ボドゲデイズ

霜月かつろう

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無数の世界へようこそ

無数の世界へようこそ その6

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「すごいですね」

 自分ながら語彙の少なさに呆れてしまうが、智也は案内された部屋の様相をみてそうつぶやくことしかできなかった。部屋の中の壁には一面に天井に届くくらいの棚が並べられていてそこにはぎっしりとボードゲームの箱や関連書籍なんかが収まっている。

 下手をすればセカンドダイスなんかよりも多いかもしれないとすら思えた。しかもそのほとんどが使い込まれているようで、箱の状態からも普段から遊んでいる様子が見て取れた。

 結局チヒロに誘われるがままここまでついてきてしまった。断ることが忍びなくなったのもあるが、ボードゲームサークルに所属しているのだと聞いて興味が掃除に打ち勝った。というか自分の大学にボードゲームサークルなんてものがあるなんて知らなかったのが単に情けなくなったのも大きいボドゲカフェの店員なのに知らないなんて、と思ってしまうし、目黒さんの顔がちらつきもする。

「歴史だけは長いサークルみたいですからね。毎年買い集めていたらこんなになったみたいですよ」

 そう笑顔を見せるチヒロは少しだけ嬉しそうに見えたる。この部室が自慢なのだろう。ボドゲカフェで働いていたって驚く量だ。そのサークルの一員であることを自慢にしたっていいだろう。

「今日は別の大学との交流会なんで誰もいないんですよ」

 誰かいるものだと思っていたので面食らってしまう。ということはここにふたりきりということなのだろうか。

 そんなふうに思っている間にチヒロはガザゴソとなにかを探していたようで、満足げに振り向いたその手には見覚えがある青色のボードゲームの箱を手にしていた。

「せっかくの機会だしこのゲーム覚えませんか」

 そうスピリット・アイランドを手にしたチヒロは相変わらず笑顔なのだが、彼女の真意がわからなくて戸惑いもする。

 目黒さんに冷やかされてから、スピリット・アイランドについて自分なりにも調べてみたが、ルールは文で読むだけだとどうしてもイメージが沸かない部分が多く挫折してしまっていた。

 たくさんのコマやカードがどんな役割をするのかがまったくわからないのだ。分かったのは自分たちが精霊になって侵略者たちを撃退することだけだった。

「ふたりでもできるみたいなんで」

 よかったらですけど、そう付け加えられた言葉にはちょっとだけ怯えているようにも見える。押し切らないあたりを見るとこの前で智也が傷ついていないかと気にしてくれていたということか。

 盛り上がりに盛り上がったスピリット・アイランド会はまさかの二回続けての開催が決定していた。もちろん言い出しっぺは目黒さんだ。俺も一個持って来るからさ。一卓はこのメンツで難易度を上げて、もう一卓で初めての人でも集めなよ。と何様目線かわからないところからの発言に店長も驚いていたが他のお客さんも喜んでいたので、押し切られてしまっていた。

 そんなんで店長大丈夫なのかよ、と思ったりもするけれど、店長の人柄でお客さんが来ていることも多いので、それを見ていると一概に悪いわけでもないのかもしれないと思うそしてそんな店長に迷惑をかけたくはないとよく考えるようになった。

「お願いします」

 だから力強くそう智也は答えた。チヒロはそれを見て嬉しそうに箱を開ける。ボードゲームサークルらしく大きいテーブルの上に中身のコンポーネントを広げていく。やはりそのあまりの多さに戸惑いを隠せない。

「だ、大丈夫ですよ。きっと」

 チヒロも不安そうだった。よく考えてみればチヒロだってボードゲーム初心者に変わりはない。大きな箱のボードゲームをやっている姿を見たことはない。こちらのほうが少しだけボードゲームに関しては先輩で、仕事としているのだ。弱気になってどうすると言うのだ。やってやれないことはないはずだ。

 それにやっているお客さんたちはホントに楽しそうに見えたんだ。
それは智也が遊んだっておんなじはずだ。これはゲームなんだ、楽しまなくてどうする。その思いはそのまま言葉として口から出た。

「大丈夫です。きっと面白いですよ」

 智也が同じように答えたことに少しだけチヒロはキョトンとしたが、少しして笑顔を見せてくれた。

「そうですよね。ゲームですもんね。楽しまないと」

 そうは言ったもののそこからは四苦八苦の連続だった。ルールブックとのにらめっこしながらコマをようやく並べたと思ったら、手元に用意するカードがどれなのかで迷い、準備にも敵が攻めてくるのだと知って、その方法を調べるだけで時間がかかる。

 気がついたらサークル棟が閉まる時間帯になってしまって、ろくに遊ぶこともできずに片付けを始める羽目になってしまった。

「オモシロイデスケド、よくわからなかったですね」

 ぽつりと呟いた言い方がどうやらツボったらしく、チヒロが急に笑い始めた。

「そ、そうでしたけど、正直ですね。もっとわかったフリするのかと思いました。仮にもボドゲカフェの定員さんですし」

 少しだけ意地悪そうに聞こえるのは気のせいだろうか。

「まあ。言っても素人同然ですし、この前のインストがどれほど大切なのかもよくわかりました。こんなの説明なしじゃ無理そうですよ。やっぱりボードゲーム好きでやっている人たちってすごいなって思います」

 普段ならこんなこと言わないだろうけれど、ルールを覚えようとしすぎて頭を使いすぎた気がして、言葉のストッパーが外れかけている気がする。何より弱気になっているそうぼんやりと考えていたけれど、チヒロはどうやら違うことが気になったみたいだった。

「智也さんてボードゲーム好きじゃないんですか?」

 それはあまりにも思ってもいないところからの質問で戸惑ってしまう。

「それはどうなんですかね。正直わからなくなっています」
「わからない?」
「ええ。多分チヒロさんよりボドゲに興味なんてないんですよ。仕事だから覚えようとはしますけど、どちらかというと生活のためですし、勉強を優先しないとなって気持ちも強いです。将来店長みたいになるならともかく就職に有利って感じのバイトじゃないですから」

 一度外れたストッパーが役に立つことはなく、言葉が漏れていく。こんなことをチヒロに言ってなんになるんだと、思いながらも気持ちは抑えられない。

 それなのにチヒロは大声で笑い出した。

「やっぱり智也さんて真面目ですよね。私は智也さんボドゲむいてると思いますよ」

 数回しか会話もしていないけれど初めて見せるちょっとだけ儚げな物思いにふけるように笑いかけてくるその表情がここから先智也の頭から離れなくなる。
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