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弟子・詐欺・チョモランマ

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 これは詐欺だ。それを目の当たりにして、思わず腰から上が後ろへ下がってしまう。

 どこで判断を間違ったのだろう。メニューとにらめっこしながら三分経ったときか。お店の前で入ろうかどうか五分悩んだときか。そもそもこの街にふらっと遊びに行くことを決めたときか。ダイエットだと張り切って朝からそれなりの負荷をかけて運動をしたときか。どれにせよ。どこかで判断を間違ったのだ。

 ふむ。現実から逃げようと過去を思い返したところで、目の前のチョモランマみたいな山盛りかき氷は減ってくれない。いや、厳密にはわずかだが溶け始めている。店内の暖房の影響だろう。どうして冬にかき氷と思うかもしれないがメニューに載っていた写真がとても美味しそうだったのだ。でも、それは詐欺まがいの写真だ。こんなに山盛りだなんて写真からは読み取れなかった。

 ため息をひとつ。スプーンを片手に持つとシャリと音を立てながら氷の山へ滑り込ませる。口へと運ぶ。冷たさが口の中で広がってそれが段々と身体を冷やしていくのが分かる。これは時間はとの勝負になりそうだ。身体が冷え切ってしまう前に食べきってしまわないと残してしまいそうだ。

 だまされたのだから残してもいいと思うが、そこはプライドが許さない。出されたものは食べきる。それが家訓だ。

 しかし、数分後に手が止まった。いや、口が拒否しているとでも言うのか。かき氷のシロップはセルフサービスと言われたのだけが幸いだ。味変をしながら進めていたのに。急に限界が来た。身体が氷を全力で拒否している。

 助っ人でも頼もうか。幸いなことに弟子は複数人いる。呼べばすぐに来てくれるだろうし、数人いればたやすく平らげられるだろう。しかし、それはプライドが許さない。ただ、残すのもそれはありえない。同じくプライドが許さない。

 であれば氷を口に運び続けるしか無いのだ。

 ただひたすらに山を登るように何も考えず、ただ。淡々と作業を進める。冷えに身体が拒むのを必死になにもなかった様に食べ続ける。次第に味を変えるのも忘れるほど夢中になっていった。

 そしてようやく最後の一口。それは山頂に到着したときの達成感に似ている。やりきった。それが心に広がっていく。同時に身体が震え始める。冷たさを身体が認識したのだ。

「お客様。大変申し訳無いのですが。ご注文されたお食事とは違う物を提供してしまったみたいでして。お詫びとしてましてそちらのお代は結構なのと。こちらの本来のご注文されたお食事です。どうぞお召し上がり下さい」

 こちらが震えているのも気が付かずウエイターさんが業務的な挨拶とともにテーブルの上にかき氷をもうひとつ置いた。確かに写真通りのも。でも、今からそれを口にすることなんてできそうにない。でも家訓は絶対。

 震える手で弟子に連絡することを決めた。
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