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第16話 D面-4&B面-4
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○「星屑13号のスターダストチャンネル」配信延期のお知らせ
かねてより持病の心星病を患っておりました星屑13号は、本日の「ココロスター10周年記念直前シークレット特別ライブ」を受けて、病状が急速に悪化し、尊死しました。
そのため、本日の配信は延期させていただきます。
復活の見込みと配信再開に関しましては、SNSにて改めてお知らせいたします。
視聴者の皆様にはご心配とご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。
何卒ご理解いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
*
ステージから舞台裏に下がってきた悠希と咲良は、先に下がっていた美羽と江莉の姿を見て、息を呑んだ。
普段のライブ終わりなら、江莉が「もっとステージに立たせろ!」「もっと歌わせろ!」と暴れている。そんな江莉の様子を見ながら、美羽は一見冷静にペットボトルの水で水分補給しているが、内面はそうではない。その証として、目は興奮でギラつかせていた。
だから、目の前の光景は、悠希と咲良にとって信じがたいものだった。
美羽と江莉が、2人とも座り込んで、静かに涙を流しているのだから。
――完全に放心状態。
もっとも、悠希と咲良も自分たちの情緒にダメージを負っていることを自覚している。もしも、自分たちが同じ立場だったら、
――もっと酷いことになってる。
周りで動いているスタッフたちも心なし動きが鈍い。演出の内容を知らされていなかった彼女たちとは違い、内容を知っていたにもかかわらず鈍い。
モニターに映し出されている客席の様子からも、ライブが終わったにもかかわらず、ファンたちの会場を後にするスピードがとても遅いのが分かる。放心状態に座り込んでいる人が結構いる。「結構」どころか、ほとんどだ。
何が起きたのか。
悠希と咲良は視線を落として、ライブ衣装に覆われた手を握って開く。
今回のライブのために作られた衣装のうち、指先から腕まですっぽり覆うアームカバーには特殊なセンサーが編み込まれている、と聞いていた。以前の配信番組で身に着けた、その場に無い物の手触り感を伝える手袋と同じ仕組みだ。
そのアームカバー越しに、悠希と咲良はガーネット・ヴァレンティーナとアメジスト・ラヴィニアに触れ、彼女たちの手を握った。カバーに編み込まれたセンサーによって作られた疑似的な触覚による作用であるが。
それでも、ガーネットとアメジストの手を握った感触をまざまざと思い起こすことが出来る。
燃えるような真っ赤な髪をかきあげるガーネットと、薄紫の髪をなびかせたアメジストと見つめ合った。ステージ上に投影された立体映像ではあったが。
ガーネットの深紅の瞳と、アメジストの深紫の瞳を、まぶたの裏にはっきりを思い浮かべることが出来る。
耳を塞いでいたイヤモニを外せば、ガーネットとアメジストの歌声も聞こえた。
ライブが始まる前、
「もしよかったら、ライブ中イヤモニを外してみてください」
とカズキが言っていた。なぜ、そんなことを言うのか、誰もが理解できなかった。
実際に外してみたら、理解できた。理解させられた。ガーネットとアメジストの口から声が聞こえたから。もちろん、それは指向性スピーカーを使った疑似的な物。最前列の客席の人であれば、辛うじて聞き取れたかもしれない。だけど、聞かせたかったのはステージ上に一緒に立っていた4人。
「ココロスター10周年記念直前シークレット特別ライブ」と銘打たれた今回のライブはナンバリングされた通常のライブイベントとは違う。本来の予定になかった。
「10周年記念ライブの前に、新しい試みを試してみたいのでご協力をお願いします」
スケジュールが空いているかの打診があった時に、カズキに言われた言葉だ。
美羽、江莉、悠希、咲良の4人のスケジュールは空いていた。
「私たちの予定が空いているのは分かっていて言ってきたでしょ。で、何するつもりなの?」
「秘密です」
美羽の詮索は一言で否定された。
スケジュールが確定した後にも、
「ゲストを2人呼ぶ予定になっていますが、本番まで合流が出来ません。最悪、4人でパフォーマンスをしていただくかもしれません。その点はご了承願います」
「またキャスリンを呼ぶつもり?」
「違います」
カズキの言葉から「多忙な有名人」を思い浮かべた江莉の言葉は否定された。
結局、ライブが開演するまでゲストが誰かは明らかにされなかった。それどころか、ライブの演出の詳しいことすら教えられなかった。開催が公表された生配信の後はもちろん、ライブ直前のゲネプロでもリハーサルでも。仲の良いライブスタッフから聞き出そうとしても、はぐらかされるか、断られた。カズキが口にしていた「新しい試み」がどのようなものか、
――また、アッと驚かされることなんだろうな。
と、4人ともあまり気にかけていなかった。
「秘密主義、ここに極まれり。ってね」
美羽はそう言いながら笑みを見せていた。どんなことが起きても問題ない、という力強い自信とともに。
そして、ライブの幕が上がった。普段とは違う平日開催にもかかわらず、客席はいつものように満席。幕が上がる直前にチェックした配信の視聴者数も上昇中。
4人でオープニング曲を歌い終わった後、美羽と江莉がMCとして掛け合いを始める。
「さあて、今日はゲストが来てくれることになっているんだけど。みんなも来ることは知っているんだよね」
「来ることは、ね。みんなはもちろん、ステージにいる4人全員、そのゲストが誰なのか全く知りません」
「最初に断っておくけど、キャスリンは違う」
会場がざわめく。でも、そのざわめきが、2人の脇に控えていた悠希と咲良の胸を期待で高鳴らせる。
「スタッフさんに聞いても全く教えてくれなかった。スタッフの意地悪!」
「だから、呼んでみましょう。誰なのかわからないゲストさん、どうぞ!」
呼び声に合わせて、会場の照明が暗転する。
そして、声が響く。
その声音は会場にいる誰もが知っている。「ココロスター」をプレイしていたら必ず耳にしている。でも、この会場では耳にすることはないはずだった。
「あら。知らないなんて薄情なことを言うのね」
「本当。そんなに薄情だなんて知らなかった」
会場がどよめく。次いで、ヒールの歩く音が2つ響く。
カツ コツ カツ コツ
会場のどよめきが次第に大きくなる。膨らんでいく期待感によって。
客席にいる誰もが同じ予想をした。ステージにいる4人も例外ではない。先日まで開かれていたイベントのようにスクリーン上に投影された「ココロスター」のキャラクターと、今回のライブでは共演するのだ、と。
だから、客席の全ての視線はステージのバックに設置された巨大スクリーンに集まる。ステージにいる4人も後ろを振り返る。
その期待と想像は裏切られる。
カツ コツ カツ コツ
投影されたのはスクリーンではなかった。スクリーンに光は灯らない。
「なんで、そんなところを見ているの?」
「私たちはこっちだぞ」
ステージ中央から客席に向かって伸びる花道の先端、客席の真ん中に設置されたセンターステージにスポットライトが灯った。
カツ コツ カツ コツ
2人が現れた。何も無い虚空から。
立体映像によって映し出されたその姿はまるで本当にそこにいるかのよう。
ヒールを履いた足。美羽たちと同じデザインの衣装をまとった身体。片方は燃えるような真っ赤な、もう片方は艶やかな薄紫の髪。瞳はそれぞれ深紅と深紫が彩る。
「知らないなら、まずは自己紹介しましょう。ガーネット・ヴァレンティーナよ」
「アメジスト・ラヴィニアだ」
会場が静寂に包まれる。
悠希と咲良は驚きで思わず顔を見合わせた。次いで、美羽と江莉の様子を見れば、彼女たちも驚きで目を見開いている。ステージから客席を見ても、誰もが驚きで目を見開いたり、口を大きく開けたりしていた。
それが立体映像だということは誰もが分かる。ガーネットとアメジストは現実の存在ではなく、ゲームの中の存在だから。
でも、目の前の光景はその絶対的事実を疑ってしまいたくなる。
実存感がある。反対側が透けて見えたりしない。モデルのパーツの合間に隙間が見えたりしない。不自然さを感じさせない。
冷静になって見たら、その姿が昨年開かれたキャラクターと触れ合えるイベントで使われていた3Dモデルと同じであることに気づく。最近、ゲームにも導入されたから、このライブを見ている人は誰でも分かる。
けれど、冷静ではいられない。
不可能と言われていたゲームの中の存在が現実に出現する。
その彼女たちが静寂に包まれた会場を見回すと、
「ねえ、アメジスト。どうやら、私たちは歓迎されていないようよ」
「そのようだな。だったら、帰るか、ガーネット?」
なんてことを口にしたから、
「「待って!」」
美羽と江莉が同時に呼び止めていた。
「折角来たんだから、何もしないで帰るなんて言わさないわ」
「そうだ。私たちと一緒に歌え」
「歌って、この会場にいる人たち、このライブを見ている人たちを私たちと一緒に魅了しなさい!」
「私たちの歌とダンスで世界を魅了しろ! なあ、そうだろ! みんな!?」
最後に江莉が会場にいるファンたちに呼びかけた瞬間、
会場全体が揺れた。
大歓声によって。
そこから始まった時間は、悠希と咲良にとって夢のような時間だった。美羽と江莉にとってもそうであることは2人の顔を見ればすぐに分かった。
声優にとって、演じるキャラクターを一言で表現したら「推し」だ。しかも、普通の「推し」ではない。推している他のオタクたちには絶対に負けない。誰よりもキャラクターのことを知っている。没となった未公表のことも知っている。なにより、自分が声を吹き込まなければ命が宿らない。その絶対的優越感。
絶対的な「推し」。
その「推し」と一緒にステージに立って、一緒にパフォーマンスをファンに披露した。
――夢以上のことが現実になった。
ライブが終わって、ここにいる4人の通信端末が、先程からいやというほどの着信通知を絶えることなく伝えてきている。
誰からの連絡か、は見なくても分かる。今日のステージに立たなかった8人からに決まっている。内容も、今度の10周年ライブで自分たちが演じるキャラクターが今日と同じように現れるのか、と聞いてきていることも。
でも、ふと、不安が悠希と咲良を襲ってきた。
――良くないことも起きているのではないか。
2人で一緒に通信端末を手に取って、着信を確認してみる。予想通り、今日のライブに参加しなかった仲間たちからの連絡。内容も予想通り。10周年ライブのこと。
とりあえず、端末で美羽と江莉の様子を写真に撮って、「同じステージに立つと凄すぎです」「先日のイベントとは比べものにならないほどの破壊力です」とそれぞれ書いて送信する。
次いで、SNSを確認してみる。
>今回のライブも神
>横にいるワイのパートナー、重度の心星病患者
無事死亡
ワイは見事重症化
>休憩中に見るものではない
持病が悪化したと言って早退決定
>最近のゲームイベントはキャラと中の人が一緒のステージに立つもんなん?
>これから海外の取引先と大切な会議、憂鬱
と思っていたら先方も同志
会議は中止
鑑賞会開催中
>美羽姉とガーネット様が一緒に歌ってる
エモい! エモすぎる!!!
>美羽姉、江莉姉ふたりともメチャクチャ嬉しそう
悠希ちゃんと咲良ちゃんもメチャクチャ楽しそう
>キャスリン見てる
めっちゃ楽しそう
あ! 尊死した
>湿布貰いに整形外科に来たら
先生とスタッフとじいちゃんばあちゃんがココロスターのライブ見てた
なんぞこれ?
>現実世界にご降臨されたガーネット様とアメジスト様は尊いの権化
>仕事中にこっそりライブを見てたら
バレて上司に怒られた
今社員全員でライブ応援中
仕事? そんなもん明日
>ココロスターのライブは宇宙一!!!!!
>会社の会議室でこっそり見てたら
気が付いたら大入り状態
社長もいる ヨシ!
>彼女たちははとんでもないものを盗んでいきました
私たちの心です
>だけどこれ10周年のプレだろ?
本物始まったら何が起きる? ガクブル
ネガティブな反応は欠片もない。絶賛する声ばかりだった。
悠希と咲良は互いの顔を見合わせた。
「「夢はまだまだ続くね!」」
かねてより持病の心星病を患っておりました星屑13号は、本日の「ココロスター10周年記念直前シークレット特別ライブ」を受けて、病状が急速に悪化し、尊死しました。
そのため、本日の配信は延期させていただきます。
復活の見込みと配信再開に関しましては、SNSにて改めてお知らせいたします。
視聴者の皆様にはご心配とご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。
何卒ご理解いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
*
ステージから舞台裏に下がってきた悠希と咲良は、先に下がっていた美羽と江莉の姿を見て、息を呑んだ。
普段のライブ終わりなら、江莉が「もっとステージに立たせろ!」「もっと歌わせろ!」と暴れている。そんな江莉の様子を見ながら、美羽は一見冷静にペットボトルの水で水分補給しているが、内面はそうではない。その証として、目は興奮でギラつかせていた。
だから、目の前の光景は、悠希と咲良にとって信じがたいものだった。
美羽と江莉が、2人とも座り込んで、静かに涙を流しているのだから。
――完全に放心状態。
もっとも、悠希と咲良も自分たちの情緒にダメージを負っていることを自覚している。もしも、自分たちが同じ立場だったら、
――もっと酷いことになってる。
周りで動いているスタッフたちも心なし動きが鈍い。演出の内容を知らされていなかった彼女たちとは違い、内容を知っていたにもかかわらず鈍い。
モニターに映し出されている客席の様子からも、ライブが終わったにもかかわらず、ファンたちの会場を後にするスピードがとても遅いのが分かる。放心状態に座り込んでいる人が結構いる。「結構」どころか、ほとんどだ。
何が起きたのか。
悠希と咲良は視線を落として、ライブ衣装に覆われた手を握って開く。
今回のライブのために作られた衣装のうち、指先から腕まですっぽり覆うアームカバーには特殊なセンサーが編み込まれている、と聞いていた。以前の配信番組で身に着けた、その場に無い物の手触り感を伝える手袋と同じ仕組みだ。
そのアームカバー越しに、悠希と咲良はガーネット・ヴァレンティーナとアメジスト・ラヴィニアに触れ、彼女たちの手を握った。カバーに編み込まれたセンサーによって作られた疑似的な触覚による作用であるが。
それでも、ガーネットとアメジストの手を握った感触をまざまざと思い起こすことが出来る。
燃えるような真っ赤な髪をかきあげるガーネットと、薄紫の髪をなびかせたアメジストと見つめ合った。ステージ上に投影された立体映像ではあったが。
ガーネットの深紅の瞳と、アメジストの深紫の瞳を、まぶたの裏にはっきりを思い浮かべることが出来る。
耳を塞いでいたイヤモニを外せば、ガーネットとアメジストの歌声も聞こえた。
ライブが始まる前、
「もしよかったら、ライブ中イヤモニを外してみてください」
とカズキが言っていた。なぜ、そんなことを言うのか、誰もが理解できなかった。
実際に外してみたら、理解できた。理解させられた。ガーネットとアメジストの口から声が聞こえたから。もちろん、それは指向性スピーカーを使った疑似的な物。最前列の客席の人であれば、辛うじて聞き取れたかもしれない。だけど、聞かせたかったのはステージ上に一緒に立っていた4人。
「ココロスター10周年記念直前シークレット特別ライブ」と銘打たれた今回のライブはナンバリングされた通常のライブイベントとは違う。本来の予定になかった。
「10周年記念ライブの前に、新しい試みを試してみたいのでご協力をお願いします」
スケジュールが空いているかの打診があった時に、カズキに言われた言葉だ。
美羽、江莉、悠希、咲良の4人のスケジュールは空いていた。
「私たちの予定が空いているのは分かっていて言ってきたでしょ。で、何するつもりなの?」
「秘密です」
美羽の詮索は一言で否定された。
スケジュールが確定した後にも、
「ゲストを2人呼ぶ予定になっていますが、本番まで合流が出来ません。最悪、4人でパフォーマンスをしていただくかもしれません。その点はご了承願います」
「またキャスリンを呼ぶつもり?」
「違います」
カズキの言葉から「多忙な有名人」を思い浮かべた江莉の言葉は否定された。
結局、ライブが開演するまでゲストが誰かは明らかにされなかった。それどころか、ライブの演出の詳しいことすら教えられなかった。開催が公表された生配信の後はもちろん、ライブ直前のゲネプロでもリハーサルでも。仲の良いライブスタッフから聞き出そうとしても、はぐらかされるか、断られた。カズキが口にしていた「新しい試み」がどのようなものか、
――また、アッと驚かされることなんだろうな。
と、4人ともあまり気にかけていなかった。
「秘密主義、ここに極まれり。ってね」
美羽はそう言いながら笑みを見せていた。どんなことが起きても問題ない、という力強い自信とともに。
そして、ライブの幕が上がった。普段とは違う平日開催にもかかわらず、客席はいつものように満席。幕が上がる直前にチェックした配信の視聴者数も上昇中。
4人でオープニング曲を歌い終わった後、美羽と江莉がMCとして掛け合いを始める。
「さあて、今日はゲストが来てくれることになっているんだけど。みんなも来ることは知っているんだよね」
「来ることは、ね。みんなはもちろん、ステージにいる4人全員、そのゲストが誰なのか全く知りません」
「最初に断っておくけど、キャスリンは違う」
会場がざわめく。でも、そのざわめきが、2人の脇に控えていた悠希と咲良の胸を期待で高鳴らせる。
「スタッフさんに聞いても全く教えてくれなかった。スタッフの意地悪!」
「だから、呼んでみましょう。誰なのかわからないゲストさん、どうぞ!」
呼び声に合わせて、会場の照明が暗転する。
そして、声が響く。
その声音は会場にいる誰もが知っている。「ココロスター」をプレイしていたら必ず耳にしている。でも、この会場では耳にすることはないはずだった。
「あら。知らないなんて薄情なことを言うのね」
「本当。そんなに薄情だなんて知らなかった」
会場がどよめく。次いで、ヒールの歩く音が2つ響く。
カツ コツ カツ コツ
会場のどよめきが次第に大きくなる。膨らんでいく期待感によって。
客席にいる誰もが同じ予想をした。ステージにいる4人も例外ではない。先日まで開かれていたイベントのようにスクリーン上に投影された「ココロスター」のキャラクターと、今回のライブでは共演するのだ、と。
だから、客席の全ての視線はステージのバックに設置された巨大スクリーンに集まる。ステージにいる4人も後ろを振り返る。
その期待と想像は裏切られる。
カツ コツ カツ コツ
投影されたのはスクリーンではなかった。スクリーンに光は灯らない。
「なんで、そんなところを見ているの?」
「私たちはこっちだぞ」
ステージ中央から客席に向かって伸びる花道の先端、客席の真ん中に設置されたセンターステージにスポットライトが灯った。
カツ コツ カツ コツ
2人が現れた。何も無い虚空から。
立体映像によって映し出されたその姿はまるで本当にそこにいるかのよう。
ヒールを履いた足。美羽たちと同じデザインの衣装をまとった身体。片方は燃えるような真っ赤な、もう片方は艶やかな薄紫の髪。瞳はそれぞれ深紅と深紫が彩る。
「知らないなら、まずは自己紹介しましょう。ガーネット・ヴァレンティーナよ」
「アメジスト・ラヴィニアだ」
会場が静寂に包まれる。
悠希と咲良は驚きで思わず顔を見合わせた。次いで、美羽と江莉の様子を見れば、彼女たちも驚きで目を見開いている。ステージから客席を見ても、誰もが驚きで目を見開いたり、口を大きく開けたりしていた。
それが立体映像だということは誰もが分かる。ガーネットとアメジストは現実の存在ではなく、ゲームの中の存在だから。
でも、目の前の光景はその絶対的事実を疑ってしまいたくなる。
実存感がある。反対側が透けて見えたりしない。モデルのパーツの合間に隙間が見えたりしない。不自然さを感じさせない。
冷静になって見たら、その姿が昨年開かれたキャラクターと触れ合えるイベントで使われていた3Dモデルと同じであることに気づく。最近、ゲームにも導入されたから、このライブを見ている人は誰でも分かる。
けれど、冷静ではいられない。
不可能と言われていたゲームの中の存在が現実に出現する。
その彼女たちが静寂に包まれた会場を見回すと、
「ねえ、アメジスト。どうやら、私たちは歓迎されていないようよ」
「そのようだな。だったら、帰るか、ガーネット?」
なんてことを口にしたから、
「「待って!」」
美羽と江莉が同時に呼び止めていた。
「折角来たんだから、何もしないで帰るなんて言わさないわ」
「そうだ。私たちと一緒に歌え」
「歌って、この会場にいる人たち、このライブを見ている人たちを私たちと一緒に魅了しなさい!」
「私たちの歌とダンスで世界を魅了しろ! なあ、そうだろ! みんな!?」
最後に江莉が会場にいるファンたちに呼びかけた瞬間、
会場全体が揺れた。
大歓声によって。
そこから始まった時間は、悠希と咲良にとって夢のような時間だった。美羽と江莉にとってもそうであることは2人の顔を見ればすぐに分かった。
声優にとって、演じるキャラクターを一言で表現したら「推し」だ。しかも、普通の「推し」ではない。推している他のオタクたちには絶対に負けない。誰よりもキャラクターのことを知っている。没となった未公表のことも知っている。なにより、自分が声を吹き込まなければ命が宿らない。その絶対的優越感。
絶対的な「推し」。
その「推し」と一緒にステージに立って、一緒にパフォーマンスをファンに披露した。
――夢以上のことが現実になった。
ライブが終わって、ここにいる4人の通信端末が、先程からいやというほどの着信通知を絶えることなく伝えてきている。
誰からの連絡か、は見なくても分かる。今日のステージに立たなかった8人からに決まっている。内容も、今度の10周年ライブで自分たちが演じるキャラクターが今日と同じように現れるのか、と聞いてきていることも。
でも、ふと、不安が悠希と咲良を襲ってきた。
――良くないことも起きているのではないか。
2人で一緒に通信端末を手に取って、着信を確認してみる。予想通り、今日のライブに参加しなかった仲間たちからの連絡。内容も予想通り。10周年ライブのこと。
とりあえず、端末で美羽と江莉の様子を写真に撮って、「同じステージに立つと凄すぎです」「先日のイベントとは比べものにならないほどの破壊力です」とそれぞれ書いて送信する。
次いで、SNSを確認してみる。
>今回のライブも神
>横にいるワイのパートナー、重度の心星病患者
無事死亡
ワイは見事重症化
>休憩中に見るものではない
持病が悪化したと言って早退決定
>最近のゲームイベントはキャラと中の人が一緒のステージに立つもんなん?
>これから海外の取引先と大切な会議、憂鬱
と思っていたら先方も同志
会議は中止
鑑賞会開催中
>美羽姉とガーネット様が一緒に歌ってる
エモい! エモすぎる!!!
>美羽姉、江莉姉ふたりともメチャクチャ嬉しそう
悠希ちゃんと咲良ちゃんもメチャクチャ楽しそう
>キャスリン見てる
めっちゃ楽しそう
あ! 尊死した
>湿布貰いに整形外科に来たら
先生とスタッフとじいちゃんばあちゃんがココロスターのライブ見てた
なんぞこれ?
>現実世界にご降臨されたガーネット様とアメジスト様は尊いの権化
>仕事中にこっそりライブを見てたら
バレて上司に怒られた
今社員全員でライブ応援中
仕事? そんなもん明日
>ココロスターのライブは宇宙一!!!!!
>会社の会議室でこっそり見てたら
気が付いたら大入り状態
社長もいる ヨシ!
>彼女たちははとんでもないものを盗んでいきました
私たちの心です
>だけどこれ10周年のプレだろ?
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