死神勇者は狂い救う

製作する黒猫

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82 私は***

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 そろそろプティとマルトーが来る時間という頃、外が騒がしいことに気づき、私は窓の外を見た。
 屋敷の門の前で、多くの人が集まって怒声を上げている。これはまずいと思って、私はウォームの倉庫にいるアルクとゼールを連れてきた。


「うわ、ゼールの悪行が民衆に広まったのか?」
「・・・いいえ、あれは」
 窓の外を見て、2人は難しい顔をしていた。
 その時、部屋の扉が荒々しく開けられて、一人の男が抜身の剣を持って現れた。

「いたぞっ!勇者だ!」
「今行くっ!」
「サオリ、さがれ!」
「こちらへ。」
 アルクが私の前に出て、ゼールが私の手を引いた。
 部屋に入ってきた男は、仲間らしき人物と会話した後、アルクに斬りかかった。
 難なくそれを受け止めたアルクは、男の横っ腹を蹴って、倒れた男を踏みつけた。

「おい、大丈夫か!このっ!」
 新たに入ってきた男は、仲間がアルクに踏みつけられているのを見て、怒りをあらわにして剣を振り回したが、アルクはそれをよけて剣の柄で男の腹を殴って、気を失わせた。

「侵入したのは2人だけか。」
「ご無事ですか!申し訳ございませんでした。」
 部屋に入ってきた執事が、深々と頭を下げた。その執事に侵入者を拘束するよう指示を出して、アルクは剣をしまった。

「サオリ、怪我はないか?」
「うん、ありがとう。でも、なんで私を・・・」
 執事に縛られる男を見ると、意識がある男がこちらを睨みつけていた。確かな憎しみを感じ取って、私はその男の顔をまじまじと見たが、見覚えのない顔だった。

「お前が、お前のせいで・・・」
「黙れっ、事情は後でたっぷり聞いてやるから、そこで話せ。」
 アルクが男に手を上げようとしたので、私はそれを止めた。

「待って、アルク。」
「サオリ、こんな奴の話をまともに聞く必要はない。自分勝手な解釈で、勇者に危害を加えようとしたんだ。」
「アルクさんの言っていることはもっともですが、サオリさんの意思を尊重するべきではないでしょうか?サオリさんは、知りたいのでしょう?」
「・・・知る必要があると思う。」
 この男が、なぜ私を襲ったのか?その理由によっては、私は裏切られたことになる。

 男が私を襲った理由が、よくある逆恨みなどなら聞く価値はない。だが、ここはクリュエル。もしも、クリュエル城での出来事が理由だとしたら。

 四天王ルドルフを逃がした。それが漏れたのだとしたら・・・誰かが私を裏切ったことになる。なら、それを知ることは必要だ。
 私が、四天王ルドルフを逃がした。そのことは、仲間とルドルフたちとの間での秘密だ。それが漏れたとして、漏らしたのが仲間なら・・・その人は魔王討伐の邪魔になる。

 だけど、もし逆恨みでも、逃がしたことでもなかったとしたら、私の立場は危ういだろう。真実が漏れていた場合、私は大量殺人鬼・・・死神ピエロであることが漏れれば、追われる身になる。

 そして、拘束された男は、私に怒鳴った。

 お前がいなければ、クリュエルは滅ばなかった。

 これだけなら、誰かが裏切ったとは言えない。クリュエル城での生き残りの私が原因と考える人がいても不思議ではない。実際、ウォームにもそういう人はいた。
 だから、次の言葉が決定的だった。

 お前が、四天王さえ逃がさなければ。



「連れて行ってくれ。見張りは複数置いて逃がさないようにな。」
「念のため、地下に連れて行ってください。大事なお客様を襲ったのですから、絶対に逃がさないように。逃がしたら・・・わかっていますね?」
「はい、それはもう・・・それでは、失礼します。」
 屈強な男に侵入者を運ばせて、執事は礼をして部屋を出た。
 あの男たちは、屋敷の警備だろうか?いったい何をしていたのか・・・

 執事に指示を出す2人を見て、私は考えていた。
 アルクが裏切り者だとしたら、一番厄介だがそれはないと思う。私の能力についてある程度わかっているだろうし、裏切ればどうなるかなんてわかるはずだ。

 ゼールは、正直わからない。裏切って殺されても喜びそうだし。でも、ゼールが手引きしたなら、私が男から話を聞こうとするのを止めるだろう。それをしなかったということは、裏切っていないと思いたい。

「サオリ様、ご無事ですか!」
「何があった?」
 騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう、ルトとオブルが部屋に入って来て、ルトは私の隣に、オブルはアルクに事情を聞いていた。

 心配そうにこちらを見つめるルトが裏切るだなんて、考えられない。
 ルトは、もう私の奴隷ではない。だから、本当は疑うべきだと思うが、私は彼を疑うことはできない。

 オブルは、信用できるかといえば、できない。プティに従っていた彼だが、今はなぜかプティから離れて私のもとにいる。私を護衛するのが目的だというが、それはプティの任務の延長戦・・・つまり、彼は任務を忠実に守っているだけという印象だ。
 ただ、任務とは違った、ルトを鍛えるなどの頼みごとを聞いてもらえているので、ありがたいとは思っている。だが、だからといって信用しているわけではないので、ルトにも移動魔法のことなどは話さないように注意している。

 だからと言って、彼が裏切るとも思えない。
 なぜなら、彼がクリュエル城で私が四天王を逃がしたことを広めたとして、何の利益がある?正直思いつかない。私に恨みがあるのなら別だが、彼から憎悪など感じたことがない。

「全く、これは何の騒ぎなのかしら?」
「今日は優雅にお茶会だって聞いたから来たんだが・・・ずいぶん騒がしいな。」
 もう約束の時間だった。招待していたプティとマルトーが入って来て、私の前に来る。

「えーと・・・」
「サオリさん、後のことは私に任せて、お2人とお茶を楽しんでください。ルト・・・オブルさん、サオリさんについていてあげてもらえますか?」
「もちろんです!」
「もとからそのつもりだ。」
「いや、でもさすがにそれは・・・」
 この状況でお茶を楽しめとか言われても、無理な話だ。ゼールたちはこれから拘束した男たちから話を聞くのだろう。
 男の話から、四天王を逃がしたことを男に伝えた者の正体がわかるかもしれない。なら、そちらの方が重要だ。

「ま、ここは俺たちに任せてくれよ。」
「アルク・・・」
 私の肩を抱いて、アルクは小さな声で話した。

「あの2人から漏れたかもしれない。こっちは俺が探るから、サオリはあっちを探ってくれ。ま、考えすぎかもしれないけどな。」
 最後の方は明るく言って、私の背をプティたちの方へ押した。

「ルトも頼んだ。状況は、オブルから聞いてくれ。」
「わかりました。では、サオリ様、先にお2人と向かってください。僕たちは着替えてから向かいますから。」
「うん・・・2人共、案内するね。」
 2人に声をかけると、アルクたちは先に部屋を出て行ってしまった。一気に人が減って、少し寂しく感じる。

「大丈夫なの?」
「ゼールが大丈夫って言ってるし・・・あ、でも庭はさすがにやめた方がいいかな?」
「おらがいるから大丈夫だ。もしも侵入者が現れても、おらがバッサリ斬ってやるから、安心しろ。」
 マルトーが雑に頭をなでて、私の髪をぐしゃぐしゃにした。

「何をしているのよ・・・全く、これだから男は。」
「ガハハハ!別にパーティーに出るわけでもないんだ、いいじゃねーか。」
「そういう問題ではないのよ。サオリ、ここに座って。直すわ。」
「プティ?」
「早くしなさい。」
 なんだか優しいプティに戸惑ったが、私は言われたとおりにする。
 椅子に座れば、後ろからプティが優しく手櫛で髪を解いてくれて、ついでだといって一つに結んでくれた。

「できたわよ。似合うわね・・・その髪ひもはあげるわ。」
「あ、ありがとう。」
「髪を縛ると印象が違うな。」
「でしょう?ほら、鏡よ。」
 プティが手鏡をこちらに向けた。そこに映っていたのは、懐かしい自分の姿。

「・・・私だ。」
「ふっ。当り前よ。鏡なのだから・・・で、どうかしら?人の髪を結ぶのは初めてで、少し不安だったのだけど、うまくできているでしょう?」
「うまいと思うぞ。」
「あなたには聞いていないのよ。」
「悪かったな。」
 鏡を見つめる私の横で、2人が何事か話していたが、私の耳にはそれは届かない。

「***」
 自然と呼んだその名前は、私の耳に正しく届かない。


「何か言った?」
「え・・・何も?」
 私はぼーっと鏡を見つめていた。やだな、これだとナルシストみたいだ。

「プティ、ありがとう。私も今度何かプレゼントするね。」
「べ、別にいいわよ。それくらいで大げさね。」
 顔を赤くして目をそらすプティに、私は笑顔を向けた。

 この懐かしい感じはなんだろう?この暖かい気持ちは、昔感じたものだ。
 それを思い出せないが、私はこの気持ちを抱かせてくれたプティに感謝した。


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