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村への帰還

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 村は平和そのもので、大樹のふもとに魔物が出たことなんて知りもしない様子だ。他に目撃情報もなかったのだろう。

 よかったとホッと胸をなでおろす。ただ、だからと言って油断はできない。いつまた魔物が現われるか分からないからだ。一体見れば、二体、三体。その可能性が高いとされている。よっぽどのはぐれ出ない限り集団で行動するからだ。

 村には百人ほどが暮らしている。その中で戦えるものは二十人ほど。村の若い人たちは年々減っていっていると村長が嘆いていたのを見たことがある。それ故に儀式が遅れることをずっと懸念していた。

 白銀の鎧を着た彼はサリアを簡単に抱えると、人がいるところへ案内するようにお願いしてきた。断る理由もなく、こちらから招待しようと思っていたので大声で返事をしてしまった。その声にサリアは目覚めることもなく眠ってしまっているようだった。

 そのサリアの具合を一刻も早く見てもらうためにも白銀の彼の力は非常に助かった。いなかったらどうしていいのか分からないまま途方に暮れていた。

 道すがら会話らしい会話は出来なかった。白銀の彼から声を掛けてくることもなかったし、とてもじゃないがアリアから話しかけることもできなかった。結果として名前を聞くことすら出来なかった。

 村にたどり着いたアリアたちを最初に見つけたのは同年代のアロンだ。村で戦えるひとりだ。早めに事態の重要さを伝えておきたい相手。村の見張りを担当している彼が最初に見つけてくれるのは見当がついていた。

「アリアどうしたんだよっ。随分と長い間、姿を見せなかったじゃないか。あん? そいつは誰だ。ってサリア。一体何があったんだ」

 アロンの白銀の彼へと向ける視線は殺気に満ちている。その反応は正しい。こんな辺境に人が来ることなんてほとんどなく、来るときの目的はそのほとんどが略奪。

「大樹のところに魔物がいて襲われたの。そこで偶然この人に助けてもらったの。サリアも運んでもらって。だから……」

 村のみんなに知らせられたら、大騒ぎになる。彼がどんな目にあうのかもある程度は想像できる。何人かそういう結末を見たことがある。ここでアロンに報告されに行っては困る。

「はあ……分かった。とりあえず村長には言わないでやる。ほらこっちだ。アリアは魔物のことを村長に報告するんだ。サリアのことは俺に任せろ。そっちの彼は。まあ、話を聞いてからだ。ほら行くぞ」

 アロンに任せておけば一旦は大丈夫だろう。彼は何を言うでもなくアロンとのやり取りを傍観していた。ずっと何かを考え続けているように黙り続けている。

 命の恩人だ。それにどうしてだかアリア視線を一定間隔で彼へ送ってしまう。きっと今まで彼みたいな人を見たことがないからだ。

 村長に彼のことを知られたら村総出での大騒ぎが始まる。その結果、彼がひどい目に合うのだけはやっぱり避けたい。

 だから村長との会話も慎重に進めなければならない。村で一番大きな木材で作られた家の前に辿り着く。ここに来ると緊張が体の中を駆け巡る。

「村長。アリアです。入ってもいいでしょうか」

 アリアは入口の扉をノックしてからそう、声を掛けた。 

「アリアか。入っていいぞ。先ほどアロンが探していたが何かあったか」
「失礼します」

 扉を開けると緊張感が更に増す。村長は五十歳を超えたはずなのだが、衰えた様子もなく、村で一番の戦力。伸ばした白髪は肩まで伸び、肩の盛り上がった筋肉を隠している。鋭い眼光は

「先ほど大樹で魔物を見ました」
「魔物? それは本当か」

 村長はアリアの返事を聞くことはしないで考えに集中し始める。それだけ重大なことだ。

「ん? アリア。お前はケガはないのか」

 疑問に思うのは当然だ。通常魔物に出会ったしまったら無事に生き延びれることはない。村でも被害は出るし、常に頭を抱える問題だ。それが無傷でここにいるのだ。

「遠くから確認しただけですので」

 あらかじめ用意していた。

「そうか。よく逃げ切れたな」

 村長は疑っている。魔物を目視で確認できる距離。その距離で走れば間違いなく魔物はそれに気が付く。そして、その距離から逃げ切るのは難しい。入り組んだ大樹の周辺ではなおさらだ。

「たまたまです」

 アリアは緊張のあまり唾を飲み込んだ。一瞬の緊張が走る。

「無事で何よりだ。後は我々に任せろ。サリアの様子でも見に行ってやるんだな」

 アリアの力が抜ける。それに村長は気が付いたみたいだが何も言わない。サリアの事まで見破られている。もしかしたら白銀の彼のことも薄々気付いているのだろうか。

「ありがとうございます。では失礼します」

 アリア達が遭遇した魔物は白銀の彼が倒してくれたが、ほかにもいる可能性が高く、見回りはしてもらいたい。村には戦えない子たちがたくさんいるのだ。万が一村に魔物が侵入したことを想像して胸の奥が閉められる思いになる。

「少し悠長に構え過ぎたみたいだな」

 そう聞こえてきた言葉をアリアは聞こえない振りをした。それが自分に関係していることも分かっていた。でも、今はそのことを考えたくはなかった。

 村長の家を出るとまっすぐにアロンの家へと向かう。駆け足でいるとアロンも向こうから近づいてきた。

「サリアは?」
「大丈夫。眠ってるだけ。外傷もなかった」
「か、彼は?」

 サリアと彼だけを置いてその場を離れるアロンじゃないはずだ。

「ああ、知らん。サリアを寝かせたらすぐにいなくなった。村を出歩くと騒ぎになるからって止めたんだが、確認したいことがあるって勝手に出ていったぜ」
「そんなっ」

 周囲を確認するけれど、それらしい姿は見られない。あれだけ目立つ風貌をしているし、忠告もしている。堂々と村を歩くはずもなくてすぐにどこかへ隠れてしまったのだろう。

「まだ、ちゃんとお礼も言ってなかったのに」

 アロンは何かを言おうとしていた。しかしそれは村長の集会の号令によって遮られた。

「ああ。俺も行かないと。じゃ、サリアの面倒は任せたぜ」

 アロンを含め村の屈強な人たちが村長のもとへと集まる。村長の深刻そうな顔が他の人たちへと伝播していく。どす黒くて嫌な感覚が村を塗りつぶしていくのが見えたような気がして、アリアは必死に見ないふりをしてサリアのもとへ向かった。
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