ボドゲデイズ

霜月かつろう

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相手になりたい

相手になりたい その10

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 結局この週末も誘えなかったな。そう敬子はちょっとの後悔を胸にセカンドダイスへと向かっていた。

 駅前の通りは人通りも多くて、少しぼーっとしているだけで邪魔になりかねないので常に周りに気を使いながらだ。

 昔から自分のことを俊敏に動ける方だとは思っていなかったけれど、こうも意識しないと歩けないと自覚したのは最近のことだ。というか子どものころに住んでいた場所にこんなにたくさんの人がいなかった。

 周りに気を使う必要がなかったのだから自覚できなくても仕方のないことだろう。

 昼間の駅前通りは仕事休みのスーツ姿のサラリーマンで溢れている。みんな食事処を探しているのか、わいわいと話をしながらキョロキョロと辺を見渡している。それが敬子からすると危なかっしくて不安にさせる。

 あの人と歩くとほんとに楽なんだな。

 毎日会っているのにそんなことを思うなんて、随分と惚れ込んだなと自分のことながら甘酸っぱい気持ちになってしまう。

 出会いのきっかけはそれこそボードゲームだ。大学の友人が夢中になりはじめていたボードゲーム。それの集まり……いわゆるボドゲ会と呼ばれる集まりに参加したのは今思うと気の迷いでしかない。

 近所の公民館の一室を借りて行われていたその定期的なボドゲ会は主に男性ばかりで女性は珍しかったのもあって、すぐさま大勢の人に囲まれて戸惑ってしまったのをよく覚えている。

 そんな中で大丈夫ですか?なんて声をかけてきたときは友人と警戒心むき出しで返事をしてしまったような気がする。それでもボードゲームの魅力を伝えようと必死になっていた旦那に惹かれていったのは確かだ。

 結局こちらが根負けして同じテーブルを囲うことになった。しかしすぐに警戒は溶けていった。なにせ懇切丁寧にルールの説明をしてくれたのが印象的だった。そこには余計な感情は一切なくボードゲームの楽しみ方を必死に伝えようとしていた。好感を持ったのは確かだけど。この人だと一目惚れをしたとか、そういうのではない。ただ単に丁寧な人だとボードゲームがほんとに好きなんだなと思っただけだ。

 そこからどう仲良くなったのか、細かい経緯は覚えていない。ボドゲ会で回数を出会いの回数を重ねていった結果だ。

 旦那は一生結婚する気はないと言い張っていたのを無理やり押し通したのは敬子の方からだ。どうしてそんなことをしたのかはわからない。全部恋がいけないんだということにしている。

「あー。走っちゃだめだって」
「えー。早く行こうよー」

 小学生になったばかりであろう子どもが目の前から走ってきて敬子の横を走り去っていってようやく現実に戻ってきた。

 そうしたから初めて街の中に子どもが多いのに気がついてそう言えば夏休みの頃だと気づき、そういいものに触れる機会がなくなるとこうも関心がなくなるのかと少し反省する。

 もしかしたらセカンドダイスも混んでいるのかもしれない。

 慌てて歩く速度を上げた。

「あっ。小室さんごめんなさい。今日は全席埋まっちゃてて。ナイトタイムまで空きそうにないんです」
 悪い予感というのはこうも簡単に当たるのかと思ってしまうほど智也君は申し訳なっそうに頭を下げているのを見ながら思う。

「店長も今日はお祭りの打ち合わせがあって留守にしてるんです」

 そういえば近々、お祭りに出店するんですなんて息巻いてた店長を思い出す。あの時もなんだかとても楽しそうに見えた。

 わいわいと賑やかな店内をひょこっと覗き込んで見る。もしかしたら、この前一緒に遊んだ三人がいるかもと思ったからだ。

 結局、ハルが覗き込んだ場所にハコオンナは居なくて、脱出する方法のひとつを失った敬子たちはそのままズルズルとチヒロのハコオンナへ引き込まれていった。なんだかんだで、ハコオンナの手伝いをするのも楽しかった。最後ミツルを追い込んだのは箱人となった敬子だったりもする。

 いたらまた一緒にと思ったのだけどそう上手くはいかないみたいだ。

 夏休みらしくそこには普段見慣れない親子連れの姿が多く見られた。どのテーブルも子とふたりで遊んでいる。相席テーブルをみてもそれは同じで見覚えのある常連さんが知らない親子と遊んでいる。その姿は微笑ましく思えた。

 旦那の方針じゃなきゃ子どもを産んだりしていた可能性もあったのだろうか。

 ふとそんなことを考えてしまっている自分に気づき、ここにいるのは余計は事ばかり考えてしまうのを避けるためにお店をあとにすることを決意する。

「のんびりし過ぎたのね。またの機会にお願いすることにするわ。こちらこそごめんなさい」

 そう言ってもなお申し訳無さそうにする智也君に好感を持ちながら、はて、どうしたものかとセカンドダイスの入っているエレベーターを待ちながら考える。

「あちゃー。今日満席なんですかー」

 エレベーターに乗り込むとすれ違うようにセカンドダイスへ入ろうとしたふたり組の高校生か大学生くらいの男の子たちが声を上げたのでエレベーターの扉を閉めずに開けっ放しにする。

「またきますね」

 そう気軽に返している相手は智也君に対してだろう。こちらに気がついて軽く会釈をしながらエレベーターに入り込んでくる。

「なあ。どうする?どっか違うところあったっけ」
「売ってるところなら知ってるけどあそこ遊べたっけな。なあ、調べてみてよ。ネットで調べればなんかあるかもよ」

 そう話しているのを聞いて、そういう手もあるのかと思わず納得して頷いてしまった。セカンドダイス以外のボードゲームカフェがあるだんて思いもしていなかったのだけど、それこそそんなはずはないのだ。

 ありがとうと心の中でお礼を言ってからカバンからスマートフォンを取り出して、四苦八苦しながら検索をする。

「おっ。なんかひとつあるみたいだぜ」

 そう言ってエレベーターから出ていくふたりを見送る。まっ、あとをついていけばいいか。そう軽くかんげてスマートフォンをカバンに戻すと、ひっそりと彼らの後ろを見失わない程度に離れながら歩き始めた。

 正午ごろでないと日も差し込まない路地裏をずんずんと進んでいく若者ふたり。その後をひっそりと歩くのが流石に怪しくなってきたので一旦足を止めた。

 こんなところにボードゲームカフェがあるのかしら。と、そう不安が頭を過り始める。もしかしたら早まったのかもしれないとも考え始める。人通りが少なくなってきた時点で足を止めるべきだったのかもしれない。

「こんなところで止まってると危ないですよ」

 後ろから声をかけられて小さく悲鳴を上げてしまう。そこにいたのは利発そうなチヒロたちと同じくらいの年頃の女の子だ。

「この先にはボードゲームスペースが一軒あるだけですし、割と危ないところなので。じゃ」

 そう用件だけ告げて去っていく彼女はその一軒しかない建物に向かっていく、それを逃したらきっと一歩を踏み出せないと思って彼女を呼び止める。

「あ、あの。そのボードゲームカフェに用事があるんです。よければ一緒に行ってくれせんか?」

 その言葉を聞いて振り返った彼女の顔は驚きに満ちていた。
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