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第二章「戦い続ける男」

第四十一話「少年ディオン」

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「今まで出没した魔物の数と種類を教えてくれ」
「アラクネーが二回、ヒュドラと、オーガが一回ずつ。一番新しいのはグレンデルが一回です」


 ベルナールとディオンは二人で森の中を歩く。ディオンは名前も全て把握していた。

「今まで魔物を倒したことは?」
「それは……、ありません。レイルシーさんから戦いは禁じられています――」

 ディオンは一見して魔導闘士ソーサエーターの格好をしている。腰に下げている剣も魔導具のようだ。

「――単独では危険だと。ここではパーティーを組めませんし……」
「それはそうだ」
「ベルナールさんはSクラスの冒険者、勇者なのですか?」
「うーん、昔の話だよ」

 そうだ、と言えば嘘になってしまう。隠すことでもないので、ベルナールは事情を説明した。

「つまり今の俺は冒険者ではない。お前さんと同じGクラスのヘルプ扱いだ」
「まっ、まさか! 僕が勇者と同じだなんて!」

 アレットとロシェルは実力がDだが、登録はFクラスの冒険者だ。登録さえすればディオンも同じFとなる。

「はははっ、そんなことはないぞ。まあ、今日はよろしく頼むよ」
「はい……」

 ディオンは少し困ったように笑う。ムダ話をしながらも周囲に気を配り続ける少年に、ベルナールは感心していた。

 小物ぐらいを見つけて狩りたいが、平和な森ではそれも叶わない。

 ベルナールは昨日と同じようにお茶や山菜などを採った。ディオンは穴場なども熟知している。子供のころから慣れ親しんでいる森なのだ。平和な時間ときだった。

 しかし本来の仕事を忘れる訳にはいかない.

「今日も魔物は出ないか……」
「三、四日に一度はこちらに接近して来ますから、もうそろそろではと……」
「ふむ……」
「二人はペアで追っていました。あれでは包囲は……」

 この少年は出現するタイミングを計りつつ、その不手際も見抜いていた。頭の良い子なのだろう。

「軍だからなあ。何を考えているのか……」

 森での戦いは、二人の場合は接触から一撃、せめて二の矢で倒さねば魔物には逃げられてしまう。だから冒険者のパーティーは四人編成が多いのだ。

 予め包囲を想定しつつ、獲物を囲む配置についてから攻撃を開始する。王都から来たのならば、新ダンジョンで戦っていた新兵なのだろう。

 力を過信しているのか、まだ訓練の途中のようだ。バカでもなければ、少しはこれから考えるだろう。

 二人はディオンの案内で森の深部まで探索した。しかし今日も魔物の気配は感じられない。

 小川沿いに腰を下ろして、レイルシーが作ってくれた昼食をとる。

「午後は戻りながら、魔物を狩る訓練でもするか?」
「ぜっ、ぜひ! よろしくお願いします」
「うむ」

 ディオンからは、やる気が満ち溢れている。

「その魔導具の剣はどうしたんだ?」
「レイルシーさんが村の予算で買ってくれたんです。街の武器屋でです」
魔導闘士ソーサエーターか……」
「はい、今は魔力を使う訓練もすればいいと、村の元冒険者たちにも言われました」

 おそらく間違いではない。この少年の可能性は、まだ定まっていないのだろう。

 結局今日も薬草とキノコ採取に明け暮れ、そして二人は訓練をしながら剣を振るい、集落へと戻った。


「お疲れ様、収穫は?」
「今日も食料の調達さ」

 ベルナールとディオンをレイルシーが出迎えてくれる。

「それでも助かるわ。今は物騒で森に入れないしね。ディオン、調理場に持って行ってくれる? さっそく今夜の料理に使いましょうか」
「はい」

 ディオンは薬草と山菜、キノコなどが入った袋を抱えて建物の裏手へ行った。

「あの子、冒険者としてはどうかな?」
「センスはあるよ。独り立ち出来ると思うが……」
「そう、それは良かったわ。学校の課程が終わったら街に出る予定なのよ。本人の希望でもあるの」
「俺が昔いた店の部屋だが、そのまま残してあるらしい。そこに住めばいいよ」
「あはは、あの倉庫――、用心棒部屋ね。そうね、ディオンもシャングリラの子だしね」
「ん?」
「母親は店で働いていたの。病弱な娘で、あの子を生んだ後すぐに亡くなったのよ……」
「うん……」

 昔からよく聞く話ではある。そして父親がどうとかもだ。ベルナールはその辺りの詮索はしない。

「ここに住んでいるのよ」

 レイルシーは共用棟を見やる。この村の女性全てが母親代わりの少年だった。


 夜はベルナール来訪を聞いた村人たちが、酒を持って共用棟の食堂に集まった。

 店の娘といっしょになった元冒険者も何人かいるので、昔話に花を咲かせる。戦力外通告を受けた話なども出た。この村の同年代も元冒険者となっていたのだ。
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