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邂逅逸話 暁のシジル 解②-2

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「報告、申し上げます」

   王の間、玉座に座するソロモンと側近の女が報告を受けている。報告をしているのは幾度となくこの王の間を出入りしているローブの男だ。

「先程、始末に向かわせた部隊が…全滅したとのことです」

   静かな王の間に響く声。ソロモンは相変わらずピクリとも動きをみせない。だが、その横にいた側近の女が手にしていた杖を床に叩きつけて怒りを露にした。

「守備が甘いのではないですか!!?傲慢の女といい、子ネズミどもといい、一体いつまで始末に時間かけているのですか!?我らが王の前に失敗ばかり…恥を知りなさい!!!」

   側近の女のヒステリックとも言える態度にローブの男は心の中で舌打ちをする。王の前で無様な姿は見せられないので、ぐっと堪えて、あくまでも冷静に報告を続ける。

「…報告によれば、全部隊、武器も残っていなかったそうです。部隊がいたと思われる範囲すべての地面には焼け焦げた跡があったそうです」

「焼け焦げた跡…ですか?」

「ええ。魔術師部隊をも焼き尽くされたようです」

「…あれは…ただの炎では燃えません。一体、どんな手を使ったと言うのです…。……それで、連中は今は何処にいると言うのです?」

「それが…見失ったそうで…」

ダンッ!!

   再び、側近の女が杖を床に叩きつけ、言葉を遮る。

「一体、何をしているのです!!!我らが王の顔に泥を塗るつもりですか!!?」

   側近の女は苛立ちを隠さず、ローブの男を睨みつけるようにして、横切る。

「…いいでしょう。私わたくしが対処します。魔術部隊に招集を掛けます!貴方は、兵士を集め、巡回を増やし、城の警備を強化しなさい」

   それだけ言い残し…部屋を出ていく。ローブの男も王に一礼してから慌ただしく部屋を出ていく。

   王の間には、玉座に座するソロモンだけになった。


ガコッ。


   しん…と静まり返った王の間の天井に四角く切込みが入り、切られた部分が空いた穴の中に引っ込む。その穴から何かが落ちてくる。

ドサッ…。


スタッ。


   玉座の前、そこに人影が現れる。

「ー…あんさんが……姫さんが捜しとる…ソロモン…ちゅー奴か?」

   小窓から差し込む暁の陽射しに染められたシャアムが立っている。
   ニヤッと不敵に笑い、腰に手を当てている。
   玉座に座るソロモンに対峙する様にして立つ。だが、急に見知らぬ人間が天井から降ってきたにも関わらず、ソロモンは微動だにせず、その瞳は相変わらず虚空を写しているようだ。

「なぁー?きーてるん?姫さんからの依頼であんさんを助けに来たんやで?」

   微動だにしないソロモンに、不審に思ったシャアムは顔を覗き込む。

「…っ!?」

   その顔を、瞳を見てハッとする。
   じーっと見ているとわかるが、時々瞳が赤く光っている。それを見たシャアムは驚いて一歩後ろに下がった。

「…何や…あんさん…マジかいな…」

   瞳が時折、赤く光る特徴。虚空を見つめ、反応がないという特徴。これらはある魔法の特徴だ。

「…傀儡くぐつの魔法ー…。なんや…めっちゃけったいなもん仕掛けられとるやんけ……」

   傀儡の魔法…その名の通り、人をあやつり人形が如く操る魔法と言えるものだ。難易度としては上級魔法に位置し、相当な訓練と経験値を積んでいないと使えない。つまり、これを扱えるという事は、この術者は相当な手練である事がわかる。

「はー…。傀儡の魔法に泥人形…相手さんはそっち系に長けた奴ってことかぁ。あんま近づかんようにした方が良さそうってことやんなぁ…」

   ぶつぶつと一人言を言っているシャアムに対して、やはり何の反応も見せないソロモン。まるでそこに居るのはソロモンを象った人形の様だ。もちろん、呼吸は聞こえているので、彼が生きていてただの人形では無いことは確認出来ている。
   そんなソロモンの様子をまじまじと見ていたシャアムは、何か気づいた様で、ニヤッと笑う。

「はっはーん…。そーゆうことかぁ。…わざわざ傀儡の魔法まで使ってんねんもんなぁー…」

   この声が聞こえているのか、聞こえていないのか。それはわからないが、シャアムはソロモンに向かって話し掛ける。

「あんさん…あれやろ。あの逸話に出てくる知恵の王、古代イスラエルのソロモン王…やろ?」

「んーなんやったかな…旧約聖書の『列王記』に登場する古代イスラエルの第三代の王で、父はダビデ。母はバト・シェバ。エジプトに臣下の礼をとり、ファラオの娘を降嫁されることで安全保障を確立し、古代イスラエルの最盛期を築いた…とかやったかな?」

   シャアムは話しながらその場に座り、胡座をかく。

「でもこれって紀元前の話やで。今やいろんな異世界でも有名になっとる逸話でもあるんやで?姫さんから名前聞いた時、まさかとは思てんけどな?この張りぼての国と、是が非でもあんさんを逃がさんとする感じがな、そのまさかを想定させてんやん」

   ソロモンの反応を窺うように話す。

「そんで、さっきの奴らの話しや。連呼しとったなぁ、我らが王、やっけ?そんでピーンときたんや。あんさんを王と呼ぶ連中はひとつしかあらへん。……ここはあんさんを繋ぎ止める為の鳥籠やねんな」

   何の反応も示さないソロモンに憐れむような目を向け、王の間を見渡す。
   王の権威を表すように飾り付けられた部屋。

「…ほんま、身勝手やわ」

   ポツリと呟く。シャアムにとってこの王の間の様に飾り付けられた部屋は居心地が悪い。

「あとな、気になってたんやけど、あんさん、なんで生きてんの?しかもそない若い姿でなぁ」

   当然、この質問にもソロモンが答えることは無い。仕方ないか、と言うような溜息をついたあと、

「…ま、あんさんの姫さんにでも直接、聞くわ。…しっかし、あんさんも情けないやっちゃなー。姫さんと坊を放置してこんなんに捕まりおってなーー」

   少し声に苛立ちが滲む。

「どういう関係かは知らんけど、わざわざ捜してくれるような間柄なんやろ?あの坊は戦われへん訳やし、姫さん一人で坊を抱えて戦うんは骨が折れる。…女子供守りきる事も出来んでなぁ、同じ男として、情けないわほんまに」

   最後の方は睨むような態度と威嚇するような声で言った。軽蔑しているようだ。

「なんであんさんみたいな奴をみんなみんな追い掛けるんやろうな。…国を捨てた王なんかをなぁ…」

   懐に隠していた暗器を手の甲に装着する。

「…なぁ、あんさんの息の根を、ここで止めたらのぅ…あの姫さんは…どんな反応するんやろな」

タンッ!

   と、足で床を蹴り、玉座に座したままのソロモンの頭上に飛び上がり、手甲鉤のような暗器をその頭に振りかぶる。

「…なぁ?王・さ・ま?」


シュッ…!


   静かな王の間に空を切る音が響いた。
   と、同時に王の間の扉が勢いよく開かれる。


バンッ!


「何者だ!!!」

「曲者!!!!」

   ローブを着たままの剣を持った兵士らしき男が二人、王の間に入ってくる。
   だが、その王の間にいるのは玉座に座するソロモンだけだった。キョロキョロと辺りを見渡す。

「…?王だけでありますか…?」

「おかしいですね…確かに誰かの話し声が聞こえたような…」

   だが、人がいた気配はない。勘違いだっただろうか。

「…はっ!失礼致しました!王よ!」

「もし何かあれば御用があればなんでもお申し付けください!」

   ビシッと二人は敬礼をした後、一礼をし、部屋を後にした。
   慌ただしく出ていった二人の兵士は気付かなかったが、再び誰もいなくなった王の間でひとり残されたソロモンの瞳は、相変わらず虚空を写していたが、その瞳は微かに揺れていたー…。

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