聖女の首輪

製作する黒猫

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 ドカっと大きな音を立てて、執務室の椅子に腰を掛けるケント。そんなケントに呆れたように声をかけるのは、ケントの補佐を職務とする騎士、ギカントス。

 早朝、仕事始めにこのような不機嫌な態度でいられれば、面倒だと思うし毎日のことならば呆れる。



「何だケント、また愛犬と喧嘩したのか?」

「ケンカなんてしていない。それと、あの女は犬じゃない。それも、愛なんて・・・」

「なら、なんで離宮に置いているんだ?」

 ケントの口癖は、あんな女好きじゃない。あんなニート、さっさと追い出したいだ。それなのになぜ離宮に置いているのか?何度も交わされた会話に苛立ちながらケントは答える。



「あいつが、回復魔法しか使えない、自分の身を守れない奴だから仕方なく・・・だ。だが・・・」

 もう限界だ。そんな言葉がギカントスには聞こえた。



「勝手な奴だな。あれだけチカチカとうるさかったのに。前は、好きだったのだろう?」

「・・・黒歴史だ。あんな奴のことが好きだったなんて、思い出したくもない。」

「ケント・・・さすがにそれはないだろう。首輪まで付けておいて、いらないなんて。」

 首輪とは、チカを愛犬とたとえたからの表現で、実際はネックレスだ。いつもチカが見せつけるように・・・とケントは思っている・・・・つけているネックレスのことだ。

 もちろん、それはただのネックレスではない。









 ちょうどその頃、離宮でそのネックレスの話題が出た。

 チカがいつものようにそのネックレスを身に着けて、窓の外を眺めている。特に景色が変わるわけでもないが、毎日毎日ぼーと外を眺める姿は、哀れだという人もいれば鼻で笑う人もいる。



 休憩の時間がきて、交代のメイドと入れ替わるようにチカから離れる侍女は、後者である。チカが最も側において信頼厚い侍女であるが、それを裏切っている。



「はぁ~疲れた。毎日毎日飽きもせず外を眺めて、老人にでも仕えている気分だわ。」

「あんたは本当に変わらないわね。うまく取り入ってお気に入りになっていい思いしているのに、聖女様のことが嫌いなの?」

「別に嫌ってないわよ。可哀そうだって同情もしているし、馬鹿だなとは思っているけど。そうね、馬鹿にしているが正しいかな?」

「ひどい子ね。おさがりだって優先的にいいのをもらっているのに、そんな主人を馬鹿にするなんて。」

「私の主人はケント様よ。ケント様に命じられているから、あの捨てられた聖女様の世話をしているの。あーあ、本当は私がケント様の奥さんになる予定だったのに、誤算だったのは王女様がケント様の心を奪ってしまうとはね。」

「最近はその話題で持ちきりだね。まぁ、あんたは分不相応なことは考えないで、そのまま順調に仕えて次は勇者様の奥方のお気に入りになればいい。」

「そのつもりよ。まぁ、侍女としてやっていくのなら、聖女様には頑張ってもらいたかったけど、もう手遅れね。」

 勝手なことを言う侍女に苦笑いを返す同僚だが、手遅れというのには同意見だ。



「あのネックレスをもらったとき、婚約でもするべきだったね。」

「本当に。欲を言えば、そのまま結婚すれば・・・まぁ、過ぎたことだね。」

 ケントがチカに与えたネックレスは、求婚のネックレスというもので、石が付いていないネックレスだ。石が付いていないネックレスは、求婚最中という意味で、それを身に着けている女性に求婚するには求婚している者より地位が高い必要があるというものだ。



 そんなネックレスを、勇者は聖女に与えたが、聖女はそれに応えなかった。

 それを、石の付いていないネックレスがあらわしている。



 聖女が勇者の愛に応えれば、石をつけた婚約のネックレスになるが、応じなければ石のない求婚のネックレスのままだ。

 求婚のネックレスは、石をつけて婚約のネックレスにするか、求婚者が返還を求めた場合や求婚されている者が結婚して外すという選択肢がある。



 つまり、聖女がしているネックレスは、勇者の気が変わればいつでも取り上げられてしまうという・・・



「今から石をねだるにしても、遅すぎね。逆にネックレスを取り上げられそう。」

「勇者様の気があるうちに受け入れていればよかったのに。」

「あなたも聖女様のことを馬鹿にしているじゃない?いくら私のことをねたんでいるからって、悪者にしないで欲しいわ。」

 そういって、侍女は下げ渡された高級菓子を同僚にそっと渡した。世渡り上手めと軽く小突いて、同僚はそれを受け取って笑い合う。



「まぁ、あんたには期待しているからさ。未来の奥さんにも上手に取り入って、私にも少しおいしい思いをさせてくれよ。」

「それはあなたの働き次第かな?しっかりと私をサポートしてよね。さ、休憩ももう終わり、介護に行ってくるわ。」

「王女様が勇者様と結ばれるまでの辛抱よ。でも、可哀そうよね・・・外のことは何も知らないのだから、勇者様の心がなぜ離れているのかもわからないのでしょうね。」

「そうね。・・・今日は一層優しくしてあげましょう。」

「昨日も見ていられなかったものね。」

 手を軽く振って同僚と別れた侍女は、聖女がいる部屋にノックをして入る。中にいたメイドと目配せで交代していると、バサバサと鳥の羽音が部屋に響いた。



「律義ね・・・」

「いかがなさいましたか、聖女様。」

「なんでもないわ、マレーヌ。あなたが戻るのを待っていたの。」

「光栄ですわ。何をいたしましょう?」

「お茶の用意を、あなたがいれてくれたお茶が一番おいしいから。」

「ありがとうございます。心を込めてお入れしますね。」

 ちらりと、侍女は聖女の首元にある石のないネックレスを見て、心の中で馬鹿にする。

 すでに価値のない物にすがる姿は滑稽だと。



 意識を切り替えてお茶を入れる侍女の視線がチカから離れると、チカは先ほど鳥が飛び去った方向へ目を向けて微笑んだ。





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