その土竜は己の爪を「鋭くない」と隠す ~臆病者の東京ダンジョン探索記

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13 その土竜、推しをもてなす(後編)

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「なら、是非、おススメを教えてください」

「おすすめですか。おすすめは、やはり、あそこの『今日のおすすめ』はハズレがないですね」 

 寛乃の言葉に、伸忠はカウンター奥に掲げられている筆文字の品書きを指し示す。 

「特にダンジョンジビエが目当てなら、お値段は張りますが、『特選』とあるのはおすすめですよ」 

「悪い! 今日はさっきのでお終いなんだ」 

 カウンター越しにそう言う直章の後ろで、万理華が「狼肉の水餃子」の品書きを外していた。 

「特別、今日のは下準備に手間がかかって、量を用意できなかったんだ。本当に申し訳ない」 

 最後に頭を下げて詫びるのは寛乃に向かって。しかし、それだけでは終わらない。 

「そうだ。石引。お前、直接箸付けてないだろ。なんだったら、水餃子、分けて差し上げろ」 

「え? いいんですか?」 

 直章の言葉に間髪入れずに寛乃が食いついてくる。 

 ――初対面の男が突いていた皿から取るのに躊躇しないのか。 

 伸忠が断る理由を考えつく前に、さっさと直章が堀を埋めにかかってくる。 

「これ、取り皿な」 

「ありがとうございます」 

 皿を受け取った寛乃が、伸忠の方を見て、 

「いただいてもいいですか?」 

 ワクワクと期待に満ちた顔を向けられたら、伸忠にNOと言う選択肢は取れなかった。 

「……どうぞ。皿の上で切り分けて少し冷ました方が良いですよ。小籠包のように、中は熱い肉汁がたっぷりなので、直接かぶりつくと多分大惨事になります」 

「分かりました!」 

 丼椀に浸かっていたレンゲを手に取って、中の水餃子を取る寛乃の様子を見る。ニヤニヤ笑うおっさん直章を見るより、期待で目をキラキラさせている綺麗な女性を見ている方が数百倍良かった。 

 寛乃が、箸を水餃子に当てて割ると、湯気とともに、中からブワッと肉汁が溢れ出て、皿の上で海が誕生する。 

「うわ~」 

 一口サイズに切り分けて、口に運ぶと、 

「……ハフハフ……はわ~~」 

 口福こうふくで表情が融けている。直章の顔の表情も、ニヤニヤ笑いから、料理人として満足した笑みに変わる。 

「お客さん。日本酒はいける口かい?」 

「はい!」 

 直章が差し出したお猪口を、寛乃が受け取ったから、伸忠も手元にある銚子を手に取った。彼女の表情を見たら、「幸せのおすそわけ」と書いて「口福の沼」に引きずり込みたくなった。 

 「セレナーデ通信」で、彼女の日本酒好きは知っていたから。 

『是非、最近噂になっている「大洞窟」を飲みたいです』 

とも話していたのを覚えていたから。 

「ありがとうございます。ちょうだいします。……ふわ~~。美味しい~。幸せ~~」 

 さらに表情が融けた寛乃を見て、伸忠と直章は互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑った。 

「美味いだろ」 

「はい!」 

「今日の水餃子には、とりわけ、その酒、『大洞窟』が合うんだよ。特別、狙ったわけじゃないんだがな」 

「へ~。そうなんですか~。……え? 『大洞窟』?」 

 何気ない直章の言葉は、美酒の美味しさに酔いしれていた寛乃を我に返らせ……なくて、混乱に陥れる。 

「え? 今、私が飲んだお酒、『大洞窟』なんですか?」 

 身体を前のめりにして聞いてくる寛乃に、直章は頷く。 

「ああ、そうさ」 

「え? 世間で人気沸騰中で全然手に入らない、というあのお酒?」 

 この言葉に、直章は呆れながら、「理解できない」といった様子で、 

「そうらしいな」 

「え? え?」 

「まだ信じられていないな。なら、証拠を見せてやろう」 

 バックヤードに下がって、5合瓶を1本持って戻ってきた。そのラベルには「大洞窟」の3文字。 

「わ~、本物です。……あ! 写真撮ってもいいですか?」 

「いいぞ。ただ、その写真をSNSにアップする時は気を付けた方が良いぞ。炎上していいなら構わないがな。それと、この店のことは分からないようにしてくれ。客が来てくれるだけならいいんだが、面倒事も一緒に来るのは勘弁してほしいからな」 

「わかりました」 

 左手の腕輪型端末のカメラ機能を起動して、何枚も写真を撮る寛乃を横目に、今、世間で起きている大騒動を思い浮かべたのか直章がぼやく。 

「本当、なんでこんなに大騒ぎになるんだろうな。ただの普通に美味い酒なんだが」 

 そのボヤキに寛乃は乾いた笑いを浮かべた。「大洞窟」を一口でいいから飲みたい人々が集まっている狂騒曲に、ついさっきまで参加していた側だったから。 

「まあ、これを普通に飲めている側の人間だから言える言葉か。その意味では、石引に感謝しないといけないな」 

「……どういうことですか?」 

 寛乃の問いかけに、直章は得意げにニヤリと笑みを浮かべる。伸忠はそんな直章に「余計なことは話すな」と睨みつけることしかできない。寛乃の相手を直章に押し付けたつもりで、口の中を水餃子で一杯にしてしまっていたから。 

「こいつが『大洞窟』誕生の立役者なんだよ。ダンジョンの中で、酒造りに最適な麹菌を探して取ってきた」 

「……え?」 

 直章の言葉に、寛乃が伸忠の方をグルリと向く。だから、伸忠は、口の中の物をごくりと飲み込んでから、口を開く。 

「……運が良かったんですよ」 

「『運が良かった』の一言では片付けられないよな。もう、『これは運命だ』って断言してもいいレベルだろ。『大洞窟』を作っている酒蔵の若旦那が『全然依頼を引き受けてくれない』ってここで管を巻いていたら、こいつが『じゃあ、引き受けますよ』の一言で受けて、1カ月で結果を出すんだぜ」 

 幸運に恵まれたのは確かだが、伸忠のスキル「観察」の功績も大きい。なにせ、日本酒造りに最適な麹菌を見つけられる場所、タイミング、諸々全てを直感的に指し示してきたのだから。

「この手の依頼は見つけられるまでの時間が見通せないから、探索者の間では人気が無いんだよ。見つからなければ延々と続くし、報酬も少ないものが多いしな」 

「あの依頼の報酬は、お金ではなくて現物供給でしたが、破格でしたよ」 

「まあな。お前が死ぬか、酒蔵が潰れるか、どちらかまで、ずっと毎年1斗、酒蔵で作る酒を貰えるだったか。1升瓶で10本分、5合瓶なら20本分だな。あと、優先購入権もあったっけ」 

「あの蔵、それまでは知らなかったですけど、作っているお酒、どれも美味しかったですから。ラボまで作った菌狂いの若旦那の腕は確かですよ」 

「そうだよなあ」 

と、直章が相槌を返しながら、一瞬だけ視線が泳ぐのを見て、

 ――だからと言って、実際に依頼を受けるかは別だよな。 

 そう思われていることを、探索者としての異質さを改めて感じ取られていることを、伸忠は察するが気にしない。いつものことだから。

「じゃあ、伸おにいさんはこの『大洞窟』をいっぱい飲めるんですか?」 

「飲める、というか、1人だから飲みきれないんですよ。幸い、『大洞窟』は5合瓶に詰められているから、何回かに分けることになりますが、まあ飲みきれない量ではない。でも、それが20本となると、ね。日本酒は好きだけど、量はそんなに呑めないから、正直持て余しているんです。だから、蔵から貰った分は持ち込みの形でこのお店で管理保存してもらっているほど。ああ、そうだ。まだ未開封の瓶、ありましたよね」 

「あるぞ」 

「なら、1本、彼女が帰るときに持たせてあげてください」 

「分かった」 


 *


 そんな言葉を発する伸忠と、それを受けて、またニヤリと今度は人好きのする笑みを浮かべた直章。その2人の様子を、寛乃は呆然としながら見ていた。 

 そして、 

『私に好きなだけ日本酒を飲ませてくれる人がいたら、結婚してもいいです』 

 かつて、「スターライトセレナーデ」のライブ配信「セレナーデ通信」で口にした言葉が脳裏に浮かんでくる。 

 言葉の前には、「こんなことを言ってもいい男性が現れたら」と但し書きがついていた。今ではそこだけ抜け落ちて、「酒が絡むとダメ人間」というレッテルを補強する材料の1つになってしまっている。もっとも、そのレッテルは事実だったから、否定するつもりは無い。 

 けれど、その配信の直後、SNSを通じて何通もプロポーズメッセージが届いた。今でも時々届く。届いたらすぐにブロックする。 

 ――キモイ。 

 会ったこともない相手にそんなメッセージを送る感性が理解できなかった。 

 配信で口にした時も、その場の空気で大げさに言っただけで、 

 ――自分が実際に口にすることは未来永劫無い。 

 でも、気が付いたら、言葉が口から出ていた。晴菜の横でこれまで見ていた伸忠のやり取りと、今日実際会って感じた印象。それから、なにより「大洞窟」という美酒をたくさん飲める、その誘惑から。 

「私と結婚しましょう!」 

 口にしておきながら、自嘲する思いが浮かんでくる。

 ――ブロックした人のこと、笑えないな。
 ――やっぱり「ダメ人間だ」。

 陰に隠し、無かったことにする。
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