沢が蘇ってきた。そして握る部分、弓柄ゆづかに、新たな革を巻き付ける。

 古い矢の矢尻を外して研ぐ。そして再び取り付ける。

 森で拾っていた鳥の羽を矢羽根やばねとして取り付け、ハサミで綺麗に切り揃えた。

 そして新品のげんを張る。堅さがこの程度で良いかは気になるところだ。

 ベルナールにとって武器、道具の手入れは楽しい作業だった。

 弓の修理と調整が終り、自分の剣を抜いて眺めた。

 最近は小物ばかりを相手にしていたので、こちらの整備はなおざりだった。

「こちらもやるか……」

 ベルナールは表に出て新たに水をみ本格的な研ぎの作業に入る。


 そして鈍色にびいろに曇っていた剣は本来の輝きを取り戻した。

「いい顔になったな。俺はロートルになっちまったが、お前の強さは永遠だよ」

 たとえベルナールが死んだとしても、この剣は誰かに引き継がれいつまでも戦い続けるだろう。若い頃、師匠より譲り受けた剣だった。

 街が危機に陥った時期に、王都から貸与された特別な剣も使用していたが、やはりこいつが一番の相棒だとベルナールは目を細める。

「さてと、飲みにでも行くか……」

 剣も弓矢も我ながら良い出来だ、とばかりにベルナールは満足げに頷いた。

 今夜は弟子の新たな門出の前祝い、とばかりに席を立つ。要は飲む理由わけが欲しかっただけなのだ。


 修理が済んだ弓と矢を持ってのセシリアの店に行き一応、本職に見てもらう。

 彼女は今更に思うが弓の天才、申し子と呼んでいい本物の天才だった。いや、今も恐らくそうなのだろう。

 今は弓をフライパンに、矢を包丁に持ち替えてこの店で奮闘していた。

 その天才が久しぶりに弓と矢を交互に持って睨んでいる。

「どうかな?」

 ベルナールは緊張して様子を伺う。

「良いんじゃないかしら……」
「そうか――よか……」
「この弓の素材は良いわね。今でも昔と変わらない輝きがあるわ。あの頃はわりと適当に選んだつもりだったけど、私って見る目があったのね~」
「そっちかよ……」
「整備も万全よ! 変な癖もないしこれなら技術に集中できるわね」
「そうか……」

 セシリアのお墨付きがもらえたなら間違いない。ベルナールは胸を撫で下ろしてビールをグビリと飲む。

「ベルは昔から武器の手入れにうるさかったから」
「そうか?」
「そうよ! 武器が力を発揮しないと魔力も力を発揮しないって」
「そうだったな……」
「おかげで私も命を救われていたかもね」
「まあ、きっとそうだろう」

 ベルナールは胸を反り返させて、またビールをグビリと飲む。
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