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鏡花水月 花言葉の導④ー4

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   ホォーホォー…。

   宿屋の窓枠にカタンと音を立てて留まる。

「お、ストラスが帰って来たみたいだよ。ソロモン」

   出迎えるようにオルメカが窓の近くまで行き、腕を差し出す。ストラスは差し出されたその腕に飛び乗った。

「おかえり、ストラス。早速で悪いが、どうだったか教えてくれないか」

   そう言ってソロモンも座っていたソファーから立ち上がり、窓の近くに移動する。その後ろからアリスとその肩に座っているポピーもやってくる。オルメカの腕に留ったフクロウのストラスを囲む形だ。

   アリスが傍に来た時、ストラスが首を回して傾げる。その反応の意味を悟ったのかソロモンが口を開く。

「ああ…もしかして、アリスに魔力を感じているんじゃないか」

「あ、そっか。ストラスは知らないもんね」

   オルメカの腕からソロモンが差し出した腕にストラスが飛び乗る。それを見届けたあとでオルメカはブックボックスから魔導書を取り出してあるページを開いてストラスに見えるように見せる。そのオルメカの後ろから覗き込むようにアリスとポピーも開かれたページを見てみる。
   そこには魔法陣とその下にアリスの名が書かれている…と思われた。と言うのも、アリスやソロモン、ポピーやストラスが知っているような文字ではなかった。俗に言う、魔法文字、というやつなのだろう。

   開いたページを見せながらオルメカは説明する。

「さっきね、アリスと召喚契約をしたんだよ。そう、これで!名実共に、美男子が!私の魔導書の一ページに登録されたんです!!!」

   キラッキラな笑顔でオルメカはストラスの眼前に迫った。ずいっと眼前にオルメカの顔が迫ったのでびっくりしたストラスが飛び上がってその場を羽ばたいて逃げる。

「ストラスをびっくりさせるな」

   静かな声でそう言ったソロモンにデコピンを食らうオルメカ。

「痛っ」

      部屋の天井近くまで飛び上がったストラスはくるりとその場で回転して人型を取る。焦げ茶色の巻き髪がふわりと揺れる。グリフォンのような翼を羽ばたかせゆっくりと床に降り立ち、オルメカの顔をぐわっと鷲掴みにした。

〈ソロモン、この女、どうしてくれようか〉

   少々ご立腹のようだ。悪魔の眼前に顔を近づけたことが癪に障ったようだ。ストラスの大きな手に鷲掴みにされたオルメカはしくしくと静かに泣いている。アリスとポピーは顔面蒼白になってあわわと慌ててしまう。アリスはソロモンがよくオルメカの顔を掴んでいるところは見ているが、悪魔にされているのは初めて見るので驚きと不安が隠せないようだ。
   そんな二人の横でソロモンは両手を上げてひらひらとさせる。それから、ストラスに落ち着くように促し、手を放させた。

「今後はしっかりと教育しておこう」

〈…そうしてくれ。元来、悪魔には不用意に近付くべきではない。よく言い聞かせておけ〉

   ストラスは大層不満そうにそう言った。

…めっちゃ嫌がられた…。へこむ…。

   ストラスに嫌がられたのでしょんぼりしているオルメカの代わりにソロモンが脱線してしまった話を戻す。

「まぁ、オルの魔導書は契約した相手に魔力を付与出来るものだそうだ。結果、潜在的に魔力を保有している場合、眠っている状態のものを起こすことが出来るらしい。それで、アリスにも潜在的に眠っていた魔力が目覚めたようだ」

   アリスの頭をポンポンと撫でる。アリスは嬉しそうにしている。

〈なるほど。そう言う経緯か。合い判った。では、報告といこうか〉

   ストラスがそう切り出したことでそれまでの空気が一変し、緊張感が走る。
  しんと静まり返った宿屋の部屋の中で、ストラスが窓枠に腰掛けて腕組みをし、それから見てきたことを話す。

 


   悪魔ストラスから報告を受けた一同は、言葉がすぐに出てこなかった。

〈…何か言ったらどうだ?〉

   しばらく沈黙が続いたので、痺れを切らしたようにストラスが言った。

   アリスとポピーは落ち込んだように沈んだ顔をしている。また、人が結晶化した。いくらそれが誰かの魔法だと言われても、ショックは受けてしまう。そんな彼らの横で、オルメカとソロモンは何かを考えているように難しい顔をしていた。

   先に口を開いたのはソロモンだ。

「魔法トラップ…。術者が近くにいなくても構わない魔法…。と、なればおそらくは衛兵達に対する足止めだ。目的はそこじゃない。わざわざ結晶化していく理由か…。目的は…一体なんだ…?」

   眉間に皺を寄せ、難しい顔で考え込むが、今はまだ情報が足りないのか、パズルのピースが上手く嵌まらない。何処かに取り逃したピースがあるということか…。
   再び黙ったソロモンを不安そうにアリスとポピーが見つめる。ストラスもソロモンを眺めているが、不安そう、ではなくどちらかというと焦れったいと思っているようにも見える。腕を組んだまま冷めた目で一同を見渡す。

   それに気付いているかいないのか、次に口を開いたのはオルメカだった。

「ねぇ、ストラス。その森小屋ってさ、誰かが暮らしていた痕跡ってあった?」

   この質問の意味がわからないのか、聞いていたアリス達は首を傾げたが、ストラスは意味を悟ったのか、もう既に真相が判っているのか、オルメカの質問に付け加える形で答えた。

〈…生活に必要な最低限のものはあった。だが、人間が生活するには食糧庫も水場も無かった。あの森小屋は寝泊まり専用で、主な拠点は別にあったことだろう。付け加えるなら、あの衛兵どもが言っていたように、最初の発生源がかの森小屋という事ならば、術者はあの森小屋を使っていた何者かを捜す人間か、もしくは術者本人が使っていたと推測されるだろうよ〉

「なるほどね…やっぱそうなるよね。犯人の目的…これってさ、別に人間を結晶化することって感じじゃないよね?被害者は皆、街の外だし、森小屋ごと結晶化したなら街の家や街ごと結晶化出来そうじゃない?でも、それはしてないし…もしかしたら、目的を邪魔する人間を結晶化してる…とか?」

   そう言ってオルメカは座卓の上に広げていたスクラップブックの開いていたページをストラスにも見せる。そのページにはフロル・ローダンセのマップとその中にペンで丸く囲われている部分がある。

   ストラスはスクラップブックを手に取り、眺める。その様子を見てオルメカが丸く囲まれた部分が結晶化が起きた場所だと話す。それを聞いたストラスは納得したように頷き、それから、こう話した。

〈ふむ。発生源は街の周辺。それも現状では花畑の東側に多いようだ。この東側、確かそこの小さいのが暮らしていると様子を見に行ったときに話さなかったか?〉

<え?ポピーですか?そうです。花畑の東側はポピー達がたくさん暮らしているところですの>

「森小屋が最初に発生したとして、その後は主に花畑の東側、それもポピー達がいる場所か…。だとすれば、だ。犯人の狙いはポピー達、花の妖精を捕らえることなのかもしれないな」

〈おそらくはそう言うことだ。妖精は薬の材料になる。花の妖精であれば…確か、誘惑の薬が出来るはずだ。それに、結晶化した妖精は処置を施せば誰にでも見えるようになったはず。マニアに売れば大儲け出来るだろうさ〉

   悪魔ストラスは淡々と話していたが、聞いていたオルメカとしては悪魔が何でそんなに人間界の裏事情に詳しいのか、という方が気になって仕方がなかった。
   
「じゃ、じゃあ、結晶化は妖精を捕まえて売る為にしてるって言うことですか?」

「多分、そう言うことなんだろうな。…だとしたらあまり時間は無いかもしれないぞ」

   ソロモンがそう言うとストラスが翼を羽ばたかせ、窓枠に足を掛ける。

〈結晶の回収に来るはずだ。そこで捕らえなければ、お前達では追跡出来ないだろう〉

   そう言われてオルメカは、

「やっぱ、着替えておいた方が良かったみたいだね。急いで着替えよう!犯人が動き出す前に手を打たなきゃ!」

   と、すぐさまに浴衣から戦闘時の服装に着替えることにした。アリスやソロモンも普段着に着替えた。

   それからポピーとストラスも引き連れて、オルメカ達は宿屋を抜け出して夜の街の中へと駆けて行ったー…。

   



   
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