死神勇者は狂い救う

製作する黒猫

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16 恐れたのは

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 森を進んでいくと、私の腰の高さほどの大きさの魔物と3匹くらいあって、アルスが倒してくれた。リテは、私の隣でずっと護衛をしてくれている。

「どうだ、サオリ。魔法は使えそうか?」
「・・・ごめん。全く使えそうにない。緊張感はあるけど、アルスが倒してくれるってわかっているからか、あんまり怖くないし。リテも守ってくれているからね。」
「ま、そうだよな。だからって、サオリを危険なめにあわすわけにはいかないし・・・ま、気分転換にはなったか?」
「そうだね。ありがとう。」
「そうですね、城にこもりきりというのは、気分が滅入ったでしょう。多少危険で心配しましたが、気分転換になったのならよかったです。」
「ははっ。本当に危険は感じませんでしたけどね。アルクもリテさんも強いんですね。」
「騎士ですからね。ですが、油断は禁物です。そろそろ戻りましょうか。」
「そうだな。これ以上奥に行くと、大型の魔物もいるし。戻るか。」
 アルスを先頭に、私たちは来た道を戻る。
 小さな冒険も終わりかと思えば、残念だ。最初こそ不安があったが、2人のおかげで安全だとわかれば、散歩気分で森を歩けて楽しかった。

「それにしても、サオリも度胸が付いたな。全然怖がってなかったもんな。」
「2人が守ってくれるってわかっているからね、平気だった。」
 ウォーム城に向かう途中で、盗賊に襲われたときは恐怖で怯えて震えることしかできなかった。それも今はない。2人がいるから。

 本当にそう?

 うん、そう。2人がいるから。守ってくれるってわかっているから、怖くない。
 自問自答し、納得する。

「本当に、ありがとう。」
「気にすんな。」
「当然のことです。信頼していただけているようで、嬉しいです。」
「本当にな!守ったかいがあったわ。」
 笑う2人に私も笑い返した。
 本当にいい人たちだ。でも、それでも完全には信用できていない部分もある。
 なぜなら、私はよそ者だから。それに、彼らは王国の騎士だ。国からの命令ひとつで、私に斬りかかる可能性だってあるし、私の情報が国に漏れる可能性だってある。

 心を開きすぎれば傷つくのは私だ。でも、こんな風に疑うことは嫌だし、疑う必要がない人が傍にいればいいのに。

「サオリさん、止まってください。」
 耳元でリテがそうささやいた。驚いて声を上げそうになったが、リテに口元をおさえられて声は出せなかった。
 前を見れば、アルクが腰を低くして、前方の様子をうかがっている。

「リテ、結構強いのがいる。」
「そうですか。1人で行けますか?」
「俺だけなら・・・サオリを頼んだぞ。」
「もちろん。気を付けて。」
「あぁ。」
 声を落として会話をしている2人の表情は真剣そのもので、緊張してきた。それほどの魔物が近くにいるかと思えば、震えはしないが体は固くなる。
 アルクはそんな私を見て、微笑みかけてから一人先に進んだ。

「大丈夫です。アルクは強いですから。」
 背中に大きな手が支えるようにして触れた。少し肩の力が抜ける。

 アルクの背がだんだんと小さくなっていくのを見守りながら、私は大丈夫だと自分に言い聞かせた。
 先ほどの散歩気分が嘘のようだ。


 何?

 私は振り返った。何かを感じ取ったから。それはリテも同じだったようで、2人同時に振り返っていた。

「うわー傷つく。なんで2人して俺の気配に気づくかな?リテはまだしも、素人勇者に気づかれるなんて、俺のプライドズタズタだわー。」
 そこには、ペラペラと口を動かす、口元にいやらしい笑みを浮かべた男が立っていた。

「誰?」
「第4騎士・・・マーサルの部下か。」
 リテの忌々しい口調に、あまり仲が良くないことだけはわかった。

「ご名答!流石、勇者付きのヴェリテ!あったまいいねー。」
「その口調でわかります。マーサルのコピーみたいに、同じ口調しぐさですからね、あなたたちは。」
「ま、俺らは団長をそんけーしてるからな!それは誉め言葉だぜ、ヴェリテ。」
「さようですか。」
 ヴェリテ・・・とは、おそらくリテのことだろう。リテって、愛称?みたいなもんだったんだな。

「それで、今回は豚にでも雇われたのですか?あなたたちは、金さえ積めば何でもやるという、騎士の風上にも置けないような・・・そもそも、騎士をやっていること自体不思議な騎士団ですよね。」
「それでも俺らは騎士だ。雇い主は、そう豚貴族様さ。なんでも、死を呼ぶであろう素人勇者を殺して欲しいだとよ。おかしな話だな。」
「全くですね。」
 リテは、剣の柄に手をかけた。
 私は、そんな2人の会話を震えながら聞いていた。怖い。

 この男は、私を殺しに来たんだ。しかも、この男は国の騎士で、貴族に雇われてきた。この国にも、私の居場所はないという事なのか?

「サオリさん、さがってください。」
「・・・リテ、大丈夫?」
 思わずそう聞いたのは、なぜかわからないが目の前の男がそこそこ強いと感じたからだ。

「本当なら、目をつぶって耳をふさいでいて欲しいところですが、ここでは何が起こるかわかりません。周囲を警戒していてください。・・・あの男は、私が倒します。」
「倒す!?殺すではなく、倒すか!お前、随分難しいことをやるなんて言ってくれるな。俺のプライドさらにズタボロだわ。」
 男は少し怒っているようで、最後は低い声で平たんに言った。
 男は、剣を抜く。それと同時にリテも剣を抜いた。

「ヴェリテ、お前さ、死んで後悔しろよ。」
「嫌ですね。後悔するのはあなたですよ。」
 次の瞬間、剣と剣が交じり合った。剣同士がぶつかり合う音が聞こえる。

 この音、前にも聞いたな。リテと男が戦っているのを目の前にして、私は頭の中から響く声と光景に意識を移していた。
 剣のぶつかり合う音と共に聞こえる叫び声。悲鳴。浮かぶ光景は、逃げ惑う人々。

 兵士、騎士、貴族、王族・・・みんなが同じように、平等に恐怖を与えられて、逃げ惑う。死という恐怖から逃げる。逃げられないのに。

 それを、ただ私は追いかけていた。追いかけて、追い詰めて、刺して・・・

 あぁ、もうだめだ。
 もう、誤魔化せない。だって、もうおさえられないから。

 リテと剣を交える男を見て、私はにやりと笑った。ちょうど背中を向けていたリテは気づかないが、男は気づいて目を軽く見開いていた。

 もう、恐怖はない。だって、当然のことだと思ったから。

 ずっと怖かったのは、自分自身の心だった。盗賊でも目の前の男でもない。自分自身の心だったから。
 でも、思いだした今では、その心を受け入れられる。

 殺したい。


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