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第9話
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奏絵はドライヤーで湿った髪を乾かされていた。
場所は恵梨果が営むヘアサロン。
佐奈子の連絡を受けて、急いでやってきた恵梨果によって連れてこられた。
コーヒーの染みができた服は着替えた後、恵梨果に手によって髪を洗われた。
――お姉ちゃんにも迷惑をかけてしまった。
――迷惑をかけるばかりの子供だ。
口に出したら否定されるのが目に見えていたから、言葉にはしない。
言葉にしないから、心の中でグルグル。
この気持ちがいつまでも残り続ける。
――いつまでもお姉ちゃんの世話になるばかりの子供ではいられない。
ドライヤーがオフにされた。
『もう最悪だよ! あたしがその場にいたら、その女、ぶん殴ってやったのに!』
などと言って、先ほどまでヘアサロンのスタッフと一緒に憤慨していた梨々花の声は聞こえない。妖精のドロシーは自由に飛び回っている。
「奏絵ちゃん。しばらく占いから離れる?」
「……なんで?」
鏡越しに恵梨果と目を合わせる。彼女の眼は憂いに満ちていた。
「奏絵ちゃんが傷ついているように見えるから」
「そんなことないよ。少しびっくりしただけ。占いをしていたら、こんなことは、よくあることではないけれど時々あること」
かつて、祖母と占いに行った先でナイフを突きつけられたり、他にも色々あったが、言葉にはしない。
恵梨果がドライヤーを片付けて、新しいヘアブラシを取り出した。
奏絵の髪をブラシで優しく丁寧にときながら、優しく声をかけてくる。
「なら、佐奈子さんのカフェで騒ぎをおこしたこと?」
「……とても後悔している」
「そっか。そうだよね。でも、佐奈子さんにも言われたと思うけど、奏絵ちゃんが気にすることじゃないよ」
「カフェのお客さんに一杯嫌な気持ちをさせた」
「大丈夫。佐奈子さんのカフェの常連さんたちは、少し嫌な気持ちになったって、佐奈子さんのカフェを嫌いになったりはしないよ」
「SNSにカフェの悪い評判も書き込まれる」
「それこそ大丈夫。今の世の中、お客さん商売をしていたら、そういう悪い評判の書き込みは避けられないもの。すべてのお客様に毎回100%満足してもらうのは、ほとんど不可能だから」
「……でも」
――インターネットの世界で、悪い評判がずっと残ってしまう。
「みんなに迷惑をかけてばかり。みんなに守られてばかり。これじゃあ、まるで子供」
「子供かあ。じゃあ、大人って何だと思う?」
「……? 何でもできる人? 何かあってもひとりで解決できる人」
「なら、この間話した商店街の再開発計画でみんなが力を合わせたことはどうかな。一人では何もできなかったよ。子供かな?」
首を大きく横に振る。
「大人だって、誰かに迷惑をかけるのはしょっちゅうだし、誰かに守られているんだよ」
「でも……」
自分は迷惑をかけて、守られてばかり、と言いかけたが、恵梨果の両腕によってふんわりと抱きしめられる。
「奏絵ちゃんも守っているんだよ。私もそう。梨々花ちゃんもそう。奏絵ちゃんが占いで満足した人はみんなそう」
恋人と一緒に笑顔を浮かべる沙羅の姿が脳裏に浮かぶ。この街に来てから奏絵が占った人たちの姿も。
凝り固まっていた心がほぐれていく。
「それに奏絵ちゃんは占いをしない普通の人になることもできるんだよ」
思わず、目を瞬かせてしまう。
「そんなこと考えたことも無かった」
鏡越しに、恵梨果が見つめてきていた。その心配げな表情は「考えてみて」と言っているようだった。
――お姉ちゃんの言った通り、占いを完全に止めたら、
――私は本当の白紙の人生を歩ける。
――……そうしたら、ドロシーはどうなる?
妖精のドロシーが「呼んだ?」と言わんばかりの顔になって、奏絵の目の前に現れた。
「奏絵ちゃん。今、決める必要はないよ。そういう選択肢もある、ってだけ」
――そっか。占いに助けられていたのは私もなんだ。
――私は占いに頼り切っていた。
――けれど、……。
奏絵の顔を覗き込んでいたドロシーがニパッと笑うと、また自由に飛び始めた。
「占いは私の一部だから。占いをしないなんて考えられない」
「……そっか」
「でもね、お姉ちゃん。占いをしない私も、これから探していきたいんだ」
顔を恵梨果の体に寄せる。
――温かい。
でも、すぐに戻す。惜しくはない。温かさは心の中にちゃんとあるから。
「そっかあ」
恵梨果は包み込むような柔らかい笑顔を浮かべて、身体を離すと、またブラシを動かして髪をとかし始めた。
――お姉ちゃんのこの笑顔に私は何度も助けられてきた。
「だったら、私は奏絵ちゃんのことを全力でサポートするね」
「はい、はい、はい! あたしも奏絵を全力で応援する!」
横から梨々花の姿が鏡に映りこんでくる。いつもの明るい笑顔がまぶしい。
「まだいたんだ」
「いたよー」
「話を聞いていたんだ」
「聞いていましたー」
「そっか」
――梨々花の笑顔に何度も救われてきた。
だから、この言葉を紡ぐ。
――お姉ちゃんにはこれまでも何度も言ってきたけど、これからも言うだろう。
――梨々花には一度も口にしてこなかったけれど、これからは何度も口にするだろう。
この言葉を。
「……二人とも、ありがとう」
場所は恵梨果が営むヘアサロン。
佐奈子の連絡を受けて、急いでやってきた恵梨果によって連れてこられた。
コーヒーの染みができた服は着替えた後、恵梨果に手によって髪を洗われた。
――お姉ちゃんにも迷惑をかけてしまった。
――迷惑をかけるばかりの子供だ。
口に出したら否定されるのが目に見えていたから、言葉にはしない。
言葉にしないから、心の中でグルグル。
この気持ちがいつまでも残り続ける。
――いつまでもお姉ちゃんの世話になるばかりの子供ではいられない。
ドライヤーがオフにされた。
『もう最悪だよ! あたしがその場にいたら、その女、ぶん殴ってやったのに!』
などと言って、先ほどまでヘアサロンのスタッフと一緒に憤慨していた梨々花の声は聞こえない。妖精のドロシーは自由に飛び回っている。
「奏絵ちゃん。しばらく占いから離れる?」
「……なんで?」
鏡越しに恵梨果と目を合わせる。彼女の眼は憂いに満ちていた。
「奏絵ちゃんが傷ついているように見えるから」
「そんなことないよ。少しびっくりしただけ。占いをしていたら、こんなことは、よくあることではないけれど時々あること」
かつて、祖母と占いに行った先でナイフを突きつけられたり、他にも色々あったが、言葉にはしない。
恵梨果がドライヤーを片付けて、新しいヘアブラシを取り出した。
奏絵の髪をブラシで優しく丁寧にときながら、優しく声をかけてくる。
「なら、佐奈子さんのカフェで騒ぎをおこしたこと?」
「……とても後悔している」
「そっか。そうだよね。でも、佐奈子さんにも言われたと思うけど、奏絵ちゃんが気にすることじゃないよ」
「カフェのお客さんに一杯嫌な気持ちをさせた」
「大丈夫。佐奈子さんのカフェの常連さんたちは、少し嫌な気持ちになったって、佐奈子さんのカフェを嫌いになったりはしないよ」
「SNSにカフェの悪い評判も書き込まれる」
「それこそ大丈夫。今の世の中、お客さん商売をしていたら、そういう悪い評判の書き込みは避けられないもの。すべてのお客様に毎回100%満足してもらうのは、ほとんど不可能だから」
「……でも」
――インターネットの世界で、悪い評判がずっと残ってしまう。
「みんなに迷惑をかけてばかり。みんなに守られてばかり。これじゃあ、まるで子供」
「子供かあ。じゃあ、大人って何だと思う?」
「……? 何でもできる人? 何かあってもひとりで解決できる人」
「なら、この間話した商店街の再開発計画でみんなが力を合わせたことはどうかな。一人では何もできなかったよ。子供かな?」
首を大きく横に振る。
「大人だって、誰かに迷惑をかけるのはしょっちゅうだし、誰かに守られているんだよ」
「でも……」
自分は迷惑をかけて、守られてばかり、と言いかけたが、恵梨果の両腕によってふんわりと抱きしめられる。
「奏絵ちゃんも守っているんだよ。私もそう。梨々花ちゃんもそう。奏絵ちゃんが占いで満足した人はみんなそう」
恋人と一緒に笑顔を浮かべる沙羅の姿が脳裏に浮かぶ。この街に来てから奏絵が占った人たちの姿も。
凝り固まっていた心がほぐれていく。
「それに奏絵ちゃんは占いをしない普通の人になることもできるんだよ」
思わず、目を瞬かせてしまう。
「そんなこと考えたことも無かった」
鏡越しに、恵梨果が見つめてきていた。その心配げな表情は「考えてみて」と言っているようだった。
――お姉ちゃんの言った通り、占いを完全に止めたら、
――私は本当の白紙の人生を歩ける。
――……そうしたら、ドロシーはどうなる?
妖精のドロシーが「呼んだ?」と言わんばかりの顔になって、奏絵の目の前に現れた。
「奏絵ちゃん。今、決める必要はないよ。そういう選択肢もある、ってだけ」
――そっか。占いに助けられていたのは私もなんだ。
――私は占いに頼り切っていた。
――けれど、……。
奏絵の顔を覗き込んでいたドロシーがニパッと笑うと、また自由に飛び始めた。
「占いは私の一部だから。占いをしないなんて考えられない」
「……そっか」
「でもね、お姉ちゃん。占いをしない私も、これから探していきたいんだ」
顔を恵梨果の体に寄せる。
――温かい。
でも、すぐに戻す。惜しくはない。温かさは心の中にちゃんとあるから。
「そっかあ」
恵梨果は包み込むような柔らかい笑顔を浮かべて、身体を離すと、またブラシを動かして髪をとかし始めた。
――お姉ちゃんのこの笑顔に私は何度も助けられてきた。
「だったら、私は奏絵ちゃんのことを全力でサポートするね」
「はい、はい、はい! あたしも奏絵を全力で応援する!」
横から梨々花の姿が鏡に映りこんでくる。いつもの明るい笑顔がまぶしい。
「まだいたんだ」
「いたよー」
「話を聞いていたんだ」
「聞いていましたー」
「そっか」
――梨々花の笑顔に何度も救われてきた。
だから、この言葉を紡ぐ。
――お姉ちゃんにはこれまでも何度も言ってきたけど、これからも言うだろう。
――梨々花には一度も口にしてこなかったけれど、これからは何度も口にするだろう。
この言葉を。
「……二人とも、ありがとう」
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