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01『破棄を宣言されました』

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 人には様々な素養があります。反発する好意。静かに牙を研ぐ悪意。冷たい善意。
 全てを覆い隠す忠義。
 大ブルクハウセン帝国、帝都ヴィンケル。
 そこに目立たない、一人のメイドがおりました。
 それは私です……。

 国の中心たる皇城の広間【ベリアル】。そこの玉座・・で、次期皇帝たるセラフィーノ様は招待客たちの歓談を眺めておられます。
 口元には穏やかな笑みを浮かべられ、涼やかな目元は見つめられた令嬢たちを魅了したします。
 傍らには帝国皇に長く使える重臣。宰相のデマルティーニ様が立たれています。
 大きなドーム天井には建国の歴史が描かれております。魔獣の軍勢と始祖帝率いる人間たちの戦い。それを眺めている人間とも獣ともつかない不思議な存在たち。それらは神とも悪魔とも呼ばれている伝説の信仰対象です。
 ドームの中心には絢爛けんらんなシャンデリアが光り、お集まりになった貴族様たちを照らします。地下迷宮ダンジョンの深くで採取された、大量の魔導水晶が高貴な光を発しております。
 始祖帝たるベネディット一世陛下は百年ほどの昔、魔獣が跋扈する広大なこの地域を平定。そして大ブルクハウセンを建国した、と伝えられております。

 招待客の皆様は、料理が並ぶテーブルを渡りながらご自由に歓談されております。形式を重んじる、我が帝国とはずいぶんと趣きが違う宴席となりました。
 席順に頭を悩ませないこのような立食パーティーは、友好国のアテマ王国でよく行われているそうです。
 若者たちが楽しむのが目的らしいですが今回のような場合にはそぐわない、とセラフィーノ様は考えておられるようです。
 王政にたずさわる貴族と帝都防衛にたずさわる皆様。そしてアテマ王国の御一行様。この宴は皇太子殿下の御婚約者となった、アテマ第二王女様のお披露目定例パーティーでもあります。
 並ぶ食事も質素であり、これが形式なのだとアテマンツィ・マリアンジェラ様はおっしゃりました。
 集まった多くの招待客は、感心しているふうではありません。時世なので納得しているだけです。
 大ブルクハウセン帝国は豪華絢爛を好みますゆえ、致し方ありませんね。

 アテマ王国は東の隣国。かつてこの地に戦闘集団を派遣。始祖帝とは、時に対立し、時に協力して戦う不思議に関係でした。そして一部の領土を確保して以来、表面上は友好国としての関係が続いております。

 私はラファネ・エリーザと申します。帝国貴族の端くれです。
 今宵はドレスなどを着ておりますが、普段はメイドの制服に身を包み殿下のお世話をしております。
 いつもは縛っている肩までの髪をほどき、薄く化粧をほどこした私。鏡に写った姿は、可愛らしくもあり、少し滑稽でもありました。清楚で気品のあるベージュのドレスは、皇族付衣装メイド長のお勧めであり借り物です。
「マリアンジェラ殿、これへ」
「はい、殿下……」
 アテマンツィ・マリアンジェラ第二王女様。アテマ王国の美しき令嬢様は玉座の前へと歩み寄りました。
 いつもと同じように、にこやかな笑みを浮かべ、潤んだような瞳がセラフィーノ様を見つめます。
 少し赤みのさした白い顔立ちに、上品なドレスと堂々とした立ち振る舞い。お立場がそうさせております。
 同性から見ても、吸い込まれそうな気高さを感じます。
 殿下は立ち上がってから周囲を見回し、お客様たちは皆注目しました。

 えりの高い膝丈の上衣うわぎは、青碧せいへきと白を基調とした旧王族騎士の制服であります。胸には帝国の紋章がえております。
 皇太子様は一呼吸おきました。私の方に一瞬だけ視線を送って下さいます。そしてマリアンジェラ様を睨むように見定めました。
「そなたとの婚約を、破棄させて頂こうか!」
 アテマの王女様は一瞬顔こわばらせました。そしてもう一度笑みを浮かべます――。
 周囲はどよめきました。突然の破棄宣言です。
 私は数日前に、殿下に聞かされておりました。覚悟していたつもりでしたが、本当に言われてしまったと目眩がいたします。
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