余白怪談

蒼琉璃

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第五話 隣人

 専門学校を出た私は、子供の頃の夢を追いかけて上京することにした。
 美由紀は移動の多い飲食チェーン店に就職し、千葉県に配属された。私たちはそこでルームシェアをすることになった。
 美由紀の配属された先は人手が足りない店舗だったので、ひどいときは朝から晩までシフトに入るという、ブラック企業並みに長時間労働をさせられていた。
 私はというと、原稿を書きつつバイトをするという生活を送っており、美由紀とはすれ違いが多かったが、休みの日が被ると一緒に過ごしていた。

 これは私が休みの日のこと。
 昼間に音楽を聞きながら寛いでいると、右隣からどんどんと壁を叩かれた。

「わっ、やば……音、大きかったかな?」

 私は慌てて音量を下げた。
 マンスリーマンションなので壁が薄い。
 ときどき、上の階のカップルの話し声や左隣の生活音が聞こえるので、普通の音量でも壁を突き抜けてくる可能性はある。
 そのことを帰ってきた美由紀に話すと、気をつけなくちゃね、と笑った。

「でも、私らお休み被るときは、結構でかい声でバカ話してるのにね」
「確かに、今まで一度も注意されたことない」
「たまたまお隣さんが留守だったのかも」

 音楽よりこちらのほうが響きそうなので、苦情がきそうなものだが、そんなことは一度もない。
 そもそも、私たちはお隣さんと出くわしたこともなく、どんな人が住んでいるのかも知らなかった。
 それからしばらくして、ひとりでテレビを観ていると、右隣からどんどんと壁を叩かれた。

「ええ? そんなに音、大きくしてるかなぁ」

 私はそもそも、あまりテレビの音を大きくするのを好まないので、なんとなくムッとして音量を下げた。
 そのようなことが続き、気付いたのは、ふたりでいるときに限り叩かれないということだった。
 もちろん、音楽をかけながら話すこともあったので、なぜ文句を言われないのか不思議に思っていた。

 そんなある日のこと。

「それじゃあ、行ってくるね。鍵かけとくから」
「いってらっしゃ~い」

 今日は、オープンから仕事に入るという美由紀を見送っていた私は、まだ布団のなかにいた。
 だいたい自分のほうが出勤時間が遅いので、彼女を見送る形で鍵を閉める。だが、その日は休みだった。
 布団のなかでゴソゴソしながら、ぼんやりと扉のほうを見ていた。
 すると、誰かが廊下を歩く足音がする。
 もしかして、美由紀が忘れ物をして取りに帰ってきたのかなと思ったが、ヒールの音ではなかった。
 足音は部屋の前で止まる。
 ドアノブがゆっくり回されるのを見て、硬直した。
 
(あ、これ……美由紀じゃない。泥棒?)

 もしかして、誰かが部屋を間違ったのかと思ったが、鍵をさしている様子はない。なんとなく右隣の隣人ではないかと思った。
 鍵をかけていたことにほっとしつつ、私は音を立てないように扉まで行くと、覗き穴からおそるおそる外を確認した。
 そこには人の気配はなかったが、どこかで扉が閉まる音がした。
 もしかして、どちらかがひとりになることを見計らっていたのだろうか。

 それからしばらくして、美由紀は武蔵野のほうに転勤することになり、私たちはそこから引っ越した。
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