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口内炎・開けゴマ・大晦日

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 大晦日の朝は久しぶりに落ち着いた一日の始まりだった。仕事納めも予定通りの行えず、みながいないオフィスでひとり仕事をこなさなければならない昨日に比べたらずっとましだ。

 それにしても昨日の経験は貴重だったと思い返す。だれもいないオフィスというのは新鮮でいたずら心が疼いて仕方がなかった。それだけ無人の机に置かれた色々なものが気になった。比較的オタク色が強いオフィスだからか、グッズ関連が机の上に並べている人が多いのだ。キレイに並べられているそれを入れ替えるのも楽しそうだし、ひとつだけどこかへ移動させてもいい。出勤してきてちょっとだけ困った顔をみるのは悪くない気もするんだけど流石に理性が勝った。

 正月早々そんな目にあって、犯人探しが始まったりなんかしたらその一年が碌でも無いものになってしまってしまいそうだ。

 だからと言ってはなんだが代わりに独り言が増えていった。誰もいない空間で静けさが漂い続けるのがに耐えられなくなっていったのだ。最初は作業内容を口にしているだけだったのだけれど、それはそれで虚しくなっていって普段言えないことを言い始めた。

 パソコンを操作していてファイルを開くときに開けゴマって言ってみたり、エクセルのマクロを実行するときも、よろしくお願いしまーすと騒いでみたり。それはそれは虚しい気分になっていった。

 昨日はどうかしていたんだ。思い出しているとそう思えてきて、落ち着いていた気分は沈み始める。

 まあいい。今日で今年も最後。明日から気分を変えて心機一転過ごせればそれで良い一年になるだろう。

 今日の過ごし方を考えよう。そして明日へとつなげよう。昨日の一連の行動は気の迷いだったんだと思い、忘れよう。

 そう思った瞬間だった。社用の携帯電話が部屋に鳴り響いた。嫌な予感はするものの見ないわけにもいかない。大晦日くらい仕事をしなければいいのに、昨日仕事をしていた自分が言うことじゃないのかもしれないけれど、ディスプレイに表示された上司の名前を見てそう思う。っていうか、今日仕事するなら昨日、一緒に仕事をすればこんな連絡も不要だったんじゃないのかと頭をよぎる。踏み込むとより気分が悪くなりそうだったので頑張ってせき止めた。

 いてっ。口の中が突如として痛みだした。丁寧に下で確認すると口内炎が出来ていた。

 昨日の行動が災いを呼んだのかもしれない。厄払いに初詣に明日行こう。そう考えながら通話開始ボタンを押した。
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