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8 トカゲ
しおりを挟む暑苦しい日差しの下で、汗を流しながら自転車をこぐ。熱中症になってしまうのではないかという苦行を終えて、学校に着いたカンリ。
ひんやりとした校舎の中に入って、下駄箱の独特の匂いに息を止めてさっさと靴から上履きに履き替える。
慣れた足取りで自分の教室に入って、立ち止まった。
「・・・」
机に書かれた落書き。運動シューズが床に転がっていて、紐が抜かれている。
「・・・またか。」
冷えた声が教室に響いた。それは、いつも声に出していなかった心の声。でも、誰もいない教室でその声は外へと出た。
「・・・」
夢が終わり、現実へと目を覚ます。
あれから何日経ったか。いや、まだ8日だ。この世界に来て8日、卵を手に入れて1日。そのはずだが、目の前の卵を見ると思い違いがあるのではないかと、カンリは考えた。
「でかい。・・・悪夢が吹き飛ぶほどに、インパクトがあるな。」
起き上がって、改めてその大きさを確かめる。抱えるほどあった卵は、もう抱えきれる大きさではなくなっていた。何なら、カンリがこの卵の中に入っているといわれても信じられるほどの大きさだ。
「おはようございます、ツキガミ様。」
「・・・おはよう。」
突如背後から掛けられた声に、カンリは驚くこともなく挨拶を返す。執事は、目を開けた時から主のそばにいる者らしいので、そういうものだと思うことにしたカンリは、もう驚かないことにした。
「良い夢は見れなかったご様子ですが、疲れは残っていませんか?」
「それは、大丈夫。ところで、この卵はランズの視界に入っていないの?」
「入っていますよ。一晩で随分と大きくなりましたね。どうやら、グリフォンの卵ではないようです。捨ててきますか?」
普通に挨拶をしてくるランズに卵の話を振れば、グリフォンの卵ではないので捨てて来るかと聞かれた。なぜそうなったのかわからず、カンリは頭を抱える。
「どういうこと?あの巣って、グリフォンの巣なんだよね?」
「はい。しかし、グリフォンの巣にあるからと言って、グリフォンの卵とは限りません。珍しい事例ですが・・・魔物中には自分で子育てをせず、他の魔物に子育てをさせるものもいます。おそらく、そういった種の卵でしょう。」
「・・・捨てたほうがいい?」
「そうですね・・・生まれてきたものを見てから決めてはどうですか?気に入らなければ討伐して、新しい卵を盗みに行きましょう。」
魔物に容赦ないなとカンリは心の中で引いて、しかしそれが無難だとランズの言うとおりにすることにした。強い魔物なら乗騎にし、弱い魔物なら・・・その時は責任をもって討伐しよう。
そして、卵がかえった。
いや、早すぎだろうとは思う。朝起きて、朝食を食べ終わったら、卵から異音がし始めて・・・かえった。
しかし、不都合はない。長く一緒にいればそれだけ愛着は沸いてしまうものなので、さっさと生まれてくれた方が討伐する場合は都合がいい。乗騎にする場合も、成長に問題がないなら好都合である。
ぱっかりわれた殻を押し上げる、鋭い爪を持つ前足。てかてかと光るうろこを見て、間違いなくグリフォンではないなと、再確認する。
「きゅるっ?」
「・・・トカゲ・・・翼の生えた、トカゲ?」
「いえ、ドラゴンですね。よかったですね、強い魔物ですよ。」
「・・・ドラゴンなの?ただのトカゲ、羽の生えたトカゲの人間サイズにしか見えないけど?」
「それをドラゴンと呼ぶのです。なぜ、そうトカゲにこだわるのですか?」
「威厳が無いから?」
「まだ生まれたばかりですよ?・・・ですが、お気に召しませんのでしたら、討伐いたしましょう。」
スッと、いつの間にか剣を構えるランズを制止し、カンリはドラゴンに手を伸ばす。ドラゴンは、頭を撫でられると思ったのだろう、目を閉じてその手が頭に来るのを待った。しかし、カンリの手はドラゴンのしっぽを捕らえ、そのままドラゴンを持ち上げる。
「ぎゅきゅるるっ!?」
「お見事ですね。それもギフトの力ですか?」
まるで、釣った魚と一緒に写真を撮るかのように、カンリはしっぽを高く持ち上げて、ドラゴンはさかさまに吊られる。
「うん。・・・しっぽは切れないんだね。」
「だから、ドラゴンですって。しっぽが欲しいなら斬り落としましょうか?」
「・・・汚れるからいいや。必要ないし。」
「かしこまりました。」
「ところで、これをどうやって乗騎にするの?」
「ご飯を食べさせて成長させ、同時に信頼関係を築く必要があります。餌をあげたり、遊んでやることで信頼関係を築きます。」
「・・・よっと。」
「きゅんっ!?」
カンリは、床にドラゴンを置くと、その上にまたがった。ドラゴンの大きさはカンリとそうかわらないので、地面に足のついた状態でこのままドラゴンが動けば足を引きずる形になる。
「小さいね。」
「生まれたばかりですから。」
「そうだった・・・卵が一気に成長したから、この子も一気に成長すると思ったけど・・・うん。トカゲ。」
「いえ、ドラゴンです。」
「ドラゴンってことはわかったよ。名前を付けたの。」
「乗騎に名前ですか。」
「仲良くなるには、名前をつけて呼ぶのが手っ取り早い。」
「・・・そうかもしれませんね。では、トカゲの餌を用意しましょう。」
「よろしく。」
「きゅぅ・・・きゅ?」
困ったように鳴くドラゴン・・・トカゲを見て、カンナはトカゲの背から降りる。ランズは、カンナの前にハンカチを差し出し、メイドに指示を出した。
「餌の準備と着替えを。ツキガミ様、入浴なさりますか?」
「・・・着替えだけでいいよ。」
卵からかえったばかりのトカゲは、ぬめった液体をまとっていた。それが、カンリの体についてしまったのだ。
「ごめん、ハンカチ汚れちゃった。」
「お気になさらず。」
「・・・」
「いかがなさいましたか?」
じっと、ランズから受け取ったハンカチを見ているカンリだったが、ランズに声をかけられたのでハンカチから目を離してそのまま返す。
「いいハンカチね。」
「お気に召しましたのなら、同じものを差し上げましょう。」
「・・・なら、名前じゃなくて月の刺繍でお願いできる?」
「かしこまりました。」
ランズは、緑の糸で自分の名前が刺繍された白いハンカチを懐にしまった。確かに上質な素材を使っているが、特徴のないハンカチだ。何が気に入ったのかと首をかしげたが、カンリが望むなら用意するまでと、それ以上は考えなかった。
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