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26『西方たちのあがき』

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 私は殿下を執務室にお送りして一礼いたしました。
「では行って参ります」
「主役の私が部屋で待つだけとはなあ……」
 セラフィーノ様は自分こそが先頭に立って戦うべきだ、と考えております。でもそれは無理な相談でもあります。敵は誰かを狙うために、皇城内に魔獣まで持ち込んでいるのですから。
「殿下はここにおられるのがお仕事ですから」
「理屈では分かっているのだがな。父上が出られたなら必ず呼べよ」
「もちろんでございます」
 今のところ帝国皇陛下に動きはありません。宰相の屋敷と、陛下の屋敷は騎士団が遮断しております。
 私はもう一つの問題に急ぎました。そこはブルクハウセン・オズヴァルド様が滞在している迎賓の館です。今のところ西方の関与は不明です。

「あっ、エリーザ」
「状況はいかがですか?」
 私は同僚に尋ねました。ここはメイド小隊が包囲しております。武装メイドがぐるりと豪奢な館を囲んでおります。
「殿下を呼べ、の一点張りで粘っているわ。困ったわねえ……。騎士団に来てもらう?」
「騎士同士より、メイドの方がメ話しやすいと思ったのだけれど……」
 殿方の面子ですとか、そのような無益な戦いは避けねばなりません。
「私が行ってみます。あとは予定どおりに……」
「分かった」

 エントランス前には、剣を抜いた二名の若手騎士が立っておりました。それならば私もと、二本のナイフを持ったまま一人で接近いたします。
「ゴラア! 近寄るんじゃねえよ」
「オラオラっ! 来んじゃねえ」
 ガラが悪すぎでしょう。何なんですか? この人たち……。
 そんな脅しなど役に立たないとばかりに、無表情を装い彼らのすぐ近くまで接近いたします。相手は少したじろぎました。この程度なのですよ。
「この館から退去していただきます」
「また、メイドか、よっ!」
「帝国の騎士様を呼んで格の違いを思い知りますか?」
「この……」
「あっち行けぇ。女あっ!」
 無礼にも皇城のメイドを女呼ばわりですよ。さすがの私もムッといたしました。
「この、ドブス――」
 背中を向けてから後頭部にハイキック。反射的に剣を振り上げたもう一人には、ミドルキックをおみまいいたします。
 そのまま入り口の二枚扉をぶち破っていただきました。修理にお金がかかってしまいますけど。
「さて……」
 扉の破片を踏みながら入室させて頂きます。中は思った以上に殺気だっておりました。ブルクハウセン・オズヴァルド様は剣に手をかけた状態で、数名の騎士は必死の形相で抜剣しておりました。完全にテンパっております。
 森で強力魔獣と戦っていた者もおりますね。幸い私には気が付きません。
「まっ、魔獣を放っておるのだなっ! だっ、誰がそのようなことを――」
「セラフィーノ殿下の暗殺を目論む敵対勢力がおります。オズヴァルド様御一行におきましては、早急に郊外にいる訪問団の皆様への合流をお願いいたします。
「こっ、この状況で城外に出るなど……」
「騒乱は城内で起こっております。外の方が安全なのですが……」
「しっ、しかし……」
 グダグダうるさいですね。どうも反乱分子は侵入者と信じておられるようです。
「せっ、責任者を呼べ! 宰相はどうしたっ!」
「わたくしがこの場の責任者となりのます。オズヴァルド様におきましては、重要参考人のデマルティーニ様と気脈を通じておられるのですか?」
 顔が青くなりました。ここに籠城するばかりで、城内の情報をほとんどつかんでいないのでしょう。
「ばっ、ばかな! 我は王族だぞ。たかが宰相ごとき――」
 この言葉に嘘はないようです。宰相は見下す相手ですか……。それにこの混乱ぶりは演技ではありません。本当に魔獣の件なども、知らなかったのでしょう。
「ならば城外へお急ぎください。武装はそのままでけっこうです」
「分かった……。全員剣を納めよ。本当に安全なのだな?」
 しつこいですねえ。これだけの護衛騎士がおりますでしょうに……。
「はい。戦闘メイドたちに城外まで見送らせるので、御安心を」
 やれやれです。これで不確定要素がまた一つ退しりぞきました。
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