死神勇者は狂い救う

製作する黒猫

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104 同じ瞳

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 つまらない。そう魔王は感じた。

 唐突に表れた人間。その数は8。どれも大した力はないが、一人際立ったものを感じる人間がいる。赤い服を着た、青い髪の女。
 それが勇者だと確信めいたものがあって、魔王は少しばかり期待をした。

 魔王は、強者が好きだ。強いものは己を高めてくれる。しかし、魔王となった時、自分より強いものは目の前から消えた。
 だが、それは二の次。ただの娯楽だ。

 魔王は、己の信念のために、魔王として動いた。それで気を紛らわせた。

 勇者が現れて、もしかしたら、という希望が湧いて、楽しみができた。しかし、その期待は裏切られたようだ。

 勇者と思わしき女は、仲間と同じように絶望していた。



 魔王城への奇襲をしたはずの勇者一行だが、あまりの魔王との力量差を本能で感じ取り、誰一人として動けなかった。
 魔王と見つめ合うこと数分、奇襲の意味はもうない。

 作戦では、リテとマルトーが最初に斬りかかる予定だったが、2人は動けずにわずかに足を震わせていた。

「何をしに来た?」
 魔王は飽きれと面倒くささを前面に出して、問う。
 同じことを、リテとマルトーは自分に問う。魔王を倒しに来たのではないか?なぜ、動かない?頭は次の行動を思い描けるのに、身体は動かなかった。

 ここで終わるのか?
 彼らが絶望したとき、背後から笑い声が聞こえた。

「はははははっ!」
 聞きなれた勇者の声。壊れたかのような笑いに、狂ってしまったのかと心配になったが、誰も振り返ることはできなかった。

 こつこつ・・・靴音が響く。

 動けない彼らの後ろから、彼らの横を通って、勇者は前に出た。
 それに続いて、力を振り絞って、ルトが勇者の後を追う。

「っ・・・サオリ様・・・」
「サオリ、ルト・・・俺も!」
 意を決して、アルクもその後に続いた。先ほど感じていた絶望は、明瞭になって彼らに襲い掛かり、だからこそ彼らは動くことができた。

 このままでは、サオリを失う。それが嫌で、2人は恐怖を押し殺して、進んだ。

 こつんっ。
 規則正しく響いていた靴音がなりやむ。

 勇者は、顔を上げた。
 赤い瞳は、絶望と侮蔑を物語る。その様子に、魔王は勇者の評価を訂正した。面白そうだと。

「初めまして、魔王。私は、勇者。あなたを殺しに来た。何か聞きたいことはある?一応、人類を苦しめる程度には強い、強者のあなたに対して敬意を払って、何でも答えてあげるよ。知りたいことがあるなら、知ってから死にたいでしょ?」
 勇者の赤い瞳は、魔王と同じ感情がうかがえた。だからこそ、魔王は笑う。

「我を殺すか?実にいいっ!では、聞こうか勇者よ。お前は、我より強いか?」
 その問いに、勇者は虫けらでも見るように魔王を見て、面倒そうに言った。

「あなたに脅威を感じない。あなたの倒し方を考えていた私は、愚かだった。」
「そうか、ならば・・・」
 魔王から、黒い霧があふれだした。

「なんだ、あれは・・・サオリ、今のうちに攻撃を!」
「いいよ。みんなはさがっていて。私が一人で終わらせるから。」
 振り返らずにそういうサオリを見て、アルクとルトは同時にサオリの肩を掴んだ。

「馬鹿を言うな!今まで頑張ってきたんだ、俺たちも!」
「そうです!今日この日のために、努力しました。その努力を試させてください!」
「・・・動けるの?さっきまで、みんな固まっていたじゃない。いや、今も固まっているか・・・」
 その言葉に、いまだに動けずにいたメンバーは、情けなさにうつむいた。

「・・・私も、戦うわ!」
 俯けた顔を上げて腹の底から声を出し、恐怖を吹き飛ばす様に、プティは宣言した。青ざめた顔をしているが、しっかり杖を構えて戦闘準備はできている。

「サオリさんは、さがっていてください。僕たちが前に出るって話でしたでしょう?」
「そうだぜ。ちょっと立ち眩みしていただけだ。俺たちは戦える!」
 リテとマルトーがサオリの前に出る。

「・・・お前を守るのが俺の任務だ。いつも背後から守っているが、今は勝手が違う。さがっていろ。」
 オブルもサオリの前に出た。特に表情はいつも通り変わりがないが、冷や汗を流していた。

「心の傷は治せませんので、私は役立たずですね。でも、身体の傷はお任せください。」
 先ほどと同じ位置で、エロンはしっかりと立って、声をかけた。

 勇者側の準備ができたと同時に、魔王も準備ができたようで霧が晴れる。
 そこに立っていたのは、もはや人ではなく人型の魔物。

 顔は黒い毛におおわれた狼、身体は黒い布をまとっているが、それをまとっていないむき出しの腕などは、固いうろこにおおわれていた。体の大きさも大きくなっており、人2人分の背丈に、3人分の幅がある。

「ルドルフから聞いていた通り・・・あれが第二形態ってやつね。」
 サオリがそう呟くのと同時に、マルトーが魔王に斬りかかった。マルトーの剣が魔王に当たると、金属同士をぶつけた、剣を打ち合っているような音が聞こえて、マルトーはそのままバックステップでさがる。

「かたっ!腕がしびれた。」
「わかりました。うろこは刃を通さないようですね。なら、首か・・・うろこにおおわれていない部分を見つけて狙いましょう。」
 リテは急速に魔王に接近して、魔王がまとう黒い布を切り裂いた。
 胴を隠していた黒い布が切り裂かれて、胴があらわになる。腹の部分はうろこにおおわれていない様子で、それを確認したリテがそこに剣をふるったが、魔王の腕に阻まれた。

「弱い。」
 腕のうろこにはじかれた剣を、魔王は掴んでリテは剣を手放す。リテの剣は魔王の手でたやすく折られて、投げ捨てられる。

「・・・ファイアーボール!」
 魔王から離れたリテは、火の魔法を放つ。だが、魔王はそれを無視でも払うかのような動作をして打ち消した。

「ファイヤープリズン!」
 プティは、火の牢屋のようなものを出現させて、魔王を閉じ込めた。

「・・・」
 オブルは、火と火の間から魔王に向けて何かを放った。数秒後、それは大爆発をして、黒い煙が魔王を包む。

 魔王に動きはないが、全員魔王がいるであろう煙を睨みつけていた。

「リテ。」
 目は魔王の方を向けたまま、オブルはリテに自身の剣を渡した。

「いいのですか?」
「かまわない。俺にはもう一つ剣があるからな。」
「ありがとうございます。」
 オブルの剣を構えて、リテは煙を見据える。
 
 唐突に、屋内だというのに雨が降った。それは小雨ではなくザーザーと嵐のような雨。

「クソっ!前が見えぐあっ!」
視界が遮られたところで、マルトーが声を上げる。だが、その声も雨音にかき消されて誰にも届かず、マルトーは吹き飛ばされて壁に埋まった。

「きゃっ!」
 本能で何かを感じたプティは、防御壁を作って身を守る。
 防御壁に魔王の太い腕が張り付いた。防御壁がなければ吹き飛ばされていただろう。

「あ、危なかったわね。」
 濡れた前髪を端によけて、魔王を見据えて攻撃魔法の準備をするプティだが、防御壁を殴り始めた魔王の力に焦った。

「なんて力!・・・くっ。防御壁の維持に専念しないと、すぐ破られるわ。」
「なら、仲間が気付くまで持たせてください。」
「わか・・・え?」
 了承しようとして、いつの間にか背後にいたオブルにプティは戦慄した。しかし、こういう者だったと思い出して、何も言わず防御壁の意地に専念した。

「・・・プティ様、目を閉じてください。」
 オブルはプティが目を閉じたのを確認して、光を放つ魔道具を使用した。それが放った強い光は、魔王の目を一時的に使えなくして、魔王の動きも鈍らせる。

 そこへ、背後からリテが斬りかかった。狙うは魔王の首。

「水の波動。」
 あと少しで刃が届くというときに、魔王は水の魔法を放つ。自分を中心として全方位に水が放たれて、リテはその水に突き飛ばされた。

「くっ!」
 リテは体を強く壁に打ち、そのまま水たまりの中に倒れこむ。そこで、雨も止んだ。

 魔王は戻った視界で周囲を見渡す。壁にめり込むマルトー、倒れ伏すリテ。立っているのは、あと6人。

 離れたところに立つ勇者と仲間2人を一瞥した魔王は、近くにいたプティとオブルの排除を先に進める。

「エロン、リテとマルトーをお願い!」
「わかったわ。」
 魔王の様子をうかがっていた勇者は、エロンにそう指示を出すと、両脇にいたアルクとルトの裾を掴んだ。

 2人はそれに気づいたが、前を見据えたまま動かない。それに勇者は満足げに笑って、時を待った。

 魔王は、渾身の力を込めた拳をプティに振り下ろした。それを察したプティは防御壁を解除して、そんなプティをオブルは担いで、魔王の攻撃をよける。

 次々と魔王は攻撃を繰り出すが、オブルはすべてをよけきった。しかし、その振動で吐き気を催したプティは口元を抑え吐き気に耐える。
 そして、魔王の攻撃が一瞬やんだすきをついて、プティは魔法を放つ。

「ウィンドっ!」
 魔王と自分たちに、それぞれ風の魔法を放った。魔王はそれをものともせずに打ち消して、プティを背負ったオブルは、抵抗もせずにその魔法を受けて後方に吹き飛ぶ。受け身を取って、2人して安全に魔王から離れた。

 勇者は、プティが叫ぶと同時に2人の裾を引っ張り、合図を送った。それによって、2人の顔は緊張で硬くなったが、それには構っていられない。
 プティたちがさがったのを確認して、勇者はつぶやく。

「移動魔法。」
 3人の視界が切り替わる。目の前には、異形の姿をした魔王。
 サオリがアルクの裾を離すと、アルクは一気に魔王との距離を詰めて、その喉元へと刃を突き刺した・・・と思ったが、魔王の腕に阻まれる。

 アルクは、はじき返された剣を振って一回転し、首を刈り取るように魔王に剣を振ったが、それも阻まれた。

「くそっ!」
「驚きはしたが、残念だったな。意表はついてもお前の動きは遅すぎて、我には届かない。」
 魔王は、アルクに向かって拳を振り上げた。

「移動魔法。」
 しかし、アルクの後ろから聞こえたつぶやきと共に、背後に勇者の気配を感じた魔王は、拳を振り下ろさずに、振り返った。
 そこには、大剣を振り下ろそうとしている勇者の姿があった。

「終わりだよ。」
 無慈悲に心臓めがけて突き刺さろうとしている剣を、魔王は受け入れた。
 あれほど固いうろこも、勇者の持つ剣には敵わない。魔王の心臓までたやすく貫いた剣は、胸の方から剣先をのぞかせた。

 終わった。
 場が弛緩するのを肌で感じた魔王は、笑って腕を背中に回して、自身の背に立つ勇者を掴んだ。

 ボキッ。鈍い、骨を折った音が、アルクの耳に届いた。

「かはっ!?」
「心臓を一突きされたくらいでは、死なない。悪かったな、言い忘れていた。」
 勇者が吐き出した血が、魔王の背中を汚した。生暖かい血が魔王の背を伝って、床にシミを作る。

 掴んだだけのつもりだった魔王だが、どうやら親指で勇者の腹を貫いていたようだと感触で気づいた。

 もう終わりか。

 唐突に色あせた世界に、色を添えようと魔王は親指を動かした。

「くっ・・・っ」
 勇者の押し殺した声と、魔王が血と肉をもてあそぶ音だけが響いた。

「サオリ・・・」
 かすれた、情けない声がアルクから漏れた。


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