恩人召喚国の救世主に

製作する黒猫

文字の大きさ
8 / 41

8 トカゲ

しおりを挟む




 暑苦しい日差しの下で、汗を流しながら自転車をこぐ。熱中症になってしまうのではないかという苦行を終えて、学校に着いたカンリ。

 ひんやりとした校舎の中に入って、下駄箱の独特の匂いに息を止めてさっさと靴から上履きに履き替える。



 慣れた足取りで自分の教室に入って、立ち止まった。



「・・・」

 机に書かれた落書き。運動シューズが床に転がっていて、紐が抜かれている。



「・・・またか。」

 冷えた声が教室に響いた。それは、いつも声に出していなかった心の声。でも、誰もいない教室でその声は外へと出た。







「・・・」

 夢が終わり、現実へと目を覚ます。

 あれから何日経ったか。いや、まだ8日だ。この世界に来て8日、卵を手に入れて1日。そのはずだが、目の前の卵を見ると思い違いがあるのではないかと、カンリは考えた。



「でかい。・・・悪夢が吹き飛ぶほどに、インパクトがあるな。」

 起き上がって、改めてその大きさを確かめる。抱えるほどあった卵は、もう抱えきれる大きさではなくなっていた。何なら、カンリがこの卵の中に入っているといわれても信じられるほどの大きさだ。



「おはようございます、ツキガミ様。」

「・・・おはよう。」

 突如背後から掛けられた声に、カンリは驚くこともなく挨拶を返す。執事は、目を開けた時から主のそばにいる者らしいので、そういうものだと思うことにしたカンリは、もう驚かないことにした。



「良い夢は見れなかったご様子ですが、疲れは残っていませんか?」

「それは、大丈夫。ところで、この卵はランズの視界に入っていないの?」

「入っていますよ。一晩で随分と大きくなりましたね。どうやら、グリフォンの卵ではないようです。捨ててきますか?」

 普通に挨拶をしてくるランズに卵の話を振れば、グリフォンの卵ではないので捨てて来るかと聞かれた。なぜそうなったのかわからず、カンリは頭を抱える。



「どういうこと?あの巣って、グリフォンの巣なんだよね?」

「はい。しかし、グリフォンの巣にあるからと言って、グリフォンの卵とは限りません。珍しい事例ですが・・・魔物中には自分で子育てをせず、他の魔物に子育てをさせるものもいます。おそらく、そういった種の卵でしょう。」

「・・・捨てたほうがいい?」

「そうですね・・・生まれてきたものを見てから決めてはどうですか?気に入らなければ討伐して、新しい卵を盗みに行きましょう。」

 魔物に容赦ないなとカンリは心の中で引いて、しかしそれが無難だとランズの言うとおりにすることにした。強い魔物なら乗騎にし、弱い魔物なら・・・その時は責任をもって討伐しよう。







 そして、卵がかえった。

 いや、早すぎだろうとは思う。朝起きて、朝食を食べ終わったら、卵から異音がし始めて・・・かえった。



 しかし、不都合はない。長く一緒にいればそれだけ愛着は沸いてしまうものなので、さっさと生まれてくれた方が討伐する場合は都合がいい。乗騎にする場合も、成長に問題がないなら好都合である。



 ぱっかりわれた殻を押し上げる、鋭い爪を持つ前足。てかてかと光るうろこを見て、間違いなくグリフォンではないなと、再確認する。



「きゅるっ?」

「・・・トカゲ・・・翼の生えた、トカゲ?」

「いえ、ドラゴンですね。よかったですね、強い魔物ですよ。」

「・・・ドラゴンなの?ただのトカゲ、羽の生えたトカゲの人間サイズにしか見えないけど?」

「それをドラゴンと呼ぶのです。なぜ、そうトカゲにこだわるのですか?」

「威厳が無いから?」

「まだ生まれたばかりですよ?・・・ですが、お気に召しませんのでしたら、討伐いたしましょう。」

 スッと、いつの間にか剣を構えるランズを制止し、カンリはドラゴンに手を伸ばす。ドラゴンは、頭を撫でられると思ったのだろう、目を閉じてその手が頭に来るのを待った。しかし、カンリの手はドラゴンのしっぽを捕らえ、そのままドラゴンを持ち上げる。



「ぎゅきゅるるっ!?」

「お見事ですね。それもギフトの力ですか?」

 まるで、釣った魚と一緒に写真を撮るかのように、カンリはしっぽを高く持ち上げて、ドラゴンはさかさまに吊られる。



「うん。・・・しっぽは切れないんだね。」

「だから、ドラゴンですって。しっぽが欲しいなら斬り落としましょうか?」

「・・・汚れるからいいや。必要ないし。」

「かしこまりました。」

「ところで、これをどうやって乗騎にするの?」

「ご飯を食べさせて成長させ、同時に信頼関係を築く必要があります。餌をあげたり、遊んでやることで信頼関係を築きます。」

「・・・よっと。」

「きゅんっ!?」

 カンリは、床にドラゴンを置くと、その上にまたがった。ドラゴンの大きさはカンリとそうかわらないので、地面に足のついた状態でこのままドラゴンが動けば足を引きずる形になる。



「小さいね。」

「生まれたばかりですから。」

「そうだった・・・卵が一気に成長したから、この子も一気に成長すると思ったけど・・・うん。トカゲ。」

「いえ、ドラゴンです。」

「ドラゴンってことはわかったよ。名前を付けたの。」

「乗騎に名前ですか。」

「仲良くなるには、名前をつけて呼ぶのが手っ取り早い。」

「・・・そうかもしれませんね。では、トカゲの餌を用意しましょう。」

「よろしく。」

「きゅぅ・・・きゅ?」

 困ったように鳴くドラゴン・・・トカゲを見て、カンナはトカゲの背から降りる。ランズは、カンナの前にハンカチを差し出し、メイドに指示を出した。



「餌の準備と着替えを。ツキガミ様、入浴なさりますか?」

「・・・着替えだけでいいよ。」

 卵からかえったばかりのトカゲは、ぬめった液体をまとっていた。それが、カンリの体についてしまったのだ。



「ごめん、ハンカチ汚れちゃった。」

「お気になさらず。」

「・・・」

「いかがなさいましたか?」

 じっと、ランズから受け取ったハンカチを見ているカンリだったが、ランズに声をかけられたのでハンカチから目を離してそのまま返す。



「いいハンカチね。」

「お気に召しましたのなら、同じものを差し上げましょう。」

「・・・なら、名前じゃなくて月の刺繍でお願いできる?」

「かしこまりました。」

 ランズは、緑の糸で自分の名前が刺繍された白いハンカチを懐にしまった。確かに上質な素材を使っているが、特徴のないハンカチだ。何が気に入ったのかと首をかしげたが、カンリが望むなら用意するまでと、それ以上は考えなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...