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邂逅逸話 暁のシジル 解①-3
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「太陽の位置が…変わってない?こんな夕方なら三十分もしたらすぐに暗くなってるはずじゃない?」
「せやんなぁ…。もう真っ暗でもええやんなぁ」
「…街の影も動いてなくないですか…?角度が変わってない感じがします…さっき見た時と…」
各々のその反応を見て、メイジーがまとめる。
「ここは…ただのクローズド・サークルじゃないわ…。そう…幻影の街、存在しない…偽りの世界よ」
サァー…と風が窓から吹き抜ける。シャアムが入ってきてから開けっぱなしだった窓から入り込む風にはどこか渇いた土の匂いがする。
「幻影の街…じゃあ、この街自体が巨大な魔法…ってこと?」
なんて途方もない魔法だろうか。だが、そうなると、返って気になってくる事がある。
「…そんな街に…ソロモンを連れて来た意味って…?」
この閉鎖的空間にわざわざ異世界中をまわって人攫いまでして…。
「ええ、そこがわからないわ。一体、何をしようと言うのかしら」
「…せやな!!それは聞いてみなあかんわ!なぁ、姫さん」
シャアムは明るい声で切り出し、オルメカの肩にポンっと手を置く。「姫さん」とは誰の事だろう…?とハテナが飛んだが、シャアムの目線と肩に置いた手から自分のことだと察する。
「…え?あ?っと何?」
「あんさんの連れや、ソロモンゆーたかいな?なんや魔力痕だかなんかで居場所判るってゆーてたやん?それならこの街のどこにおるかもわかるんか?」
確かに、ここに入ってくる前にソロモンの魔力痕を追おうとして敵軍に邪魔されたのだが、ここはそんなに意識を集中しなくても彼の魔力痕が感じられた。その先…強く魔力痕を感じる先はー…。
暁に染まる城下町の中心にそびえ立つ、王城からだ。
「…あれ、あの王城。あそこにソロモンは居るよ」
窓の外、王城を指差す。それを聞いたシャアムはニヤッと笑い、窓に手と足を掛け、ひょいっと体を潜らせて外に出る。
「じゃあ、やーは今から王城探ってくるわ。踏み込むにしても構造も何もわからんかったら話にならんしな」
そう言ってすぐに窓からとなりの屋根に飛び降りて王城の方に飛んで跳ねて掛けて行った。
あまりにも流れるように行ってしまったので、引き止める事も出来なかった。
咄嗟に伸ばしていた行き場のない手が宙を彷徨う。
「気にすることは無いわ。あれが彼の役割よ。それに、彼一人に任せる方が成功率がいいわ」
くるっと方向を変えてメイジーは窓から離れる。
どうもこの二人は淡白なのか信頼しあっているのか、掴みきれない感じがする。そんな事を考えていたオルメカの服を裾をアリスがくいっと引っ張る。
「…ん?どうしたの?アリス」
「あの…僕にも何かできませんか?僕も何かしたいです」
可愛く聞いてくるアリスの姿にオルメカは鼻血が出そうになる。これはやばいとパッと視線を逸らすと、たまたまメイジーとバチンと視線が合う。
じっ…とこちらを見ていたようだ。そして何か言わんとしているようにも見える。
「…何?どうしたの?」
「…その子…その少年は…非戦闘員なのでしょう?」
「え?ああ、そうだね、アリスは戦えないよ」
その一言にメイジーは眉を寄せる。
…ん?何だ?その反応。
「…戦えないのなら、大人しくしているべきではなくて?足でまといになるだけよ」
メイジーのその言葉に、カチンときたのはアリス本人ではなく、オルメカの方だった。
「…むっ。…アリス、手伝いたいんだよね?なら、ひとつ頼まれてくれる?」
振り向き、アリスにメモを書いて渡す。
そのメモを読んだアリスはうなづいて、ローブのフードを深く被り、部屋の扉から出ていった。
その後ろ姿を見送ったオルメカにメイジーが突っかかる。
「…会った時から思っていたのだけど、貴女、何故、非戦闘員を連れて歩いているのよ?あの時だってあの子を人質に取られていたわよね。…守りきることが出来ないなら連れ歩くべきではないんじゃないかしら」
唐突にそう切り出されて、オルメカはぽかんと口を開けて放心してしまう。
「戦えもしない子を連れ歩くなんて、非常識なんじゃないかしら」
つかつかとオルメカの目の前まで歩いてくる。ずいっとオルメカの眼前に顔を突き合わせた。
「…貴女…自分は美男子愛好家だって言ってたわね。…それってつまりは自己満足ってこと?綺麗な男の子を侍らして良い気にでもなりたいだけ?それだけなら、貴女とても我儘だわ。その我儘のせいで少年を危険に晒しているというの!?…私達が駆けつけなかったら、どうするつもりだったと言うの?」
睨むようにオルメカを見る。きっと初めて会った時から思っていたことなんだろう。それを今まで言わなかったのは、アリスに気遣ってか…。だが、確かにその指摘は正しいと思う。とはいえ、オルメカも考えがなかったわけじゃない。
「…一応、手立てはあったよ。二人が来なければ、奥の手を使ってたもん。でも、それが何かを言ったら奥の手じゃなくなるからね。言わないよ」
眼前に迫るメイジーの目をしっかり捉える。
「それに、アリスは非戦闘員だけど、足でまといじゃないし役立たずなんかでもないよ。あの子には知識があるもん」
アリスは幻想図書館にいた少年。蔵書の中身はいずれもどこかの誰かの半生が描かれたもの。どんな物を見てきたのか、何を感じ、何を思ったのか。それらを読んで過ごしていたのだ。それはつまり、何百、何万と図書館に置かれていただけの数の人生を見てきたとも言える。人ひとりのその一度きりの人生で見聞き出来るものは限られる。だが、その人生を膨大な量垣間見ることが出来たなら…。
途方もない世界の知識を得ることが出来る。
「…知識?何を言ってるの?あの子は何も知らないような、そんな態度しか取ってないわ」
「…そうだね。確かに、知らない事も多いよ。でも多分まだわかってないだけ」
「わかってない…?」
オルメカはメイジーの肩に手を押し当て、離す。
「アリスは、自分の知識が物語の中だけの話じゃないって事を、まだわかってないだけ。きっとそれが自分で飲み込めたら、あの子はここにいる誰よりも頭がキレる子になるし、魔法だって武器だって難なくこなせるようになる」
まっすぐ、メイジーの目を見つめてオルメカはそう言った。そのまっすぐな瞳に、メイジーは折れるように小さな溜息をついた。
「……この先、足でまといと判断したら、切り捨てるわよ、私は、ね」
「私…は?」
「シャアムは…そういうのを嫌うから…」
少し目を伏せるようにそう言った。
そういえば、彼はよくアリスを構っているなと思う。
「…後悔、しないようにしなさいよ」
メイジーはそれだけ言って、部屋を出ていった。その後ろ姿を見送ったオルメカは、ただ閉じた扉を見つめていたー…。
「せやんなぁ…。もう真っ暗でもええやんなぁ」
「…街の影も動いてなくないですか…?角度が変わってない感じがします…さっき見た時と…」
各々のその反応を見て、メイジーがまとめる。
「ここは…ただのクローズド・サークルじゃないわ…。そう…幻影の街、存在しない…偽りの世界よ」
サァー…と風が窓から吹き抜ける。シャアムが入ってきてから開けっぱなしだった窓から入り込む風にはどこか渇いた土の匂いがする。
「幻影の街…じゃあ、この街自体が巨大な魔法…ってこと?」
なんて途方もない魔法だろうか。だが、そうなると、返って気になってくる事がある。
「…そんな街に…ソロモンを連れて来た意味って…?」
この閉鎖的空間にわざわざ異世界中をまわって人攫いまでして…。
「ええ、そこがわからないわ。一体、何をしようと言うのかしら」
「…せやな!!それは聞いてみなあかんわ!なぁ、姫さん」
シャアムは明るい声で切り出し、オルメカの肩にポンっと手を置く。「姫さん」とは誰の事だろう…?とハテナが飛んだが、シャアムの目線と肩に置いた手から自分のことだと察する。
「…え?あ?っと何?」
「あんさんの連れや、ソロモンゆーたかいな?なんや魔力痕だかなんかで居場所判るってゆーてたやん?それならこの街のどこにおるかもわかるんか?」
確かに、ここに入ってくる前にソロモンの魔力痕を追おうとして敵軍に邪魔されたのだが、ここはそんなに意識を集中しなくても彼の魔力痕が感じられた。その先…強く魔力痕を感じる先はー…。
暁に染まる城下町の中心にそびえ立つ、王城からだ。
「…あれ、あの王城。あそこにソロモンは居るよ」
窓の外、王城を指差す。それを聞いたシャアムはニヤッと笑い、窓に手と足を掛け、ひょいっと体を潜らせて外に出る。
「じゃあ、やーは今から王城探ってくるわ。踏み込むにしても構造も何もわからんかったら話にならんしな」
そう言ってすぐに窓からとなりの屋根に飛び降りて王城の方に飛んで跳ねて掛けて行った。
あまりにも流れるように行ってしまったので、引き止める事も出来なかった。
咄嗟に伸ばしていた行き場のない手が宙を彷徨う。
「気にすることは無いわ。あれが彼の役割よ。それに、彼一人に任せる方が成功率がいいわ」
くるっと方向を変えてメイジーは窓から離れる。
どうもこの二人は淡白なのか信頼しあっているのか、掴みきれない感じがする。そんな事を考えていたオルメカの服を裾をアリスがくいっと引っ張る。
「…ん?どうしたの?アリス」
「あの…僕にも何かできませんか?僕も何かしたいです」
可愛く聞いてくるアリスの姿にオルメカは鼻血が出そうになる。これはやばいとパッと視線を逸らすと、たまたまメイジーとバチンと視線が合う。
じっ…とこちらを見ていたようだ。そして何か言わんとしているようにも見える。
「…何?どうしたの?」
「…その子…その少年は…非戦闘員なのでしょう?」
「え?ああ、そうだね、アリスは戦えないよ」
その一言にメイジーは眉を寄せる。
…ん?何だ?その反応。
「…戦えないのなら、大人しくしているべきではなくて?足でまといになるだけよ」
メイジーのその言葉に、カチンときたのはアリス本人ではなく、オルメカの方だった。
「…むっ。…アリス、手伝いたいんだよね?なら、ひとつ頼まれてくれる?」
振り向き、アリスにメモを書いて渡す。
そのメモを読んだアリスはうなづいて、ローブのフードを深く被り、部屋の扉から出ていった。
その後ろ姿を見送ったオルメカにメイジーが突っかかる。
「…会った時から思っていたのだけど、貴女、何故、非戦闘員を連れて歩いているのよ?あの時だってあの子を人質に取られていたわよね。…守りきることが出来ないなら連れ歩くべきではないんじゃないかしら」
唐突にそう切り出されて、オルメカはぽかんと口を開けて放心してしまう。
「戦えもしない子を連れ歩くなんて、非常識なんじゃないかしら」
つかつかとオルメカの目の前まで歩いてくる。ずいっとオルメカの眼前に顔を突き合わせた。
「…貴女…自分は美男子愛好家だって言ってたわね。…それってつまりは自己満足ってこと?綺麗な男の子を侍らして良い気にでもなりたいだけ?それだけなら、貴女とても我儘だわ。その我儘のせいで少年を危険に晒しているというの!?…私達が駆けつけなかったら、どうするつもりだったと言うの?」
睨むようにオルメカを見る。きっと初めて会った時から思っていたことなんだろう。それを今まで言わなかったのは、アリスに気遣ってか…。だが、確かにその指摘は正しいと思う。とはいえ、オルメカも考えがなかったわけじゃない。
「…一応、手立てはあったよ。二人が来なければ、奥の手を使ってたもん。でも、それが何かを言ったら奥の手じゃなくなるからね。言わないよ」
眼前に迫るメイジーの目をしっかり捉える。
「それに、アリスは非戦闘員だけど、足でまといじゃないし役立たずなんかでもないよ。あの子には知識があるもん」
アリスは幻想図書館にいた少年。蔵書の中身はいずれもどこかの誰かの半生が描かれたもの。どんな物を見てきたのか、何を感じ、何を思ったのか。それらを読んで過ごしていたのだ。それはつまり、何百、何万と図書館に置かれていただけの数の人生を見てきたとも言える。人ひとりのその一度きりの人生で見聞き出来るものは限られる。だが、その人生を膨大な量垣間見ることが出来たなら…。
途方もない世界の知識を得ることが出来る。
「…知識?何を言ってるの?あの子は何も知らないような、そんな態度しか取ってないわ」
「…そうだね。確かに、知らない事も多いよ。でも多分まだわかってないだけ」
「わかってない…?」
オルメカはメイジーの肩に手を押し当て、離す。
「アリスは、自分の知識が物語の中だけの話じゃないって事を、まだわかってないだけ。きっとそれが自分で飲み込めたら、あの子はここにいる誰よりも頭がキレる子になるし、魔法だって武器だって難なくこなせるようになる」
まっすぐ、メイジーの目を見つめてオルメカはそう言った。そのまっすぐな瞳に、メイジーは折れるように小さな溜息をついた。
「……この先、足でまといと判断したら、切り捨てるわよ、私は、ね」
「私…は?」
「シャアムは…そういうのを嫌うから…」
少し目を伏せるようにそう言った。
そういえば、彼はよくアリスを構っているなと思う。
「…後悔、しないようにしなさいよ」
メイジーはそれだけ言って、部屋を出ていった。その後ろ姿を見送ったオルメカは、ただ閉じた扉を見つめていたー…。
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