ボドゲデイズ

霜月かつろう

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セカンドダイス

セカンドダイス その5

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 スマホに表示されている案内通りに歩いてたどり着いたのはビルでもないんでもない、住宅街のアパートと思われる建物で。

「えーと。ここだよね?」

 隣にいる智也君に思わず聞いてしまった。僕に聞かれても……。そう智也君も困った顔をしている。だって君がくれた情報じゃないかとちょっとだけ思う。

 一緒に智也君がいるのは彼が情報提供者であるからなのだが、ひとりで行くことを心配されたからでもある。

 アパートの下にあるポストでそれらしき名前を探すけれど。当然、探しているような表札は見つからない。

「でも、ここっぽいですかね」

 そう智也君がひとつのポストを指差す。

 他のポストは普通に名字が書かれているのにもかかわらず一箇所だけ書かれていないところがあった。単に使われていないだけとも考えられたが、中身が空っぽなので、少なくとも定期的に誰かが中身をチェックしているのだろう。

「そうだよね。場所はここを指してるから間違いないんだろうね」

 智也君に持っていたスマホを見せてあげると、器用に指で操作して確認してから、ふむと小さく呟いた。

「ゲームスポット、ツヴァイ。ボードゲームで検索しても引っかからないはずですよね。だってボードって名前に入ってないんですから」

 スマホに表示されたお店(?)の名前を読み上げる智也君に頷き返す。ボードゲームを游ぶ場所でボードゲームという言葉を出さない。そんな手段があるだなんて思いもしなかった。

 智也君がここを見つけてきたのもほんの偶然というか、こんな人が多くもなく少なくもない地方都市でボードゲームというものをやっていたら必然とも言うのだろう。

『大学のサークルの人の知り合いがそれっぽい場所知ってるって言うんですよ』

 あれ?君はいつサークルになんか入ったんだい。それもチヒロちゃんのためなのかい。そう野暮なツッコミをこらえながら聞いた場所がここだ。

 ここまできておいてなんだけれど。どうやってコンタクトを取ろうか悩んでしまう。普通に遊びにきたんですと言って入ってしまえばいいものか。

「ここまできたら勢いですよ。店長。行きましょ」

 ずんずんと進む智也君の背中が頼もしく見えるし、その勢いが心配にもなる。若さってこいうことなのかなんて、ひとり物思いにふけていたら、おいていかれそうになって思わず小走りで追いかける。

「えっと。この部屋みたいですよ」

 智也君が立ち止まったのは一階の角部屋だ。話し声はしているので誰かいるのは間違いなさそうだ。

 どうしようかと悩んでいる間に智也君がドアをノックする。これも勢い。どうするつもりなんだいと聞く暇はない。

 トントン。

 軽い音が静かな住宅街にやけに響いた。続けて中からはぁい。と人の声がする。この声が鎌田という人だろうか。

 ガチャっと音を立てて扉が開く。

「どちらさまで?」

 出てきたのは若い男性だ。こちらを見て不審がっている。

 智也君とあんまり変わらないようにも見えるけど。どうなのだろう。そういうのがわからなくなったのも年齢を重ねたからか。先程から余計なことばかりに思考が巡る。

「えっと。ここでボードゲームを遊べるって聞いたんですけど。急に来て遊べるものなんですか?」

 堂々としている。智也君いつからそんなに頼もしくなったんだ。隣で見ていることしかできない公彦はオロオロしないようにするだけで精一杯だ。

「んー。ここってあんまり宣伝してないんですけど、誰の紹介ですか?」

 なんだか怪しまれている感じがする。でも、智也君は自信満々にサークル知り合いから聞いたであろう名前を告げていて、それを聞いた彼もなんだか思い当たる節があるようだ。

「ああ。彼か。広めないようにお願いしてたんだけどなぁ」

 困ったようにするのはなんでだろうか。商売しているなら広まったほうが良いはずなのだ。なにを不満に思うことがあるのだろうか。

 あやしい。

 実際の反応を見てみて思うことはそれだけだ。やっぱり来て正解だった。

「まっ。来たっちゃんだから仕方がないですね。入ってください。後ろのおじさんもご一緒ですか?」

 一緒です。その言葉が少し不機嫌そうになってしまっていたのか気になる。営業で飛び込んでいた時には毎日のように感じていたことなにな。思い出すことが少なくなっていた過去を思い出してばっかりだ。

 案内された十六畳ほどのワンルームはおそらく元々二部屋であったのを壁を取り壊して大きくしたのだろう。すこし、いびつな長方形をしていた。畳ではなくフローリングで壁にはボードゲームが並べられている。それだけで十分圧迫感を感じる部屋なのだけれど。その真ん中に四人掛けの机がふたつ置かれているのだから余計に人が動けるスペースは少ない。

 どうしてもセカンドダイスの店内と比べてしまうし、これでは商売にはなっていないな。なんて上から目線で考えてしまう。どちらかと言うと大学のサークル室に似ているなと、懐かしさを感じるくらいだ。

 違う違う。今日はそういうのを見に来たんじゃない。

 人は智也と自分を除けば、四人机を見ると見覚えのあるコンポーネントが並べられているところを見ると遊んでいる途中だったのだろう。

「こっちはもう少しで終わりそうなんですけど、そしたら混ざりますか?それともふたりで遊んでいくだけです?」

 おや。と、智也君と思わず顔を見合わせてしまった。てっきり聞いていた通り契約書みたいなものを書かされると思っていたし、料金が発生するものだとも思っていたからだ。

「せかっくなんで、混ぜてもらいたいです。それまでこっちで遊んでていいんですよね」

 智也君がすかさず、そう提案する。

「いいですよ。何をするかはあとで決めるとして。あっ。ボードゲームは適当に棚から取っていいんで」

 初対面の人に対して、随分と雑な案内だとも思うけれど、そういうスタイルなのだろうか。いや、なんだか少し違う感じがする。この扱いはもっとフランクな付き合いだ。それこそ覚えがある。同じものが好きな同士が、その好きなものを語るために集まるその場所。
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