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50 すべては私のために

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 満月が船を照らす中、一人その光の下で歌う歌姫。それは、幸せを求め旅立つ者の詩。しかし、歌姫の声には寂しさが混ざっている。それは、歌姫の隣には誰もいないから。

 どのような言葉をかけようとも、出会いを何度繰り返しても、それは変わらない。歌姫の求める存在は、いつもどこかへと行ってしまう。


「今回の結末は、あなたたちにとって幸福なものだったのかしら。」
 歌を終えて、ぽつりと呟く。その答えを誰も返してくれないのを寂しく感じながら、上を向いて月を眺めた。

 大きく、綺麗な月。夜の空で一番輝いて、一番注目を浴びる存在。星たちは、月に羨望の視線を送っているかもしれない。でも、月自身はどうだろうか?
 一番は、特別。特別がいいこととは限らない。なぜなら、特別なことは、時に孤独になるから。月の隣に月はいない。月は、孤独だ。

 初めて恋をしたのはいつだろうか。もう、思い出せないほど前だ。

 いったい、何度恋に落ちたのだろうか?もう、思い出せないほどだ。

 何度失恋すれば、諦められるのか?わからない。いや、もう諦めているのかもしれない。あの人の隣は、もう決まっているのだと、わかっている。

 涙なんて、もう流れない。もう、慣れてしまった。そんな自分が嫌だ。そして、それでもなお繰り返す出会いと別れ。終わりにしたいと思った。

 でも、終わらない。本当は、終わらせたくないのかもしれない。まだ、淡い期待を描いているのかもしれない。

 だから、また繰り返すのだろう。



 島にあるたった一つの港。そこには、旅立ちのカフェという店があり、その店の前で、2人の男女が出会った。

「悪いな、今回の出迎えは、俺だ。」
 にやりと笑う黒髪赤目の男に、彼女は問う。

「あなたは?」
「俺は、アレスと呼ばれている。あいつとは腐れ縁だよ。」

 今までは、大筋通りに行くように仕向けていたアレスだが、今回は違う。最初の出会いから、結末まで。新しく生まれた彼女とギフトを出会わせない。

 繰り返しを終わらせるために、動き出す。



 楽園島の墓地にて、歌姫は多くの墓の間を歩く。
 その中でも、一際大きく意匠を凝らした墓の前で立ち止まり、花を供える。花は、店で買ったようなものではなく、野で摘んだ花をそのまま持ってきたものだ。

 墓の下に眠る者はいない。ただ生者の自己満足として建てられた墓。

「また、始まったわ。何度繰り返すのかしらね。私が言えることではないのかもしれないけれど。」
 望む結末は得られない。しかし、繰り返すことを止めることは出来なかった。

「あなたの代わりなんて・・・いいえ、誰の代わりも、いないわ。誰かの代わりなんて、できるはずないもの。なんで、わからないのでしょうね、あの方は。」
 歌姫は嘆く。幸せを強制されている彼女は、不幸になることは許されない。でも、それは歌姫自身のためでなく、この墓に彫られた名の少女のために。

 欲しいものはすべて与えられる。その代わり、歌姫になることと、幸せを強制させられる。それが、歌姫だ。

「この恋心が無くなってしまえばいいのに。」

 叶うことのない恋は、歌姫には許されない。だから、繰り返される。

 そして、それは死んでも逃げても同じこと。歌姫にも置き換えが存在していた。そのことを知っている歌姫は、ただ繰り返しを受け入れる。

 いつか、繰り返しが終わるまで。

 または、その命が尽きるまで。

 受け入れ続ける。


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