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都市伝説 幻想図書館②-1

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「ねぇ、あれってどう思う?」

   りんごを片手にそれを天井に向けて放り投げ、落ちてきたものを掴む。

   オルメカはベッドに浅く腰掛けながら窓の方を向いている。その手の中にはりんごがある。


    大衆酒場を後にした二人は近くの宿屋へと場所を移し、今は空いていた一部屋に腰を下ろしている。

「…酒場の人が話していた奇妙な人間の事か」

   窓辺に腰掛けているソロモンは窓の外を見ながらその質問に答える。腕を組み、窓にもたれ掛かるような体勢だ。

   窓の横に備え付けられているベッドに座るオルメカはりんごを齧りながら話す。

「そうそう。あのおばちゃんが話してた特徴…アイツ、だよね」

    心底嫌そうな顔をしながらそう言った。どうやら、知り合いではあるが会いたくない相手といったところのようだ。

「…そうだな…。そうそういる特徴の持ち主ではないからな。…間違い無いだろうな」

   ソロモンもまた嫌そうな渋い顔をしていた。

「…アイツ、絶対に辿り着いてはいないと思うんだよね」

「幻想図書館にか?」

「うん。何も無かったって言うのは嘘だと思う」

「根拠は?」

「ただの勘」

   そう言いきったオルメカに対してソロモンは小さなため息をついた。

   だが実際、誰かが辿り着いているならば、都市伝説の域を出る話が出回ってもおかしくはないだろう。誰もが探すその場所にいち早く辿り着いているならば、武勇伝にでもしている奴がいそうなものだ。

   では何故、未だ噂の域を出ない話ばかりが出回っているのか。酒場で聞いた話も、ほとんどがそのようなもので、貴重だったといえば最後におばちゃんが教えてくれたとある条件くらいのものだった。

「でもさー、こんだけ色々噂があるのにさ、他に全然聞かないんだけど。幻想図書館にいる美少年の話」

   口を尖らせながら不服そうに呟く。ベッドに腰掛けながら、足を組み、頬杖をつくと食べ終えたりんごの芯をゴミ箱に投げる。それは見事にホールインワンをした。

「「幻想図書館には水先案内人の美少年がいる」」

   その風の噂を何処からか仕入れて来たオルメカは美男子愛好家としては会いに行かねばならないと、ソロモンを引き連れて旅に出てきたのだ。と、言っても、ソロモン自身、彼女の旅の道中で彼女に捕まり、旅は道連れと言わんばかりに同行することになってしまった哀れな男である。

  風の噂を頼りに始まった珍道中の旅は、まだ始まったばかりだ。





   辺りはすっかりは暗くなり、夕飯も済ませ風呂にも入ってきたオルメカはベッドの上に寝転んでいた。

「あー久しぶりのふかふかベッドとお布団だー!」

   気持ちよさそうにゴロゴロしている。

   ガチャリとドアが開き、お風呂から戻ってきたソロモンが入ってくる。その手には珈琲とフルーツ牛乳が握られている。

「…髪ぐらい乾かしたらどうなんだ」

   そう言いながらオルメカの頬にフルーツ牛乳を当てる。ひんやり冷たいフルーツ牛乳は熱った頬にも気持ちいい。オルメカは「ありがと」とお礼を言い、受け取ってから上半身を起こす。
   パカッと蓋を開けてぐびぐびと飲み始める。
その彼女の隣にソロモンは腰掛け、珈琲を飲み始めた。

   一息入れて、話題は都市伝説へと戻る。

「本当に聞いたのか?お前の言うその少年がいるっていう噂」

「あー信じてないな?その反応。…って言ってもねー今日までは私も半信半疑だったよ」

「今日までは?…あの酒場での話の中に情報があったのか?」

   オルメカの言葉にソロモンは少し驚いたようだった。どれも変わり映えしない噂の内容だったと思うのだが…。
   オルメカは牛乳瓶をひらひらさせながら「ちょっと癪に障るんだけどね」と付け加えた。

「おばちゃんが言ってた奇妙なアイツの話、覚えてるよね?」

「ああ、特に何もない普通の図書館だっていうやつだな」

「そうそう、それ。その話の中にあったでしょ?図書館には番人がいるってのがさ」

…ああ、そういえばそうだな、とソロモンは頷いて返事する。

「所蔵されている本のこととかは噂になってるけど、番人だとか水先案内人だとか、人に関する噂はないんだよね」

   オルメカは飲み終えたフルーツ牛乳を机の上に置く。

「それってさ、木を隠すなら森の中、噂の中の真実…だったりしないかなって思うんだよね」

「誰かが噂の中に本当の情報を紛れ込ませたと?だが、辿り着いた人間がいるという話は聞こえてこない。代わりに出現情報は無数にあるがな…」

   ベッドから飛び降り、伸びをする。

   それから、オルメカは鏡の前に座り、ドライヤーで髪を乾かし始めた。

「そこなんだよね。出現情報は山ほどあるのに辿り着いて中に入った噂は聞かない。のに真実めいた噂が紛れてる」

  髪を乾かしながらくるりと振り向き、ソロモンの方を見る。

「この都市伝説、何かおかしいよね?」

   その言葉に、ソロモンは黙り下を向いた。目線の先にはウエストポーチから取り出した手帳がある。今までの情報をメモしていたようだ。そこには、酒場のおばちゃんが言っていたとある条件も記されている。

ー幻想図書館の出現条件ー



「…まとめると、満月の夜か朔の日に人気のない廃墟や遺跡に現れる…か」

   視線を手帳に落としながらそう呟いた。それが聞こえていたのか、下を見ているからか、オルメカは手にしていたドライヤーを机に置いてから彼の隣に座り、手帳を覗き込んだ。

「なになに?どゆこと?」

   そこには、これまでの情報が書き込まれている。その中に、彼の思考が読み取れるメモがあった。

「満月の夜と朔の日…月が関係している…か」

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