ボドゲデイズ

霜月かつろう

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所詮は遊び

所詮は遊び その3

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 初夏真っ盛りな嫌になるほどの青空と降り注ぐというより突き刺すような日差しの元。駅を降りた辺りから今日は随分と人が多いなと疑問には思っていたのだけれど、その原因がわからずもやもやしているところに、『ねえ。今日の試験って試験範囲の発表だけだよね』と心配そうにしている学生を目にしたところで、美穂は納得した。

 そう思うと不思議なもので、普段見ない人が多いのだと気付かされる。どこに隠れていたのだろうか。年次が進めば来る機会も減るのだと聞いてはいたけれど、試験の時にはどこからともなくと姿を現す。だからと言ってここまで多いとは思わなかった。

 どこかに将来性のある人はいないものかと、キョロキョロと辺りを見渡すけれど、そんなのが見た目でわかるなら苦労はしない。だいたい、試験前にだけ大学に来るような人に将来性があるのかは疑問である。

 やっぱり、ボードゲームは便利なツールだと思う。なによりも人柄が出るのがいい。人がかぶっている仮面に隙間ができる気がするのだ。

 母と同じような過ちは犯さないと心に決めたのは随分と昔のことだ。端的に言ってしまえば父はクズだった。

 趣味に生きていたのはまだいい。好きなことをやって生きていくと夢ばかり語っていたが、親から引き継いだ工場を潰さないようにそれなりに仕事もしていた。工場の経営は火の車だったし、自転車操業もいいところだったらしいが、なんとか生きていけるくらいの稼ぎはあったのだ。たとえ夢を捨てきれなかったとしてもだ。

 だから夢を捨てなかっただけならそれでよかった。でも結果的に父は捨てた。夢をじゃない。母をだ。そしてさらには売ろうとした。こともあろうに美穂をだ。

『ほんと。ろくな男じゃないね』

 父が隠していた工場経営の闇の部分を母が知ったとき捨て台詞のように吐き捨てた言葉は美穂の耳にこびりついて離れない。

 工場はすでに倒産寸前。ある企業からの融資を受けてなんとかやっているだけだというのだ。

 そしてその融資の条件が酷かった。美穂は融資先の御曹司と結婚する話になっていたのだ。多額の融資と引き換えに。そしてその期限は大学卒業までと定められていた。

 冗談じゃない。そう怒鳴っていたのは母だ。美穂は泣くことしか出来なかった。自分の人生がめちゃくちゃにされて、どうしようもない。そう思っていた。

『大学にはいかせてくれるんだ。それも元は向こうが出してくれたお金で。せっかくだから利用しちゃいなよ。大学でいい男見つけて、その人と一緒になりな。そうすりゃいくらあの人と約束してたってどうしようもないよ。無理に通そうとすればこの時代、騒がれるのは向こうさんだしね。それまでなら母さんも耐えられる。だからしっかりやっておいで』

 母が笑顔でそう送り出してくれた。でも、半ば強制されていることに変わりはない。自分で選ぶか、選べないかの違いだけだ。

 でも自分で選んだほうがよっぽどいい。美穂はどん底の心境でそう思った。それに、大学の間に融資の話をきっぱり断れるくらい稼げる見込みがたっていれば男が見つからなくたってなんの問題もない。

 そしてそれには人間関係が必須だと思っていたからいい大学へ進学して、コネクションをしっかりつなごうと考えていたのだ。

 それなのに…。

 どこかの有名大学に語感は近いが実態はかなり遠いところにある大学の名前が刻まれた石碑を横目にため息が出る。

 思い返すまでもなく大学受験は大失敗だった。有名大学を狙いすぎたのだ。無理だと担任に苦言を呈さているのにも関わらず。いけます。チャンスを奪わないでください。そう啖呵を切ったのはほんの少しでも可能性があるのであれば受ける価値はあるのだと思ったからだ。

 でも。軒並み不合格通知が届いて絶望しかけた。このままどこも受からなかったらそれこそそのまま結婚という流れになる。受験浪人を許してはくれない。

 諦めかけていたときに届いたのはこの大学の合格通知だった。こんな大学受けた覚えがないと思ったのだが、なんてことはない。その語感が似ている大学と間違えて受験していたのだ。

 あの頃は必死で、そんな余裕もなかったからなあ。このことは自分の中にだけ秘めたままだ。とてもじゃないが誰にも言ったことがない。母にでもだ。だから知名度はさておいて、通うことに決めた。大学の名前も重要だが、要は入ってからのやる気次第だと思うことにした。

 受かったからには成果を上げてないと通っている意味がないもの。だからといって成果なんて簡単に目に見えるようになるはずもなく、人付き合いにばかり時間が取られる毎日。

 そんな毎日に不安に思うことも多いけれど、やることはやっている気がする。この前だって勇気を振り絞って食事にも行った。

「あれ。美穂ちゃんじゃん。あの話考えてくれた?」

 ちょうど思い出していた存在の軽薄そうな声にちょっとだけ驚いたが、思い出していたおかげですぐさま誰だか把握する。お金は持っていると言うアピールのもと、先日一度だけふたりっきりで食事をした先輩だ。名前は鎌田かまたという。実のところ美穂からすれば、母の言うところのいい男候補のひとりだ。

 振り返るとモデルみたいにスラッとしているけど、どこか不健康そうな体格と金髪が色落ちしたままのくすんだままのボサボサヘアー。どこか余裕のあるその風貌は遠くからでも目立つし、全体の印象はかっこいいに尽きる。そんな先輩は知り合いも多く辺りに挨拶を交わしながらこちらに近づいてくる。

 わざわざ近づいてきてくれたんだと、少しだけドキドキする。わざわざ千尋たちと遊んでいたところを断って食事に行った甲斐はあったのかも。

「他のメンツも楽しみにしてるしさ」

 そう続けて誘っているのは内輪のボードゲーム会だという。一応ボードゲームサークルに席を置いているこの先輩はボードゲーム自体にあまり興味はないらしい。だからなのか先日のセカンドダイスでのサークル会にも顔を出してはいない。

 美穂と同じでコミュニケーションツールとしてのボードゲームを楽しむ人。そのため、ルールもあまり難しくなくみんなで、わいわいと騒げるものを選ぶことが多く、誘われている会もそんなに難しいゲームはやらないみたいだと聞いている。

「えー。もうちょっと考えさせてください。試験もあるしー」

 本当に悩んでいるわけではない。あまりに簡単にホイホイ付いていくのもどうかと思っているだけだ。ちょっと焦らすくらいが丁度いいというのもあるが、もともとの性格が臆病なのだ。この前の食事だって散々悩んだ末にようやくOKをしたところだった。

 だからと言って、続けざまに誘われてついていくのは怖い。いや、続けざまだから怖いのか。もうちょっと時間を置いてからならついていったかもしれない。

「そっか。来たかったらいつでも言って。毎月やってるからさ」

 そう言って鎌田先輩は去っていった。離れた直後から違う人に囲まれ始めているのを見ると人気はあるのかもしれない。

 やっぱり鎌田先輩と一回ボードゲームしたいかも。そう思っていても気持ちはいつだって揺れ動いている。直感でわかれば良いんだけど。そう不満にすら思う。そうして、どうしてだか千尋の顔が思い浮かんでは頭の片隅に居座るのだ。

 なんであんたが出てくるのよ。そう自分にツッコミを入れつつ千尋の顔を振り払う。それよりも今は試験に集中しなきゃ。そうキャンパスをにらみつけるようにしながら歩き始めた。
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