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閑話休題 束の間の休息①

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ブオンブオン…。

   三つ、いや四つ…?
   いやそれ以上か。

   飛空艇を支える羽根がぐるぐると回り、船体には方向を定めるようにオールがたくさんついている。
   ゆっくりと空を飛んでいる飛空艇から見る空の景色は素晴らしいものだった。

   甲板に設けられたテーブルと椅子。その上にはアフタヌーンティーの用意が置かれている。椅子に腰掛けているのはオルメカとメイジーだ。
   女の子が紅茶を注いでくれる。

「あ、ありがとう。えっとー…」

「え?ああ、自己紹介がまだだったわね。私はルチーナよ。アラヌスが世話になったみたいで…」

   ああそうか、あの手を振っていた女の子か。
   淡い桃色が可愛い長い髪を、上の方だけふたつに分けて星形に結わえ、残った下の髪を前に流しているようだ。動きやすく可愛い彼女の服装はチェック柄の服とスカートがメインのコーディネート。瞳の色は暖色メインの彼女のイメージとは裏腹に深いマリンブルー。

「いえいえ!お世話になったのはこっちです!助力、ありがとうございました!えっと、私はオルメカ。よろしくね」

「ええ、よろしく」

「…挨拶は終わったのかしら?」

   テーブルの反対側で紅茶を飲みながらメイジーが言った。

「え?ああ、うん。大丈夫」

「じゃあ、私はアラヌスのところに行くわね。ごゆっくり」

   そう言ってルチーナは、その場を後にする。
   カチャ、とメイジーが紅茶を皿に置く。

「…それで、貴女はこれからどうするつもりなの?」

「え?」

「この世界へはソロモンを取り戻すのに来たのでしょう?本来の目的地は此処ではない。そうでしょう?」

「あ、ああ、うん。ソロモンも戻ったし、アリスも連れて元の世界に戻ろうと思うよ。未だ見ぬ美男子はいっぱいいるしね」

   ふーん、とメイジーは紅茶を飲む。


「えーと…、ねぇ、聞いていい?」

「どうぞ」

「えっと、いつ、みんなに連絡取ってたの?」

   オルメカは紅茶を飲みながら聞く。

「貴女と衝突した後、私が部屋を出て行った時よ。あの時に連絡を取ったのよ」

「え?ああ、そーだったんだ…どこに行ったのかと思ってたけど…」

「私も一つ、聞いておきたいことがあるのだけど」

「ん?何?」

「…貴女の言っていた奥の手、は、あの強制解除のことだったのかしら?それともー…」

   そこまで言って言葉をつぐんでしまったが、オルメカにはなんとなく何が言いたいかは伝わった。

「…うーん。まぁ、普通に見たら謎だよね。とは言え、奥の手ってのはあれの事じゃないんだけどね…」

   オルメカも紅茶を飲みながら答える。
   メイジーにソロモンに話したような内容を伝える。ソロモンとしていた契約のこと、強制送還されること。下手をしたら今生の別れになること。

「そう…。じゃあ、彼が強制送還されなかったのは偶然?」

「んーまぁ、そうだね。生家が無くなってても、生まれた世界には強制送還されるから…、この世界がソロモンの生まれた世界だったってことだと思うな。…ナアマが、もう一度国を立ち上げようとしてたなら…その可能性は高いと思ったけどね」

   そう言ったオルメカの表情は何とも言えない表情をしていた。

   そんな会話をしていると、視界の端にソロモンとその後を追うシャアムが見えた。

ガタッ。

「…どうかして?」

   メイジーが聞いてくる。
   急に立ち上がったオルメカを見て、少し驚いたようだった。

「ああ、うん…。ちょっと…ごめん。行ってくる…!!」

   ガタンと椅子を鳴らして二人の後を追う。
   オルメカが走っていく方向をメイジーも目で追った。ちらりとソロモンとシャアムが見えた。
   紅茶を置き、カタンと椅子をずらし席を立つ。ゆっくりと歩いて三人の後を追う。

   金色の髪が風になびく。
   いつものように長い髪を三つ編みに束ねている。それが風に揺れる。
   今は普段と同じ格好をしている。シャアム達が地下で見つけた服の中に、ソロモンの服もあったらしい。

   ソロモンは飛空艇からの景色を眺めている。
   その背後にシャアムが立つ。

「…何の用だ?」

「…はんっ。何の用だ、か。とんだご挨拶だな」

   ソロモンの言葉に突っかかるようにシャアムが言う。

「…言いたいことがあるんだろう」

「…へー。言っていいのか?」

   相変わらずソロモンは空の景色を見ている。

「…言えばいいだろう」

   二人の間には不穏な空気が流れている。

「んじゃ、言わせてもらうわ」

   シャアムはソロモンの横に立つ。

「俺はお前が大ッ嫌いだ。王様のくせに、国を捨てたお前がな」

「……」

「なんでお前みたいなのが良いんだろうな、あの姫さんは。それに…王様の嫁もな。…世界中からお前みたいな人を誘拐してまで捜して…。姫さんだって戦えるのは自分だけってわかってて…。こんな身勝手なやつのこと…」


   それまで黙っていたソロモンが口を開く。

「…姫、とはオルのことか?」

「ああ?…ああ、そうだよ。なんか男侍らしてるしな。…けど、今はちょっと見直してるわ。…お前を助ける為に必死だったしな」

   そう言ってシャアムは柵を強く握る。

「…だからな、余計に腹立つねん!お前がな!!」

   怒りを露にする。今にもソロモンの首の根を止めそうな勢いだ。

「お前、なにしてんの!?お前の我儘でどれだけの人が犠牲になったと思うんだ?国を王が捨ててしまえば、そこに生きる人間を殺すことと変わらねーだろ!!なんで国を、嫁を、家族を捨てられるんだよ!!?…しかも、お前の嫁は…とっくに死んでるよな?だってお前は紀元前の人間だろ!!どうやって今も生きてんのかは知らんけどな、なんで国を捨てて見殺しにしようとした奴がのうのうと生きてやがる!!!」

   ガッ!と、ソロモンの胸ぐらを掴んで掛かる。今にも殴りかかりそうだ。

「…言いたいことはそれだけか?」

   ソロモンは静かにそう言った。
   だが、それはシャアムの神経を逆撫でる。

「ーッ!!てめえーッ!!」

   掴んだ胸ぐらを引き寄せ、拳をソロモンの顔面目掛けて振り切る。

バキィッ!!

   思わず目を瞑ったソロモンは、いつまで経っても痛みがやって来ないので、恐る恐る目を開ける。開けた視界にオレンジ色が見えた。風になびいて揺れる。
   この髪の持ち主をよく知っている。

「ー…オル!?」

   目の前にオルメカがいる。目の前に立っている。
   では、痛みがやって来なかったのはー…。

「な、なんでなん…。なんでそんな奴を庇うんや…」

   驚いた様子のシャアムがオルメカ越しに見える。

「…何でって…そりゃ私が…」

   シャアムの拳はオルメカの平手で受け止められていた。
   その表情はキリッとしている。

「美男子愛好家だからだよ!!」

   これが漫画であれば集中線と共にバンッ!!と効果音でも描かれそうな場面だ。かっこよく決めて見せる。本人は至極満足気であるが、シャアムは豆鉄砲でも食らったような顔をしている。それはソロモンも同じだ。

「…ん?あれ?…なんでそんな顔してんの?私、変なこと言った?」

   思った反応と違ったので、きょとんと首を傾げてしまった。
   そのきょとんとした様子に、シャアムは思わず吹き出した。

「ふ、ふふっ。あ、はははははっ!!お、おかしいっ!!あんさんっ…ホンマおもろいなぁっ!!」

   腹を抱え、膝をバンバンと叩いている。楽しそうに笑う。
   だが、思いっきり笑われてオルメカはカァーっと顔が赤くなる。ここまで笑われてしまうと恥ずかしくなる。

「え、と、あの…」

   思わず目を反らす。恥ずかしさで口から火を吹き出しそうだ。
   思いっきり笑ってスッキリしたのか、シャアムはひとしきり笑うと深呼吸をした。

「はーーっ。ひっさしぶりに笑ったわー」

「は、はぁ…」

   シャアムはオルメカの頭をポンポンと撫でる。それを見たソロモンが少し不愉快そうな顔をする。

「…なぁ、聞いてもええ?」

   優しそうな声と目でシャアムはオルメカに話し掛ける。

「…姫さんはさ、なんでそいつの味方をすんの?だいぶ、酷い男やんか。国を捨てた王様に…なんでなん?」

   変わらず頭を撫でるシャアムをオルメカは見上げる。

「…私が知ってるソロモンは良い奴だよ。紳士だし私の趣味の旅に付き合ってくれるし、急にいなくなったら心配してくれるし、写真だって嫌がりながらも何枚かは許してくれるし、好きな食べ物だって覚えててくれるよ」

   オルメカが話す言葉に後ろで聞いていたソロモンは胸が暖かくなる。
   その声は優しかった。


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