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第二章「戦い続ける男」

第三十七話「特別種との出会い」

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 今までは少し遅い時間に、自宅で弟子たちを待てばよかったのだが、気合い十分のセシールに約束させられ、ベルナールは早朝のギルドを訪れた。

「ったく、こんな朝っぱらから……」

 そう言ってあくびを噛み殺す。

「何言ってるのよ! 普通よ」
「まあ、なあ……」

 ベルナールとて全盛期はこんな時間から来ていたのだ。

「さっ、掲示板を見ましょうよ」
「ああ……」

 セシールは張り切りまくっていた。意外にも、いや、普通なのだかデフロットとバスティのパーティーも来ている。

「よう、感心だな」
「おっ、おっさん! どうしたんだ。こんな時間に?」

 他のメンバーはベルナールにペコリと頭を下げる。

「ウチのリーダーが出勤時間にうるさくてな。ダンジョンには潜らないのか?」
「今日は魔物より冒険者の方が多いくらいだろ。俺たちに出番はないな。外で色々試してみる」
「そうか……」
「これなんかどうかしら?」

 魔法使いウィザードが指すそこには、東の森で飛行する魔物の目撃例が書かれていた。

「ドルフィル、ローレットとあれ・・を試すのには最適よ!」

 あれとは昨日やった、魔法と矢の複合攻撃のことだろう。

「よしっ! 今日は俺が支援に回ってみるか。これにしよう」

 デフロットはそう言ってクエスト票を外す。

「そうか、東には苦戦する冒険者がいるかもな」
「相手はC級だ。じゃましに来るなよ」

 ベルナールは肩をすくめる。デフロットたちは受付カウンターに向かった。

「バスティはどうするんだ?」
「北の先まで行ってみます。C級が増えているってありますね」
「そうか、未確認開口部ロスト・マウスから掘り出し物が出てるかもな。新階層を開けた時の現象さ」
「そうですか! なるほど……」

 それは事実だった。確たる理由は分からないが、閉じ込められた魔力の消失が、他のダンジョンにも影響を及ぼすらしい。

 バスティはそのクエスト票を外す。

「それじゃあ行ってきます」
「ああ」

 そして受付に向かった。

「なら私たちは西の森ね。ホントにあの人たち、ダンジョンには行かないのね」
「あいつらは自分の強さが分かっているのさ」

 セシールは西の森の探索と書かれている紙を外した。

「ん?」

 二階からエルワンがあくびをしながら下りて来た。ベルナールたちの姿に気が付き受付カウンターに向かってくる。

「どうしたんですか、こんなに早くから? こっちは泊まり込みで報酬の計算ですよ……」
「御苦労だな。セシールにせかされて今日は真面目なヘルプをやるよ。こいつは何だ?」

 ベルナールはセシールからクエスト票を受取りエルワンに見せた。

「ああ、これですか。補足が難しいB級が数体いたんですがね。ここ二日でほとんど討伐されました」
「なんだ、そうなのか……」
「うーん、打漏らしが、たぶんまだ一体はいたかなあ……」

 エルワンは寝ぼけ眼のまま大儀そうに言う。既にたいした案件ではないようだ。

「ならそいつを探してみるか……」

 ややっこしいクエストでなければ問題ない。

   ◆

 ベルナールたちは森の中を西へと進んだ。

「跳んで行きましょうか?」
「大丈夫か? 俺は、今はせいぜい一往復程度と、向きの制御が出来るくらいだが……」

 昔は大空を飛翔して魔物を追っていたが、現在のベルナールはそれが限界だった。

「大丈夫よ。二人で一日くらいなら私一人でも支援できるから。今日はたいした敵とも戦わないしね」

 さすがは蒼穹の娘だ。ベルナールは魔力のアシストで体が軽くなったように感じた。

「行きましょう」

 二人は大きく跳躍し、体で空気を抱え込むように大空を滑空する。


「あれ、何かしら?」

 遠くに黒い小さな点がいくつか見えた。

「ワイバーンの小さいのだな……」

 黒い体に二本の足。姿は似ているが、ドラゴンやジャバウォックのようなブレス攻撃はない。

「ちょっと遠いわね。魔力を消費しちゃうわ」
「今日は偵察に徹しようか」
「うんっ」

 ベルナールは久しぶりに、大空の散歩を楽しむ。


 二人は小高く見晴らしのよい丘に降り立った。

「ダメねえ。探知に掛かるのはC級ばかりね」
「ああ、B級の打漏らしとやらはいないな……」

 セシールの探査能力がベルナールを超えて久しい。

「東のずっと先に冒険者が何人かいるわ。あんな遠くでクエスト? そんなのあったかしら?」

 そしてベルナールよりもかなりの遠方を探る。そして首を捻った。

「軍の連中だよ。未確認開口部ロスト・マウスを探している」
「えっ?」

 別段秘密でもなんでもない。ベルナールは事情を説明した。

「そう、そうなの――あっ!」

 セシールは突然に叫ぶ。

「どうした?」
「B? でもこれは――、分からない。でも強力な魔物よ。いるわ」
「何だと?」

 セシールの言い方は意味不明ではあるが、言っている意味は、ベルナールには分かった。

 しかし、もう今のベルナールにそれ・・は感じられない。

「そこに行ってみよう。様子を見るだけだ。戦わないからな」
「……うん」

 困惑するセシールの先導で跳び、二人は森に降りる。そしてしばらく歩き、その魔物を感じた。

 深い森がひらけ草原に出る。そこには一頭の白馬がたたずんでいた。

「こいつが打ち漏らしの正体か……」
「これはA級? でもそうは感じない……」

 それはそうだ。よく分からないとのセシールの見立ては正しい。ベルナールとて会うのは久しぶりだった。

「分類不能の特別種。S級のユニコーンだ」
「えっ! これが――S級??」

 頭部に特徴的な細い一角、白い馬体からは威圧感はまるで感じない。しかしそれ以外の何かがベルナールたちを包み込む。

「綺麗……」

セシールは両手を広げて、何かに魅入られたようにフラフラと歩み出た。

「おいっ!」
「えっ? わっ、私ったら……」
「いや、話をしたいんだよ。それだけだ……。意識をしっかりと保て」
「話? きゃっ」

 あなたはなぜ戦うのですか? なぜこの男といっしょに――、とセシールの頭の中に、別の思考が渦巻く。

「あっ、ああ……、そんなことは分からないわ……。何を?」

 頭の中で会話する違和感にセシールは顔を覆った。

「ふふっ、まあこんなもんだろ……」

 ユニコーンは白いつむじ風となって空に消えた。あれが相手では打漏らしたのも当然だ。


 店に戻ってから、セシールは必死にユニコーンとの出会いを、母親に説明する。

「私もずいぶんと、そんなのに会ったわ。色々よ……」

 セシリアは話をはぐらかし、セシールは配膳のため厨房へと向かった。

「あのユニコーンったら、まだこの辺りにいるのね……」
「セシールを蒼穹の娘と認めたようだ」
「どうかしらね?」

 悪戯っぽく笑う母親は、満更でもない表情でもある。
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