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鏡花水月 花言葉の導②-8

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   バロウズがソロモンとアリスの前に現れた時、確かにこう言っていた。

ー 誰もが認識しているこの世界の事象、構成する要素、そのものが世界の共通概念。それを、この世界では“魔女”と呼ぶ ー

「ボクはずっと図書館に居ましたし、お兄さんはこの世界の人間ではないからよく分からないって話になったんです。…なので、お姉さんなら魔女にまつわる話を何か知っていないかなと思って」

   アリスはお茶を一口飲む。その後、オルメカをじっと見つめる。対して、オルメカは手にしていた湯呑みを机の上で右へ左へと傾けて遊んでいた。

「魔女が概念…かぁ。まぁ、確かに、この世界には昔から魔女の仕業とされる出来事が多々あるかな。例えば、迷いの森と呼ばれる樹海がとある地方にはあるんだけど、それは別名『魔女の庭』と言われるし、季節の中でひたすら雨が降る時期があれば、それも『魔女の涙』と呼ばれてる。その、バロウズが言う魔女が概念っていうのは、こういうところの話じゃない?」

「じゃあ、この世界では魔女が深く関わってるって言うことですか?」

「うーん?まぁ、そうなのかな?昔から聞く話だから深く考えたことなかった…ああ、でも、誰も魔女そのものを見たことはないって言うね。だから、魔女ってものが一体なんなのかは誰も知らないんじゃないかな?」

「そう、ですか…。漠然とその存在は語り継がれるけど、どういう存在なのかはわからないってことですか…。なんだか、漠然としてますね」

「漠然としてますねぇ」

   オルメカはおうむ返しのようにアリスの言葉を繰り返した。どうやら、この話題に飽きてきたようだ。頬杖をついて茶菓子に手を伸ばす。

   すると、ここまで黙って聞いていたソロモンがおもむろに口を開く。

「…ようやくわかってきた…」

   ソロモンは頬杖をつくオルメカをじっと見つめて、

「さてはオル、お前、実はかなり大雑把な性格だな?」

   と、言った。これにはオルメカもきょとんとする。随分と静かだなと思っていたが、そんなことを考えていたのか。

「細かい事は割りとどうでもいいタイプだな?」

   まぁ、そう言う彼の指摘は正しい。

   オルメカ・メルリリィは大雑把な性格だ。好奇心があるうちは追求するのは好きだし、細かい事が気になったりする。だが、所詮は好奇心がある内だけだ。好奇心が無くなれば割りとどうでもよくなってくるのだ。

「…どしたの?急に」

「ああ、いや、大分、性格が判ってきたなと思ってな…。いや、考えてみれば、最初からそうだったな…。興味のあることはちゃんと下調べもするが、そこだけだったな…。いざというときには突っ込むタイプだろう」

   呆れたような目で見られたオルメカは思わず目が泳ぐ。

「…そーだったかな…?」

   あくまでも話を逸らそうとしたが、ポピーによって阻止された。

<そーいえば、美男子愛好家としてのルールにも重きを置いてないって言ってたですの>

「…なんだと?」

「え?そうなんですか?!じゃ、じゃあどうしてあんなこと言ったんですか?親しく見えるのはダメだって…美男子愛好家としての信念だからじゃないんですか?」

   ポピーの話を聞いて再びアリスはしょぼんとする。信念でもないなら何故頑なに拒んだのか。
   せっかくなんだか水に流れたようになっていたのに、また振り出しだ。

「ちょっ!ポピーちゃん!?そう言うこと言わないで!?話がややこしくなるから!!!」

   大慌てでポピーを捕まえる。勿論、潰さないようにだが捕まえて口を塞ぐ。むぐっと口元を押さえられ、ポピーは必死に抵抗する。しかし、その様子はより一層誤解を生む行為でしかない。ソロモンとアリスは疑いの目をオルメカに向ける。

「…全部が嘘だった、と言うわけか?」

   ソロモンが静かな声でそう聞いた。その目は伏し目がちだ。ショックを受けていることは一目瞭然で、このままではせっかく築き上げてきた好感度が帳消しされそうである。由々しきこの事態にオルメカは弁明する。

「いやいやいや!ちょっと待ってソロモンさん!アリスさんも!そんな目で私を見ないで!?」

   ポピーを手離し、両手をぶんぶんと振って誤解であることを表明する。

「違うの!嘘じゃないの!!私は美男子が好きよ!?好きですのよ!?尊いし愛でたいですよ!ええ、そりゃもう撫でまわしたいくらいに!!だからね、嘘じゃないの、嘘じゃないんだよ!確かに美男子愛好家としてのポリシーみたいなものに重きを置いてないのは確かですよ!!なぁなぁで柔軟性は必要と思ってますよ!
 でもね?流石に親子はまずいでしょ!?って思ったんです!だって、美男子に子供!?って、奥さん!?ってなったらね?そこはせめて美男子相手なら美女だけでしょう???美しい者の隣は美しい者と相場は決まっておるじゃないですか???だのに相手が私ってまずいじゃん!しかも一応、美男子愛好家名乗っておきながらそれはタブーでしょ???ってなるじゃないですか!!!」

   ここまでほとんど息継ぎもないくらいの勢いで、一気に捲し立てたオルメカ。ゼェゼェと息を切らしている。


   一旦、湯呑みのお茶を一気に飲み干してから続ける。

「だから、そういうわけでこのままじゃ駄目じゃんってなったの!そう言うことだったんだけど、別に全部が演技でした!って訳じゃないからね!?そもそも流石に鼻血は演技で出せませんから!!!ソロモンといいアリスといい眼前で拝んだら卒倒して鼻血噴き出す様を見てるでしょう!?あれを演技とお思いで??てかもう何を言いたいのかわかんなくなってきた!!!とりあえず、嘘じゃないし、嫌ってるわけないし、でも一応の愛好家ポリシーみたいなのを守ろうとしただけ!!!以上…!!!」

   言い終えると、ハァハァと軽い酸欠状態になり、座卓に突っ伏した。それだけではなくて、アリスやソロモンの顔を見るのが気まずかったからでもある。

   しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはソロモンだった。

「…言いたいことは理解した。お前の…オルの変なこだわりもな」

…変って言われた!変なこだわりって言われた!バロウズと同じこと言われた!地味にショック…!!!

「お前と過ごした日々は嘘じゃないんだな?」
 
   確かめるようにソロモンが聞いた。アリスも同じ事を聞きたかったのだろう。その質問の回答を待っているようだった。
   そう感じたオルメカは、突っ伏していた机から顔を上げて、応えようと口を開いたが…。

「ふっ」

 …ふっ?

   どこかから零れ聞こえた笑い声。よく見ると、ソロモンが横を向いている。ついでにアリスもだ。訝しげに二人を見ていると、肩を震わせているのがわかった。

「…もしや、笑ってます?」

   オルメカはじとーっとした目で二人を見た。視線に気付いたソロモンが観念したように両手をあげる。

「ふっふふ…いや、悪い。ちょっとした冗談だ」

   肩を震わせて押し殺す様に笑う。アリスもクスクスと笑っている。
 
「…お前がそんな器用な奴だとは思っていない。そんな器用な演技が出来る奴だとはな」

「ですです」

   あまりにも必死に弁明するものだから、ツボにハマったらしい。楽しそうに笑うソロモンとアリス。
   そんな二人を見ながら、必死に弁明した自分が恥ずかしくなってきて、オルメカはお茶を湯呑みに並々と注ぎ、くいーっと一気飲みした。
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