人工授精と女たち

紫夜(シヨ)

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美穂 ―みほ―

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『美穂って、男受けする身体してるよね』
 そんなことを面と向かって言われたのは、いつのことだったか。おかげなのか男に困ることはなかったが、私はそっち方面には興味が持てないと気がついてからは、控えていた。
 人工受精法であれば、男とそれ以上の関係を持つ必要もないし。政府の満足も少子化対策にも貢献して文句ないでしょ。子どもは引き取って貰ってもよかったんだけど、母と父が喜ぶものだから引き取った。
 あとはできたらそっち方面に淡泊で、最初の子を認めてくれる男と結婚すれば――


『美穂、やっぱり子ども作ろう』

 ――は?

「……」
 カーテンをきちんと閉めなかったのか、隙間から漏れる一筋の光が眩しい。こんな時だけ有限実行な夫に付き合った身体が思い。
「起きないと仕事……朝よ」
 無駄に幸せそうに見えるのはひがみだろうか、雅史さんを揺さぶって起こす。
「ああ、おはよ」
 寝起きに瞼にキスをする夫。――彼が幸せであればあるほど、今の私はどん底だ。

 結婚から二年。自分の血を残したいとか、時代錯誤なことを言いはじめた夫。『もちろん智哉もかわいいさ、でも――』
 ~~、でも~~
 彼が自分の言い分を押し通す時はいつもそう。幸か不幸か最初の子、智哉に対する雅史の対応に不満はない。……飲んでいるピルをこっそり続けようかと思ったけど、その分抱かれる回数が相対的に増えるのであれば……子どもを作ったほうが解決は早いのかもしれない、と。諦めたのだが……

「いってきます」
「いってらっしゃい」
「これ出しとくよ」
「ありがとう」
 目的を達するためかかいがいしい夫はゴミを持って行ってくれた。
 浮かれた笑顔に時々、殺気がわくわ。

 友人に話を持ちかけても、『え? 雅史さんとの子! きっとイケメンだよ!!』と理香はいい。『産むなら早いほうがいいんじゃん』と、彩には興味なさそうにされた。私は、そもそもセックスが好きじゃないと話をしていなかったせいで、本当に聞いてもらいたいことは一言も言えなかった。――立場も、立っている場所も、優先順位も、大事にしたいことも、もう、どこか違う私たち。学生時代とは違う。

「おやすみ、智哉」
 2歳になったばかりの息子の額にキスをして、寝かしつける。子ども部屋から下に降りる。片づけを終わらせないと……はぁと息をついて、リビングのソファに腰かける。
 智哉の時は母がいてくれたからいいものの……
「美穂」
 コーヒーを入れてきた雅史さんが隣に座る。あいまいに笑いつつ、お礼を言ってコーヒーに口をつける。
 少しして、体を密着させるように隣に腰かける雅史さんに腰を抱かれた。引き寄せられ、執拗に――口づけを受ける。それは戯れのような軽いものかと思いきや――途中で何度息継ぎをしたかわからないほど数分に渡った。
「ま、さし、さ……」
「なぁ、美穂。いいだろ?」
 確実に自分の血を引く子を持ちたいとか、子どもなんていらないと婚前に言っていたことを平気で覆す、この男。
「……ここで?」
 毎朝家族が集う、リビングで。テレビもつけっぱなしで、明るくて。
「智哉は寝たんだから、大丈夫だよ」
「でも、ソファが汚れちゃう」
「耐えろよ」
「そんなっ!? ~~~!!」
 早速下着越しに窄まりに触れられて、慌てて口を手でふさいだ。
「まだキスしかしてねぇのに、ぐちゃぐちゃだな」
 下着の恥ずかしい水たまりを広げるように、布越しにそこをなでつける。
「――っ! ――ふ!! んんんーー!! !?」
 縦になぞるような動きに耐えていた私は、彼が布越しに指を入口に押し込むと同時に目を見開いた。
 布に動きを制限されて、奥までは入ってこない。彼の指。いつも、それが私の中をかき回して、狂わせて、彼の望む卑猥な言葉を何度も叫んだり、とても口に出せないような恥ずかしい格好をさせられたり、する。その指が。入り口だけを布越しにこする。布の質感が、中に押し込まれる。
 いつまでたっても、好きになれない。
「溢れすぎだろ」
 呆れたような雅也さんの声に、ぴくりと体が震える。
「――感じたの?」
「~~~~! いじ、わる」
 ぷいっと、顔をそらすと、追いかけるように口づけてきた。
「すねないで、お姫様――移動しようか?」
 彼がテレビを消して、立ち上がる。片づけはまだ途中だが、次の日になっても雅史さんは何も言わない。と言うかむしろやっておいてくれたりする。
 片付けも家のこともするから、抱かないで欲しい。

 これじゃぁ、仕事はするから結婚はしないわって言う。彼女みたい――

 私を抱きしめて、近づいてくる彼の顔に目を閉じる。太ももの裏に回った手が私の足を持ち上げ、より一層、彼に密着する――
「―――!?」
 はく、はく、と、突然のことに空気を求めて喘ぐ。
 片足を持ち上げた彼はそっとショーツをずらして、いきり立ったそれで緩み始めた秘所を刺し貫いた。
 楔で、くし刺しにされ――
「……やっ……ぬいっ……!」
 遅れて快感を処理した脳に、思考が追いつかない。
「――行こうか」
 抱き合うように抱えられ、浮いた足が必死に彼の腰にしがみつく。支えを求めた腕は彼の首に回りより密着する。
 今、私の体を支えているのはすがるものを求め彼の首に回った私の腕と、彼自身と足を抱え込んで背中に回った、彼の腕。
 ――行く?
 まるでリズムがずれた音楽を聞いているかのように、彼の言葉が遅れて入ってくる。
「……ああ! あん! あっ! やっ!? ――!!? ふ、ふかーー!!!」
 彼が踏み出す一歩に合わせて、甲高くのどから突いて出る自分の声。それ以上に響く水音が、ぐちゃぐちゃと、熱を煽る。これ以上ないほど泡立った音に慌てて下を向くと、少しだけぬけた彼自身をこれ以上ないほど濡らしたそのしずくが、彼の下半身から床まで伝っていた。
 差し込まれた時からそうだが、これ以上ないほど奥を突く彼自身が、歩くことでより一層深く、また、奥をぐりぐりとえぐる。
「あー! ああーー!! おく、おくがーー!!」
 鼻をつく、におい立つそれが、自分のもので、いつもより広い空間にしみこんでいく。階段を伝って二階にまで届いているのだろうか。家中に広がって行くことに耐えられそうもないのに、――いつもより自分のにおいが濃い。
「……っ! ……ま……だ……奥っ……あああ!!」
 だんだん、自分が何を言っているのかわからなくなってきた。距離にしてみれば、階段下まで。十メートルもない。
 私の思考は、飛んでいた。
「美穂、そんなにいい?」
 雅史急に立ち止まって、ゆさゆさと揺さぶる。
「だめぇーーー!!!」
 口の端から漏れるのは、唾液だろう。それと、湧き上がった泉からこぼれたそれも溢れている。じゃぶじゃぶとひどい水音がする。
「たす……たすけ……」
「……くっ」
 これ以上ないほどうごめく私の中は、さっきからずっと彼を締め付けている。普段の圧迫感に加えて、一番奥を刺し貫かれて、私の頭は限界を超えていた。
「……階段か……」
 低い呟きを拾って、これ以上の何かが起こるのかと思って、必死で彼に縋り付けば――私の最奥で、彼が果てた。
「おいしそうに飲んでる」
「あああーーーー!!!」
 一拍、遅れて、灼熱を最奥で受け止める形に気がついた私の思考は、そこで途切れた。

***

 次の日、気がついた時にはもう雅史さんは仕事に出かけていた。書置きと、簡単な朝食を残して。
 筋肉痛を訴えるからだが、別の痛みを主張してきたのは、午後になってからだった。
「ははは……」
 筋肉痛に加えて、生理痛って……
 このことを告げれば、雅史さんはひどくがっかりした顔で、次があるとか言い出すのだろう。

 ――今なら、まだ。間に合うのかもしれない。

 私は浮かんできたほの暗い思考に、身を任せようか悩み――引き出しの奥にしまい込んでいたピルの入った袋をそっと手に取り、その下の緑色の紙を見つめる。

 そう、今なら――
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