死神勇者は狂い救う

製作する黒猫

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107 離れていく

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 プティがさらわれたと確信し、彼女を助けようと思ったが、どうすればわからなかった。

「いったい誰にさらわれたんだ?それによって、探す場所は違う・・・盗賊なんかだと、怪しい場所を探せばいいが、王女としてさらわれたとしたら、もう遠くに行っているはずだ。追いかけないといけないが・・・」
「基本、僕たちは身なりがいいですからね。身代金目的という可能性は高いです。他にも、見目がいいので、そういう目的かもしれませんし。」
「早く、助けないと!」
 焦る私に、落ち着くようリテは声をかけて、私の肩に手を置いた後、オブルの方を見た。

「気持ちはわかりますが、何もわかっていない今、動いても徒労に終わるでしょう。オブルさん、どうお考えですか?王女のもとで動いていたあなたなら、何かわかるのでは?」
「・・・王女を狙いそうなのは、国だな。魔国が手を出す可能性はある。低いがな。俺は、王女としてではなく、女としてさらわれたと思っている。」
「そうですか。・・・でしたら、近くに盗賊団のアジトがないか調べるのが先決ですね。」
「それは調べてある。3つほどあるぞ。」
「なら、3手に分かれるか。」
 決まりだと立ち上がると、マルトーが不思議そうに声を上げた。

「別れる必要はないだろ。」
「・・・どういうことでしょうか?」
「あれ?勇者の移動魔法でプティのところに向かえばいいだけ、じゃないのか?」
「!」
「可能ですか?サオリさん。」
「・・・わからないけど・・・プティをとらえている盗賊団のアジトをイメージすればできるかも。やってみる。」
 なんでこんな簡単なことに気づかなかったのかと、後悔があふれだすがそれをせき止めて、移動魔法に集中する。

「移動魔法。」
 慌てて私の腕にルトがしがみついたが、景色は変わらず移動はできなかった。さすがに情報が少なすぎたのか?

「しかたねーか。なら、分かれて探すぞ。」
「いや、その必要はなくなった。俺についてきてくれ。」
 そう言って、オブルは走り出した。意味が分からなかったが、彼に付いて行くしかなかったので、それぞれオブルを追って走り出す。

「おそらく、プティが魔道具を発動させたんだ。」
 私に並走して、アルクが説明してくれた。
 仲間に危機を知らせる魔道具で、発動させると対の魔道具を持った者に位置情報を送れるそうだ。GPSか。

 プティの居場所を突き止めた私たちは、走って助けに向かった。



 プティを連れ去ったのは、予想通り盗賊だった。
 助けるなら気づかれずに侵入するべきだが、たまたま盗みの帰りだったのか、盗賊数人にアジトへ向かっているところを見られてしまい、一気に制圧することにした。
 冷静でなかったのだと思う。盗賊数人なんて、あっという間に片付けられたはずなのに。

 アジトの前で構えていた10名ほどの盗賊を、アルクとマルトーが通りすがりに倒していき、残りをリテとルトが適当に切りつけて、最後にオブルが意識を失わせるか、命を奪うかして、戦闘不能にしていった。

 奥へ奥へと進み、いつかの盗賊のアジトよろしく、一番奥の部屋に頭らしき人物と部下数名が構えていた。プティを人質にして。

「お前ら!この女の命が惜しけりゃ、武器を捨てな!」
 三下のようながりがりの男が、こちらに唾を吐きながら声を上げた。汚い。

「・・・」
 プティは髪の毛を引っ張られて、悔しそうに口を引き結んだ。

「武器を捨てろって、言ってんだ!それとも、傷つけられなきゃ、わかんねーか?」
 三下が、剣をプティに向けた。とんだ茶番だ。私と出会ってしまった時点で、もう死は確定だというのに。
 だけど、私は動かなかった。それは、いつもみんなに任せていたからだ。移動魔法を使うほどでもない相手。それは、プティが人質に取られていてもの話。
 だから、アルクたちに任せればいいだろうと思っていた。

 カランっ。
 アルクの剣が落ちた。いや、アルクが剣を手放したのだ。信じられないと目を見開いていれば、次々と仲間たちが剣を手放していく。

「どうして・・・」
「俺たちには、救えない。」
 突き飛ばされたような衝撃があった。アルクの言葉に、私は信じられないと固まる。

 こんなの、盗賊の頭の首を飛ばしてプティを救出し、後は残党を殺せばいいだけ。もちろん、彼らが反応できない速度で。
 できるはず・・・なんで?

 これは、私がいるからか?私なら、移動魔法でさっと助けられる。だから?その期待が、私は嫌だというのに・・・苛立ちが生まれた。

 それに、もう、我慢、できない。

 血が、流れた。
 プティに向けられた刃を私は素手で握って、反対の手が持つ剣は頭の心臓を貫いていた。
 頭の血が、プティの髪を赤く染める。

「ふっ・・・」
 笑ってしまう。この程度の力で、私に、私の仲間に手を出したのか?
 だが、笑いをかみ殺して、私は頭の体を蹴り飛ばした。それから、木偶のぼうみたいに突っ立っている盗賊たちの胸を斬りつけて、プティを連れて仲間の背後に移動した。

 汚らしい悲鳴が耳に届き、笑みが浮かびそうになって、私は一人移動魔法でその場を去った。移動した先は、ゼールの屋敷。

「サオリさん!?」
 部屋にいたのだろう。ゼールが駆け寄ってきた。
 ずっと、この部屋にいるのだろうか?そう考えると少し心配だ。

「ゼール、少しは外に出たほうがいいよ?日に当たらないと、作られない栄養素とかあるらしいし・・・」
「そんなことより、このにおい・・・血の匂いがしますが?」
「私の血じゃない・・・あ、ちょっとは私の血だけど。」
 左手にできた傷は、もうふさがっていた。それでも血の跡は残る。

「水を用意してきます。・・・サオリさん。」
 ゼールは私の手を取って、腰に手を添えた。そのままソファの前まで連れていかれ、座るように言われた。

「お願いですから、待っていてくださいね。」
「・・・どこにも行かないよ。」
「そうですか。なら、いいのです。」
 ゼールは足早に水を取りに出て行った。私はそれを見送った後、ソファに深く腰を掛けて背を預けた。

「ふっ・・・ふふっ。」
 久しぶりに、愉快な死だった。
 愚かな弱い人間、憎く思う人間の心を折って、死を与える。こんなに愉快なことはないと思う。

 みんなで笑い合って、幸せに暮らす。それは暖かくて心地いい。とても大切な時間だったが、それはいつまでも続くものでもないし、唐突に消える可能性だってある。

 でも、この快楽だけは変わらない。これこそが、私の求めるもの・・・違う。

「違う・・・」
 否定をする。そうしなければ、私は彼らを殺してしまう。私を利用し、貶めようとする彼らを殺してしまう。そしたら、もうあの暖かい場所には戻れない。

「ここで、何が起こったとしても、私は・・・我慢しないと。そうすればきっと、ずっと暖かい場所にいられる。きっと。」
 ゼールが戻るまでに、心を落ち着けることにする。

 先ほどの憤りも忘れよう。仲間なんだ、互いに力を出し合って・・・補い合って、共にいる。それが仲間だ。



 ゼールのところで一休みした後、私は馬車が止めてある場所へと移動した。移動した場所は、通りから死角になる場所で人目に付かないところ。だから、仲間たちもすぐに私が戻ってきたことには気づかなかった。オブルがいれば気づいただろうが、彼はいない。

「うまくいってよかったわ!」
 嬉しそうに笑うプティ。誘拐されたという恐怖がないようで安心した。私は仲間たちに近づいて行って、耳に入った言葉に驚いて馬車の陰に隠れた。

 今、なんて言った?
 私の耳には、「うまくいってよかったわ!体を張った甲斐があるもの。」と聞こえた。その意味を考え、たどり着く答えは誘拐が自演だったということ?
 いや、別の話かもしれない。そうは思っても、私は馬車の陰から出てこれなかった。

「サオリが助けに入ってくれてよかった。俺たちが助けても何の意味もねーからな。」
「サオリ様が助けないわけありません!サオリ様は、仲間に特別優しい方なのですから。」
「だが、しっかり王の影は見ていたのか?サオリがプティを助けたところを見てなきゃ、意味がねーだろ?」
「しっかり見届けたって報告されたから大丈夫よ。これで、勇者の力が認められるわ。移動魔法の有用性も上がったわね。」
「いや、あれはものすごい速さで近づいて、敵を倒していたから、移動魔法は関係ないぞ?」
「そうなの?ま、いいわ。アルク、あなた目がいいのね?影は移動魔法と思い込んでいたわ。私もだけど。」
「・・・慣れたからな。」
「特訓しましたからね。」
 楽しそうに談笑する仲間たち。でも、その内容はどう聞いても誘拐の話で、私の能力を王に伝えるために、誘拐事件を起こしたという内容に私は聞こえた。

「なに・・・これ。」
 なんで、王に私の能力を確認させる必要がある?
 それも、私に内緒で。

 どういうこと?わからない、わかりたくない。

 景色が変わる。
 移動した場所は、先ほどの盗賊のアジトの前。
 入口に倒れている盗賊を確認するが、死んでいる。
 人が死んでいるなら、自演ではないだろう。これは、本物の盗賊で、盗賊のアジト。さっきのは、何かの聞き間違い。

 でも、誘拐が自演でないとしても、仲間たちは王に私の能力を伝えようとした。その事実は変わらない。どう聞いたって、王に私の能力を伝えようとしていた。それが本命なのだと話していた。

「勇者・・・」
 正面から声をかけられて、私は顔を上げた。そこには、こちらを見つめるオブルがたっている。

「顔色が悪いが・・・まぁ、人の死体を見て顔色がよくなるというのもおかしいか。」
 オブルは私の前に死体を隠すように立った。

「どこへ行ってたんだ?みんな心配していた。勇者がどちらに帰ってきてもいいよう、俺がここに残ってみんなは馬車に戻ったんだが。もしかして、迎えに来てくれたのか?」
「・・・違うよ。とりあえずこっちに移動したの。そっか、馬車に戻ったんだね・・・ふーん。」
「勇者?」
 あのことは、聞かなかったことにしよう。馬車の方へは後に戻ったことにして、こっちに先に移動したことにすれば、バレないだろう。

「戻ろうか、オブル。」
「あぁ・・・」
 何か言いたげなオブルを無視して、私たちは馬車の方へと移動した。



 それからの旅は、よく覚えていない。
 ただ、何を聞いても興味がわかなくて、何を見ても色あせていて・・・あんなに楽しかった旅が嘘のように、淡々と日々が過ぎていった。

 そして、私たちはついにウォーム王国の都へと帰ってきた。毎晩来ていたウォームだが、それはゼールの屋敷だけの話。久しぶりに見る外のウォームに、しかし特に感じるものがなかった。

 ただ、魔王を倒したというのに、物語のように活気があふれたりはしないようだ。パレードや出迎えなどもなく、馬車に乗ったまま私たちはひっそりと城門をくぐり、そこで馬車を降りた。

 突き刺さるような視線。視線、視線、視線、視線・・・友好的でない、むしろ敵意のあるその視線に、やはりかとそれだけ思った。

 ウォームで流れている噂。
 クリュエル城を滅ぼし、いくつもの町を襲った四天王ルドルフを解放したのは、勇者である私。その噂が、この国の人たちにどう受け取られるのか?

 それによって、この国の命運が決まる。

 ニタリと、私の中の狂気が笑った気がした。


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