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紙飛行機・コンパクト・マリアージュ

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 コンパクトな生活はすることが限られている。友人宅に出向き、満足するまで遊んでいたこともあったけれど、次第に歓迎してくれる家も減っていった気がする。実際、今コンタクトを取ったところで応答してくれる友人の顔も思いつきやしない。

 それは良いことなのだ。友人関係、交流関係もコンパクトであればあるほどいい。高価なディナーに誘われて、節約しているというのに行かなくてはならないことが何度かあった。そんな経験を繰り返している内に自分がどうしてその様な付き合いを大事にしているのか分からなくなって仕事ごと捨てた。

 なんとかとなんとかのマリアージュを目の前に出されるたびにシンプルが一番良いと思ったものだ。複雑に絡み合った味の立体感を楽しむよりかは素材の味を素直に楽しんだほうがいいと常々思っていた。だから贅沢なディナーよりシンプルで質素な夕食を選んだのだ。

 次第に家のものも減らしていった。いや、勝手に減っていたのだ。気分が乗れば即捨てた。それが気持ち良かった。まるで自分が生まれ変わっていくような感覚に包まれ、多幸感に満たされる。

 コンパクトな生活は自分に合っていたように思う。

 けれど。このなにもすることのない時間だけが少しだけ手持ち無沙汰だ。

 ポストに突っ込まれていたチラシを手にする。なんども読んだので覚えてしまった。まあ、書いてある内容自体が薄いのだ。介護施設の職員募集のチラシ。自分の元職場ながら不親切なチラシだと思う。時給も書いていなければ手厚いサポートもすると書かれているが具体性がない。ようするに人さえ来ればあとは人付き合いでどうにでもなると思っているのだ。

 くだらない。

 その想いをぶつけるようにチラシを折っていく。幼い頃を思い出しながらしっかりと折っていく。なにもすることはない身だ時間だけはたっぷりある。遠くまで飛ぶようにと、一回一回折り目をつけていく。

 折り終わった頃、すっかり外は暗くなっていた。冬の日の入りは早い。これなら飛ばすのは次の日でもいいかなと思うけれど。暗いからこそいっそのこと投げてしまおうか。

 ガラッと窓ガラスを開ける。都会の街灯りは煌々としていて、人々を照らしている。とうぜんだけれど、この部屋には届かない。中からも灯りはない。電気を止めたときに捨ててしまった。

 考えれば考えるほど、どうでも良くなってくる。

 投げてしまえ。

 紙飛行機を力強く飛ばす。

 暗い中で確かに飛んでいく紙飛行機をずっと眺めていた。いつまでも。いつまでも。なぜなら時間だけはずっとあるのだから。
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