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相手になりたい
相手になりたい その13
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「店長帰ってきてます?」
セカンドダイスへ再び訪れたとき、智也君が意外そうな顔で迎えてくれた。そりゃそうだ。さっき来たばかりですぐに帰った客が息を切らしているのだ、どうしたのかと疑問に思わないほうがどうかしている。
店内は広くないので一通り見渡して、店長がいないことも確認して少し落ち着いた。
「まだ帰ってないですけど。どうかしたんですか」
そう智也君に問われて言葉に詰まってしまう。どうかしたんだろうか。実際になにかあったわけではない。客観的に見ればボードゲームで遊んで帰ってきただけだ。ミホに少し嫌な気分にされたけれど。それも、どうやら敬子のためだったと思うと責めるつもりもない。
ボードゲームで賭け事をしてるんです。そう言ったところで店長がなにか出来るわけでもないし、警察に駆け込むような内容でも当然ない。なにより状況から敬子がそう思っているだけで実際違う可能性だってある。純粋にボードゲームを楽しんでいるだけかも。
だったら私はどうしたいんだろうと。敬子自身、そこで悩んでしまった。
「小室さん?」
固まってしまった敬子を智也君が不思議そうに覗き込んでくる。巻き込むわけには行かない。店長に頼むのですらおこがましいのだ。でもほかにどうしていいのかわからなかった。でもどうにかしなければならないという焦燥感だけが残る。
「店長が戻ってきたら連絡いただけるようお願いしていいですか?」
店長と連絡先を交換する関係ではないので、メモ用紙を借りると、電話番号の書いて智也君に渡した。
「なにかあったんですか?」
好奇心なのか純粋に心配してくれているのか、どちらにせよいい子だなと思う。同時に余計に巻き込みたくないと思う。
「いいえ。ちょっと気になることがあっただけだから。気にしないで。また来るわね」
そう言ってエレベーターへと向かう。誰かと話してようやく、冷静さを取り戻せている気がしてきた。それでも。まだ。足は地面から離れてるみたいに思える。
そもそもミホが敬子の想像したことをまったく考えていなくて、単に嫌な子で、仮登録もこれで完了していて、支払い請求が来たらどうするのだ。
そうだとしたらとんだ道化だ。
そうなるとやっぱり素直に支払わなければならないのだろうか。クーリングオフは可能なのだろうか。鎌田とかいう人がもし怖い人だったりしたらキャンセルしに行ったら怒鳴られたりするのだろうか。そんな闇金みたいなことにはならないのか。
帰ったら旦那に相談しないと。ふーんと興味を示さないのだろうか。いや、そこまで夫婦関係は冷めきっていないと思ってはいる。思っているだけかもしれないが。
スマホが震えだす。いつも急に震えるから驚いてしまう。たとえ自分で設定していてもだ。
店長からの電話だと確信しながらディスプレイを見つめて固まってしまった。
旦那からだ。
珍しいこともあったものだ。いつもはこちらからかけるくらいで向こうからかかってくることはない。用件ががってもメッセージツールを使ってひとことふたこと送ってくるだけ。
よっぽどのことがあったのだろうか。
「もしもし」
緊張しながらその電話に出る。
「ああ。俺だけど」
それは知ってる。俺なのも声を聞けばわかる。
「この前に気になってるって言ってたボドゲってなんだっけ。パッケージ見てかわいいとか言ってたじゃん」
思いがけない質問に敬子は思わず固まってしまう。こんなことは初めてだ。そして記憶をたどる。確かにセカンドダイスに可愛らしいパッケージがおいてあったのを見て気になった話をした気がする。でも、それをわざわざ覚えている旦那だったか。
「確かトレンドみたいな名前だったと思うけど」
「それってトレンディ?」
一泊置いた後、旦那がそう切り返してきてちょっとだけズレていたらしいと気付く。
「多分そう。ちょっと昔の雑誌の表紙みたいなの」
「やっぱりそうか。ちょうど見つけたから買って帰るんだけど。帰ったらそれで遊ぼうよ。久しぶりにさ」
なんでこんな日に限ってそんな提案をしてくるのだろう。そんなにアピールしたつもりはない。
「ここんところずっとなんかそわそわしていただろ。前と違ってボドゲやりたそうな感じがしたからさ。どうよ」
そんなことを考えている場合じゃなかったはずだ。ミホの事も気がかりだし、賭けボードゲームが近くで行われているなんて、いいことではないし、その人たちがセカンドダイスに来るようなことは避けたい。
でも。
『旦那さんに相手してもらいたいんでしょう?』
そうミホの声が頭の中に残っている。ずっと相手になりたいのだとそう思っていた。でも違うのだ。
相手をしてほしいのだ。
届いた箱を開けるときの嬉しそうな表情をもっと見せてほしい。
休みの日にほっとかれるのも嫌だ。楽しそうな声が聞こえてくるのを聞いていたくはない。
ボードゲームが上手になれば相手をしてくれるのかもとそう思っていたけれど。そうじゃなかった。
全部、今日ミホに教えてもらったこと。
あの怖い顔を思い出してもしからしたら敬子のことを心配していた表情だったのかもしれないと思う。
そうしたらミホはやっぱり優しい子なんだ。
「あのね。帰ったら相談したいことがあるの。ボードゲームをする前に」
相談してなんとかなる問題でもきっとない。それでも手を差し伸ばしたいと思った。
きっと勘違いだったとしても慌てている敬子を見てミホなら、なにしてるんですか。そう。きっと笑ってくれる。そんな気がしたんだ。
セカンドダイスへ再び訪れたとき、智也君が意外そうな顔で迎えてくれた。そりゃそうだ。さっき来たばかりですぐに帰った客が息を切らしているのだ、どうしたのかと疑問に思わないほうがどうかしている。
店内は広くないので一通り見渡して、店長がいないことも確認して少し落ち着いた。
「まだ帰ってないですけど。どうかしたんですか」
そう智也君に問われて言葉に詰まってしまう。どうかしたんだろうか。実際になにかあったわけではない。客観的に見ればボードゲームで遊んで帰ってきただけだ。ミホに少し嫌な気分にされたけれど。それも、どうやら敬子のためだったと思うと責めるつもりもない。
ボードゲームで賭け事をしてるんです。そう言ったところで店長がなにか出来るわけでもないし、警察に駆け込むような内容でも当然ない。なにより状況から敬子がそう思っているだけで実際違う可能性だってある。純粋にボードゲームを楽しんでいるだけかも。
だったら私はどうしたいんだろうと。敬子自身、そこで悩んでしまった。
「小室さん?」
固まってしまった敬子を智也君が不思議そうに覗き込んでくる。巻き込むわけには行かない。店長に頼むのですらおこがましいのだ。でもほかにどうしていいのかわからなかった。でもどうにかしなければならないという焦燥感だけが残る。
「店長が戻ってきたら連絡いただけるようお願いしていいですか?」
店長と連絡先を交換する関係ではないので、メモ用紙を借りると、電話番号の書いて智也君に渡した。
「なにかあったんですか?」
好奇心なのか純粋に心配してくれているのか、どちらにせよいい子だなと思う。同時に余計に巻き込みたくないと思う。
「いいえ。ちょっと気になることがあっただけだから。気にしないで。また来るわね」
そう言ってエレベーターへと向かう。誰かと話してようやく、冷静さを取り戻せている気がしてきた。それでも。まだ。足は地面から離れてるみたいに思える。
そもそもミホが敬子の想像したことをまったく考えていなくて、単に嫌な子で、仮登録もこれで完了していて、支払い請求が来たらどうするのだ。
そうだとしたらとんだ道化だ。
そうなるとやっぱり素直に支払わなければならないのだろうか。クーリングオフは可能なのだろうか。鎌田とかいう人がもし怖い人だったりしたらキャンセルしに行ったら怒鳴られたりするのだろうか。そんな闇金みたいなことにはならないのか。
帰ったら旦那に相談しないと。ふーんと興味を示さないのだろうか。いや、そこまで夫婦関係は冷めきっていないと思ってはいる。思っているだけかもしれないが。
スマホが震えだす。いつも急に震えるから驚いてしまう。たとえ自分で設定していてもだ。
店長からの電話だと確信しながらディスプレイを見つめて固まってしまった。
旦那からだ。
珍しいこともあったものだ。いつもはこちらからかけるくらいで向こうからかかってくることはない。用件ががってもメッセージツールを使ってひとことふたこと送ってくるだけ。
よっぽどのことがあったのだろうか。
「もしもし」
緊張しながらその電話に出る。
「ああ。俺だけど」
それは知ってる。俺なのも声を聞けばわかる。
「この前に気になってるって言ってたボドゲってなんだっけ。パッケージ見てかわいいとか言ってたじゃん」
思いがけない質問に敬子は思わず固まってしまう。こんなことは初めてだ。そして記憶をたどる。確かにセカンドダイスに可愛らしいパッケージがおいてあったのを見て気になった話をした気がする。でも、それをわざわざ覚えている旦那だったか。
「確かトレンドみたいな名前だったと思うけど」
「それってトレンディ?」
一泊置いた後、旦那がそう切り返してきてちょっとだけズレていたらしいと気付く。
「多分そう。ちょっと昔の雑誌の表紙みたいなの」
「やっぱりそうか。ちょうど見つけたから買って帰るんだけど。帰ったらそれで遊ぼうよ。久しぶりにさ」
なんでこんな日に限ってそんな提案をしてくるのだろう。そんなにアピールしたつもりはない。
「ここんところずっとなんかそわそわしていただろ。前と違ってボドゲやりたそうな感じがしたからさ。どうよ」
そんなことを考えている場合じゃなかったはずだ。ミホの事も気がかりだし、賭けボードゲームが近くで行われているなんて、いいことではないし、その人たちがセカンドダイスに来るようなことは避けたい。
でも。
『旦那さんに相手してもらいたいんでしょう?』
そうミホの声が頭の中に残っている。ずっと相手になりたいのだとそう思っていた。でも違うのだ。
相手をしてほしいのだ。
届いた箱を開けるときの嬉しそうな表情をもっと見せてほしい。
休みの日にほっとかれるのも嫌だ。楽しそうな声が聞こえてくるのを聞いていたくはない。
ボードゲームが上手になれば相手をしてくれるのかもとそう思っていたけれど。そうじゃなかった。
全部、今日ミホに教えてもらったこと。
あの怖い顔を思い出してもしからしたら敬子のことを心配していた表情だったのかもしれないと思う。
そうしたらミホはやっぱり優しい子なんだ。
「あのね。帰ったら相談したいことがあるの。ボードゲームをする前に」
相談してなんとかなる問題でもきっとない。それでも手を差し伸ばしたいと思った。
きっと勘違いだったとしても慌てている敬子を見てミホなら、なにしてるんですか。そう。きっと笑ってくれる。そんな気がしたんだ。
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