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第八話 我が家の怪異②
母が再婚し、しばらくマンションで生活していたのだが、私が高校二年生になるころ、両親は念願のマイホームを購入した。
ここでの生活は何不自由なく、以前の家のような奇妙な出来事も起こらず、平和に過ぎていった。
「ちょっと……あんた、今さっきお母さんの後ろを通った? あら? あんたの履いているズボンと違うわね」
「通ってないけど?」
不思議そうに母が首を傾げるので、詳しく話を聞いてみた。
洗面台で身支度をしていたとき、自分の後ろを誰かが通り抜ける気配がしたという。だが背後は風呂場に繋がっており、行き止まりだ。
屈みながらすこし後ろを振り向いて確認しようとすると、視界に両足が見えた。
てっきり私が通ったのだと思ったが、その人物は、私が履いていたものとはまったく別のズボンを履いていた。
「よく考えたら、後ろを通ったきり、戻ってこなかったのよ。嫌だわ、変なものを見ちゃった」
どうやら母は、おかしなものを見てしまったらしい。実を言うと私も、一度だけこの家で奇妙な現象に遭遇したことがある。
私が自室で寛いでいたときのことだ。
フローリングに座って本を読んでいると、部屋の家具がガタンと大きく揺れ、同時に電気が点滅した。
「え、なに? 地震?」
それは地震というよりも、その場所に何かがぶつかり、部屋全体に衝撃が走ったような感覚だった。
硬直したまま、ぼんやりと目の前の壁に視線をやると、頭上をゆっくりと横切っていく影が壁に映っていた。
それと同時に、私の頭に何かが触れ、猛烈な寒気が走った。
例えるなら、数本の指が頭上スレスレを通り、髪に触れながら、ナマケモノのような速度で移動している。
もし指でないとしたら、それの体の一部が確実に触れていた。
あのときの気味の悪さは、とても言葉では表現できない。
もし、衝動的に顔を上げていたら、壁に映る存在が何者なのか、はっきりと見えていただろう。
けれど私は、あまりの恐ろしさに頭上の正体を確認することができず、それが通り過ぎるのを待つしかなかった。
悪意のある幽霊やら、そういうものではなく意志のない異形のようだった。
今でも、あれを見なくて正解だったと思っている。
母に幽霊の話など一度もしたことはなかったが、今回ばかりは恐怖に耐えかね、体験したことを打ち明けた。
もちろん、信じてもらえるはずもなく、夢でも見たのかと笑われただけだった。
ともかく、実家のある一定の場所は通り道のようで、人間ではないものが横断していく。
ここでの生活は何不自由なく、以前の家のような奇妙な出来事も起こらず、平和に過ぎていった。
「ちょっと……あんた、今さっきお母さんの後ろを通った? あら? あんたの履いているズボンと違うわね」
「通ってないけど?」
不思議そうに母が首を傾げるので、詳しく話を聞いてみた。
洗面台で身支度をしていたとき、自分の後ろを誰かが通り抜ける気配がしたという。だが背後は風呂場に繋がっており、行き止まりだ。
屈みながらすこし後ろを振り向いて確認しようとすると、視界に両足が見えた。
てっきり私が通ったのだと思ったが、その人物は、私が履いていたものとはまったく別のズボンを履いていた。
「よく考えたら、後ろを通ったきり、戻ってこなかったのよ。嫌だわ、変なものを見ちゃった」
どうやら母は、おかしなものを見てしまったらしい。実を言うと私も、一度だけこの家で奇妙な現象に遭遇したことがある。
私が自室で寛いでいたときのことだ。
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「え、なに? 地震?」
それは地震というよりも、その場所に何かがぶつかり、部屋全体に衝撃が走ったような感覚だった。
硬直したまま、ぼんやりと目の前の壁に視線をやると、頭上をゆっくりと横切っていく影が壁に映っていた。
それと同時に、私の頭に何かが触れ、猛烈な寒気が走った。
例えるなら、数本の指が頭上スレスレを通り、髪に触れながら、ナマケモノのような速度で移動している。
もし指でないとしたら、それの体の一部が確実に触れていた。
あのときの気味の悪さは、とても言葉では表現できない。
もし、衝動的に顔を上げていたら、壁に映る存在が何者なのか、はっきりと見えていただろう。
けれど私は、あまりの恐ろしさに頭上の正体を確認することができず、それが通り過ぎるのを待つしかなかった。
悪意のある幽霊やら、そういうものではなく意志のない異形のようだった。
今でも、あれを見なくて正解だったと思っている。
母に幽霊の話など一度もしたことはなかったが、今回ばかりは恐怖に耐えかね、体験したことを打ち明けた。
もちろん、信じてもらえるはずもなく、夢でも見たのかと笑われただけだった。
ともかく、実家のある一定の場所は通り道のようで、人間ではないものが横断していく。
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