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第0話 どこかのだれかの私

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 視界が悪い。思わずほこりから瞳を守るために機能として瞬きをする。そのこと自体に意味はあんまりないのだけれど。

 強く吹き荒れる風が地面かあらほこりを舞い上げて、こんな高い屋上まで運んでいるのだから、どれだけ時が進んでも自然の力には敵わない。

 かつては摩天楼と呼ばれたその場所も、その見る影を失っている。記憶の奥底にあるその光景はもっと密度が高く、天まで伸びていたはずだ。

 でも、その記憶の光景と異なるようにしている一翼を担っているのは自分だと。自嘲気味に笑う。

 はて。なんで私は笑っているのだろう。そんな機能はとうの昔に失ってしまったと言うのに。それも最近、流れ込んできた信号が原因なのか。

 爆発音が向こうに見える摩天楼の残骸から聞こえてくる。戦闘の口火が切られたらしい。それは自身も飛び込まなければ、ならないことを意味していた。

 歩き度に足裏に瓦礫の破片が突き刺さり、赤い液体が流れ出ているのが分かるのだけれど、そのことに関心はない。それを守るためのものが配布されていないのであれば、それは必要のないことなのだ。

 高い高い、建物の縁《へり》の部分へと立つ。ひときわ風が強くなる。下からの風はその小さな身体を飛ばしかねない勢いで吹き上げ続ける。それもほこりも一緒に巻き上げあがらだ。通常では目も開けていられないほどのその状況で、任務を開始したからにはその機能を使うことはない。

 前方へと身体を傾ける。浮遊感の次に訪れたのは落下。飛び降りる際にビルを蹴っているので身体は斜めに流れ始める。だんだんと隣の建物に近づいてく。

 そのままぶつかると同時に備え付けられている爆弾を起爆。それで、中にいる敵勢力を少しでも削ることが、与えられている任務の内容だ。

 初めてのはずなのに、幾度となく行っている様な感覚。それもおそらく最近、流れ込んできた信号が原因のはずだ。

 なぜなら、この起爆を行えば、自分がこの世界からいなくなることを知っているから。

 自らが消耗品で、替えなどいくらでもいるこの世界で。

 そんなことがあるはずもなかった。

 建物にぶつかり意識がなくなる寸前に、起爆スイッチを押す。耳が壊れてしまいそうな爆発音。そのまま、意識が消えた。
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