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洗浄機・扇風機・信号機

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 信号機が赤になるのを確認するとブレーキをかけるために両手を握る。古くなったブレーキは悲鳴を上げるようにキュキュキュっと音を立てながら乗っている自転車が止まった。その音になんとなく覚えがあったのだけれど思い出せない。

 チャリ屋に行ってメンテナンスをしてもらわなきゃならないのだろうけれど、行けばなにかと理由をつけて買い替えだの修理が必要だと言われて結局、高くつく。ただでさえ薄給の身だ。今はこれ以上の出費を避けたい。

 なんでこんなギリギリの生活をしなきゃいけないんだ。全部就職活動に失敗したところから始まった気がする。流行り病なんてものが流行らなければなんてことも思いもしたが、周りがみんな就職に成功しているところをみるとそれだけが原因じゃないのは分かっている。

 だかれってこんな便利屋みたいな仕事にしか就けないなんて想像もしてなかった。今日背負っているのは洗浄機。これが重いのもあって自転車は悲鳴を上げているのだろう。

 周りの車のエンジン音に紛れて水滴がポタポタと落ちる音がする。嫌な予感がして振り向くと背負っている洗浄機から水が垂れている。それが自転車の後輪にかかっていたりもする。

 悲鳴を上げているブレーキに水が入れば効き目は更に悪くなる。雨の日と同様の状態。このまま走って問題ないものか。大した量ではない。きっと大丈夫なはず。

 本当に? メンテナンスもろくにしてない状況。それに重たい荷物まで背負って。それは就職活動中の心持ちに似ていた。あの頃も、色々な心配事が周囲にあって、大事なときに一歩を踏み込めなかったから。自分に自信を持てなかったから。

 いや。また同じ過ちを繰り返したくはない。まとわりつく色々なものを考え過ぎて一歩を踏み出さなかったがために、仕事に就けなかった。考え過ぎは良くない。

 信号機が赤から青へと変わる。ペダルに乗せた足に力を込める。進み始めると早速左手に力を軽く込めて、ブレーキの効きを確認する。

 あれ?

 音もならなければ、ブレーキが効いてる感覚も訪れない。焦る。前輪のブレーキをかけようとして、 昔のトラウマが呼び起こされる。下り坂、スピードが増していく状況で後輪のブレーキが壊れて、慌てて前輪のブレーキを掛けた所、勢いを殺した前輪は後輪を押し上げて一回転した。

 鳥肌が立つ。同じことが起きたらどうする? ここは幹線道路だ。隣にでは車がビュンビュンと抜き去って行っている。こんなところで派手に転ぶのは恐怖でしかない。

 このまま漕がなければスピードが緩まっていきゆっくり止まることができるかもしれない。しあkし、後ろから電動自転車に乗ったおばさんが追随してきている。抜くようなスペースはない。スピードを緩めているのが気になるのかしかめっ面までしいて機嫌が悪そうにもできる。

 となるとスピードを落とすことも憚られる。

 もうどうにでもなれだ。

 この勢いのなさが今に繋がっている。だったら行けるところまで行ってやる。

 ペダルを思いっきり踏み込む。スピードが出れば扇風機の容量でブレーキについた水滴を吹き飛ばしてくれることを祈ろう。お祈りメールが来ないことを願う。今できることはそれだけだ。
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