29 / 33
29「アングレットの策士たち」
しおりを挟む
最初の目的地に着きました。お父様の盟友でもある伯爵家です。護衛騎士は控え室で待たされ、私だけが応接の間に通されました。
「ジェルマンのヤツは元気だ心配するなと手紙に書いてよこすが、そうでもないだろう。実際どうなのですか?」
二人は大学院も騎士修練も共にした仲間でもあります。
「バシュラール家の立場はかなり悪いですわ。政務も経済も――。わたくしの不徳の致すところです」
「とんでもない! 悪いのは相手方です。だいたい、そのような無体を許せば王政が揺らぎますよ」
「そこまで……」
「次期王妃選びでもあるのです」
それはそのとおりなのです。次期国王が即位前から勝手気ままに振舞っていると、王国の重鎮たちは思っているのでしょう。
「こんな時ぐらい仲間を頼れと、あいつに伝えて下さい」
「ありがとうございます」
そう言って送り出してくれました。ありがたい話です。
続いて訪れた子爵家では、意外な話が始まりました。
「転領ですか?」
「さよう。ブルクハウセン帝国との和解で、東の膨大な緩衝地帯が空きます。そこの開拓は帝国との合意でもあります」
「どうでしょうか……」
父はこの地の出身ですが、私の生まれ故郷はアジャクシオなのです。
「実際そのようなことが可能なのですか?」
「西方の貴族たちに開発を打診したのですが、金は出すが西の領地を出せとの返答が帰ってきたとか」
「そんな……」
それでは話になりません。東方開拓案件で西の領地を差し出せとは。
「噂ですがね。私のような者の耳にはいるくらいですから、たぶんそうなのでしょう」
「つまり、その話に乗って東方に転領する西の貴族たちが現われるということですか?」
「実質領地が加増になるとの試算もあるようです」
そうなれば、そうする東側出身の貴族も現われるでしょう。空いた土地は西の貴族たちに併合されます。
「バシュラール卿にお立ち頂ければ、我らも心強い」
「そう父に伝えますわ」
「お願いいたします」
次の家でも同じような話題が続きました。ただその男爵様は、シルヴについて触れます。
「リヴィエール侯爵家のご子息を護衛に使うとは豪気ですなあ。もうそこまで話が進んでおられるのですか? いや、これは失礼いたしました」
解釈に悩む問いかけではあります。今回の一件での、共闘などについてでしょうか? 正直に話したほうがよさそうです。
「実は……」
私はシルヴとの関係について、旅の偶然であると説明いたしました。
「なるほど。しかしリヴィエール家はなかなかの策士ですよ。予定された筋書きかもしれませんぞ」
「まさか……」
つまり、全て仕組まれていた旅? どうでしょうか? 温泉郷での出会いは確かにそうでしょう。シルヴは家に指示されて、今も私の護衛を買って出ていると?
「相手はこちらに好意的です。これは心強い話ですな」
「はい」
「それからこれは噂程度の話なのですが、帝国は食料貿易を欲しているようです」
「そのような話は今まで聞きませんでしたが……」
ブルクハウセンとの貿易は細々と続いておりますが、食料取引が活発だとの事実はないはずです。
「貿易相手は西ハウセンにかぎられていましたからなあ。東ハウセンでは不足しているらしいです。東のアテマ王国も輸出しておりますが、足りないのでしょう」
帝国にも西と東の対立があると聞いたことがあります。我が家の農産品を売り込めるなら、正直助かります。
「目端の利く商人たちが動いています。王政も乗り気らしいですね。ぜひ私どもにバシュラール家の物資を扱わせていただきたい」
「ぜっ、ぜひ!」
我が家の苦境を知っての申し出です。ありがたい話です。
「そうなれば、我々が売って売って売りまくりますよ。ジェルマンの兄貴に借りばかりある奴らが大勢いますから」
当主夫妻に見送られ、私たちは屋敷を辞退いたしました。シルヴが扉を開け、手を差し出しました。私はそこに手を置かせて頂きます。
「ごきげんだね」
「いやだ。顔にでてるかな?」
その手に少し力を入れて馬車に乗り込みます。
「さて。今日の予定はもう終り?」
「はい。待たせてばかりで、申し訳ありませんでしたね」
「いや。夕食はどうするの?」
「ジラルデ家でご用意頂いております」
そしてシルヴも乗り込みました。
「そうか、残念。お誘いしたかったんだけどなあ」
「なら、明日からお願いできますか? ちょっとは遠慮したほうが良いかもしれませんし……」
「任せてくれ」
「はい」
私は屈託のない策士の顔を見ました。こちらの真意もある程度は計らねばなりません。途中の温泉郷まで当主と夫人がやって来るぐらいには、私に興味があるのでしょう。
それに目的とはいえ、毎日政争の話ばかりでは息がつまります。
バシュラール家のため、私のためを思っての助言であっても、それが正しいどうかは別の問題です。しかし動かなければ、何も変わらないのもまた事実です。
「ジェルマンのヤツは元気だ心配するなと手紙に書いてよこすが、そうでもないだろう。実際どうなのですか?」
二人は大学院も騎士修練も共にした仲間でもあります。
「バシュラール家の立場はかなり悪いですわ。政務も経済も――。わたくしの不徳の致すところです」
「とんでもない! 悪いのは相手方です。だいたい、そのような無体を許せば王政が揺らぎますよ」
「そこまで……」
「次期王妃選びでもあるのです」
それはそのとおりなのです。次期国王が即位前から勝手気ままに振舞っていると、王国の重鎮たちは思っているのでしょう。
「こんな時ぐらい仲間を頼れと、あいつに伝えて下さい」
「ありがとうございます」
そう言って送り出してくれました。ありがたい話です。
続いて訪れた子爵家では、意外な話が始まりました。
「転領ですか?」
「さよう。ブルクハウセン帝国との和解で、東の膨大な緩衝地帯が空きます。そこの開拓は帝国との合意でもあります」
「どうでしょうか……」
父はこの地の出身ですが、私の生まれ故郷はアジャクシオなのです。
「実際そのようなことが可能なのですか?」
「西方の貴族たちに開発を打診したのですが、金は出すが西の領地を出せとの返答が帰ってきたとか」
「そんな……」
それでは話になりません。東方開拓案件で西の領地を差し出せとは。
「噂ですがね。私のような者の耳にはいるくらいですから、たぶんそうなのでしょう」
「つまり、その話に乗って東方に転領する西の貴族たちが現われるということですか?」
「実質領地が加増になるとの試算もあるようです」
そうなれば、そうする東側出身の貴族も現われるでしょう。空いた土地は西の貴族たちに併合されます。
「バシュラール卿にお立ち頂ければ、我らも心強い」
「そう父に伝えますわ」
「お願いいたします」
次の家でも同じような話題が続きました。ただその男爵様は、シルヴについて触れます。
「リヴィエール侯爵家のご子息を護衛に使うとは豪気ですなあ。もうそこまで話が進んでおられるのですか? いや、これは失礼いたしました」
解釈に悩む問いかけではあります。今回の一件での、共闘などについてでしょうか? 正直に話したほうがよさそうです。
「実は……」
私はシルヴとの関係について、旅の偶然であると説明いたしました。
「なるほど。しかしリヴィエール家はなかなかの策士ですよ。予定された筋書きかもしれませんぞ」
「まさか……」
つまり、全て仕組まれていた旅? どうでしょうか? 温泉郷での出会いは確かにそうでしょう。シルヴは家に指示されて、今も私の護衛を買って出ていると?
「相手はこちらに好意的です。これは心強い話ですな」
「はい」
「それからこれは噂程度の話なのですが、帝国は食料貿易を欲しているようです」
「そのような話は今まで聞きませんでしたが……」
ブルクハウセンとの貿易は細々と続いておりますが、食料取引が活発だとの事実はないはずです。
「貿易相手は西ハウセンにかぎられていましたからなあ。東ハウセンでは不足しているらしいです。東のアテマ王国も輸出しておりますが、足りないのでしょう」
帝国にも西と東の対立があると聞いたことがあります。我が家の農産品を売り込めるなら、正直助かります。
「目端の利く商人たちが動いています。王政も乗り気らしいですね。ぜひ私どもにバシュラール家の物資を扱わせていただきたい」
「ぜっ、ぜひ!」
我が家の苦境を知っての申し出です。ありがたい話です。
「そうなれば、我々が売って売って売りまくりますよ。ジェルマンの兄貴に借りばかりある奴らが大勢いますから」
当主夫妻に見送られ、私たちは屋敷を辞退いたしました。シルヴが扉を開け、手を差し出しました。私はそこに手を置かせて頂きます。
「ごきげんだね」
「いやだ。顔にでてるかな?」
その手に少し力を入れて馬車に乗り込みます。
「さて。今日の予定はもう終り?」
「はい。待たせてばかりで、申し訳ありませんでしたね」
「いや。夕食はどうするの?」
「ジラルデ家でご用意頂いております」
そしてシルヴも乗り込みました。
「そうか、残念。お誘いしたかったんだけどなあ」
「なら、明日からお願いできますか? ちょっとは遠慮したほうが良いかもしれませんし……」
「任せてくれ」
「はい」
私は屈託のない策士の顔を見ました。こちらの真意もある程度は計らねばなりません。途中の温泉郷まで当主と夫人がやって来るぐらいには、私に興味があるのでしょう。
それに目的とはいえ、毎日政争の話ばかりでは息がつまります。
バシュラール家のため、私のためを思っての助言であっても、それが正しいどうかは別の問題です。しかし動かなければ、何も変わらないのもまた事実です。
6
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜
六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。
極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた!
コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。
和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」
これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。
【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる